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第一章 秘伝のお仕事
054 実は根に持つタイプです
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2018. 5. 4
**********
十分にお茶も楽しんだところで、高耶は改