57 / 419
第二章 秘伝の当主
057 資料を探すのに苦労はしません
しおりを挟む
2018. 5. 30
投稿ペースが変わりました。
週一になります。
**********
高耶が大学に着いて真っ直ぐに向かったのは図書館だった。今日最初の講義までには二時間近く余裕がある。
まだ午前中であることもあって、図書館にはほとんど人がいなかった。
「さてと……せっかくだし古いのを漁らせてもらうか」
民俗学研究にそれなりに力を入れている大学だけあって、伝承物や古い文献は多い。案外、陰陽師として持っている資料よりもこちらの方が役に立つ時があるので、高耶はよく図書館を利用していた。
「……鬼関係……」
先ずはと手を付けたのは古い古文書の写しが載っている本が多く置かれた棚だ。資料として載っているだけの物であっても、無視はできない。
何が書いてあるのか分からず、ただ、こういう物があったという資料の写真。そこに高耶は注目する。
多くの者が写真として流し見てしまう物であっても、高耶には大抵の古文書を読み解ける力がある。だから、資料の中の資料までも読んでいくのだ。
「これは見たことがない……どこに保管されているんだ?」
できれば現物をと思う時も多く、それをメモしていく。
連盟の方で保管されている物もあるのだが、多くは博物館だ。その場合はツテを駆使して見せてもらう時もある。
「……こっちは……個人蔵書か……」
そんな呟きを拾った者がいた。
「それは祖父の実家にあるよ」
「っ……ヒナガシ教授……」
「相変わらず熱心だね~。現役の陰陽師って、そんなに勉強するの?」
人好きのする笑みを見せて、高耶の手元を覗き込んだのは民俗学者として教授の立場にある雛柏教授だ。
「どうでしょうね。実戦にしか興味がない者も多いと聞きますから、珍しいかもしれません。だいたい、大学にまで通う者は稀ですし」
「そっか。家業だもんねぇ。でも、来てよかったでしょ?」
彼は高耶の力を知っていた。親戚筋に陰陽師の家があるのだ。その家の関係で現場で会ったことがあり、この大学を薦めてくれたのも彼だった。
「ええ。気楽な学生というものを堪能しています」
「はは、そうは見えないんだけど?」
「そうですか? 確かに……遊びに行くというのはないですけどね……」
「でしょ。君は真面目だしなぁ」
そう言って隣に座った教授は、一冊の本を高耶へ差し出した。
「これは?」
「家の蔵から出てきたんだ。あ、雛柏のね。けど、開かなくてね」
「……なぜ私に……ヒナギ家に持っていくべきでは?」
日凪家というのが、ヒナガシ教授の筋の陰陽師の家だ。今回持ってきた物は、間違いなく陰陽師の領分の物。とはいえ、資料はその家の財産だ。本来ならば、簡単に他家の陰陽師に任せたりしない。それをなぜ高耶へと差し出すのか。
教授は、頬杖をついて面白そうな笑みを見せる。
「だって、明らかに君の方が腕が立つでしょ。こっちの家は、細々としたお祓いが精々だ。これやってくれたら、祖父の持ってたその資料を見せてあげるよ。どう?」
その提案を受けて、高耶は目の前に置かれた本を見つめる。
「……まぁ、中身はこっち系の資料ではなさそうですし……わかりました」
陰陽師として保管すべき資料ならば、こんな状態にはならないのだから、中身を見た所で特に問題はないだろう。
「やったっ。いつできる?」
「今ここでいいですよ」
「んん? いや、だって……え? すぐに?」
「ええ。すぐに」
言いながら高耶は小さく結界を張る。
「見えるようにしますか?」
「そうして!」
「なら、人払いも……いきますよ」
周りに人が来ないように術を発動させ、力を凝縮した指で本の一点を突く。それは、題名が書かれているらしい部分。
らしいというのは、ボヤけているように文字が読み取れなくなっていたからだ。
しかし、そこに高耶が手を突いた途端、本が歪むように一度ブレると、黒い小さな虫のようなものが本の隙間から溢れ出した。
「うわっ!」
「大丈夫です。この結界からは出られません」
それから高耶は指で題名の書かれてある部分をなぞる。
「……」
文字が濃く浮き上がり、同時に蠢いているようだった黒いものが動きを止める。そして、スッとコマ送りされるようにそれらが本の隙間に吸い込まれていった。
「これで落ち着けば終わりです。『改書虫』が取り付くのは、蔵の状態が良い証拠ですよ」
「カイショチュウ……それがさっきの黒いやつ?」
「ええ。これが黒ではなく青いのなら『書食虫』で、退治すると中身の文字がかなり消えるか文字の場所がバラバラになってしまいますから、良かったですね」
『改書虫』は、心を込めて書き込まれた文字の一つ一つを写し取り、そこに住み着く。そのまま一体化し、何百年と保管されることを望む。良いことなのだが、これが取り憑くと、彼らが納得する時期まで何百年と本が開かなくなるのだ。
「では、今回は……」
「退治の仕方を間違えなければ、消えかけていた文字すら復元してくれるんです。ほら、墨がとてもはっきりしているのがわかりますか?」
「本当だ……まるで書かれて間もないような……」
「『改書虫』が焼き付きましたから、もうあと数百年、この資料は長生きできます」
劣化していた墨も全て新しく塗り替えられたので、この後の保存状態を整えれば、また数百年と保つものになる。
「良い妖なのだね」
「そうですね。陰陽師の持つ資料の中には、わざとこの『改書虫』を取り憑かせて後世に残すものもありますからね」
「へぇ……凄いなぁっ。不思議だなぁっ」
「さぁ、どうぞ。もう結界も解きましたし、お持ち帰りください」
「うんっ、ありがとうっ。約束の資料は早めに用意しておくよ」
「はい。お願いします」
こんな感じで資料を見ることができるという時もあるので、人の縁とは大切だなと改めて実感する高耶だった。
投稿ペースが変わりました。
週一になります。
**********
高耶が大学に着いて真っ直ぐに向かったのは図書館だった。今日最初の講義までには二時間近く余裕がある。
まだ午前中であることもあって、図書館にはほとんど人がいなかった。
「さてと……せっかくだし古いのを漁らせてもらうか」
民俗学研究にそれなりに力を入れている大学だけあって、伝承物や古い文献は多い。案外、陰陽師として持っている資料よりもこちらの方が役に立つ時があるので、高耶はよく図書館を利用していた。
「……鬼関係……」
先ずはと手を付けたのは古い古文書の写しが載っている本が多く置かれた棚だ。資料として載っているだけの物であっても、無視はできない。
何が書いてあるのか分からず、ただ、こういう物があったという資料の写真。そこに高耶は注目する。
多くの者が写真として流し見てしまう物であっても、高耶には大抵の古文書を読み解ける力がある。だから、資料の中の資料までも読んでいくのだ。
「これは見たことがない……どこに保管されているんだ?」
できれば現物をと思う時も多く、それをメモしていく。
連盟の方で保管されている物もあるのだが、多くは博物館だ。その場合はツテを駆使して見せてもらう時もある。
「……こっちは……個人蔵書か……」
そんな呟きを拾った者がいた。
「それは祖父の実家にあるよ」
「っ……ヒナガシ教授……」
「相変わらず熱心だね~。現役の陰陽師って、そんなに勉強するの?」
人好きのする笑みを見せて、高耶の手元を覗き込んだのは民俗学者として教授の立場にある雛柏教授だ。
「どうでしょうね。実戦にしか興味がない者も多いと聞きますから、珍しいかもしれません。だいたい、大学にまで通う者は稀ですし」
「そっか。家業だもんねぇ。でも、来てよかったでしょ?」
彼は高耶の力を知っていた。親戚筋に陰陽師の家があるのだ。その家の関係で現場で会ったことがあり、この大学を薦めてくれたのも彼だった。
「ええ。気楽な学生というものを堪能しています」
「はは、そうは見えないんだけど?」
「そうですか? 確かに……遊びに行くというのはないですけどね……」
「でしょ。君は真面目だしなぁ」
そう言って隣に座った教授は、一冊の本を高耶へ差し出した。
「これは?」
「家の蔵から出てきたんだ。あ、雛柏のね。けど、開かなくてね」
「……なぜ私に……ヒナギ家に持っていくべきでは?」
日凪家というのが、ヒナガシ教授の筋の陰陽師の家だ。今回持ってきた物は、間違いなく陰陽師の領分の物。とはいえ、資料はその家の財産だ。本来ならば、簡単に他家の陰陽師に任せたりしない。それをなぜ高耶へと差し出すのか。
教授は、頬杖をついて面白そうな笑みを見せる。
「だって、明らかに君の方が腕が立つでしょ。こっちの家は、細々としたお祓いが精々だ。これやってくれたら、祖父の持ってたその資料を見せてあげるよ。どう?」
その提案を受けて、高耶は目の前に置かれた本を見つめる。
「……まぁ、中身はこっち系の資料ではなさそうですし……わかりました」
陰陽師として保管すべき資料ならば、こんな状態にはならないのだから、中身を見た所で特に問題はないだろう。
「やったっ。いつできる?」
「今ここでいいですよ」
「んん? いや、だって……え? すぐに?」
「ええ。すぐに」
言いながら高耶は小さく結界を張る。
「見えるようにしますか?」
「そうして!」
「なら、人払いも……いきますよ」
周りに人が来ないように術を発動させ、力を凝縮した指で本の一点を突く。それは、題名が書かれているらしい部分。
らしいというのは、ボヤけているように文字が読み取れなくなっていたからだ。
しかし、そこに高耶が手を突いた途端、本が歪むように一度ブレると、黒い小さな虫のようなものが本の隙間から溢れ出した。
「うわっ!」
「大丈夫です。この結界からは出られません」
それから高耶は指で題名の書かれてある部分をなぞる。
「……」
文字が濃く浮き上がり、同時に蠢いているようだった黒いものが動きを止める。そして、スッとコマ送りされるようにそれらが本の隙間に吸い込まれていった。
「これで落ち着けば終わりです。『改書虫』が取り付くのは、蔵の状態が良い証拠ですよ」
「カイショチュウ……それがさっきの黒いやつ?」
「ええ。これが黒ではなく青いのなら『書食虫』で、退治すると中身の文字がかなり消えるか文字の場所がバラバラになってしまいますから、良かったですね」
『改書虫』は、心を込めて書き込まれた文字の一つ一つを写し取り、そこに住み着く。そのまま一体化し、何百年と保管されることを望む。良いことなのだが、これが取り憑くと、彼らが納得する時期まで何百年と本が開かなくなるのだ。
「では、今回は……」
「退治の仕方を間違えなければ、消えかけていた文字すら復元してくれるんです。ほら、墨がとてもはっきりしているのがわかりますか?」
「本当だ……まるで書かれて間もないような……」
「『改書虫』が焼き付きましたから、もうあと数百年、この資料は長生きできます」
劣化していた墨も全て新しく塗り替えられたので、この後の保存状態を整えれば、また数百年と保つものになる。
「良い妖なのだね」
「そうですね。陰陽師の持つ資料の中には、わざとこの『改書虫』を取り憑かせて後世に残すものもありますからね」
「へぇ……凄いなぁっ。不思議だなぁっ」
「さぁ、どうぞ。もう結界も解きましたし、お持ち帰りください」
「うんっ、ありがとうっ。約束の資料は早めに用意しておくよ」
「はい。お願いします」
こんな感じで資料を見ることができるという時もあるので、人の縁とは大切だなと改めて実感する高耶だった。
147
お気に入りに追加
1,490
あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。

私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの
つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。
隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。


帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる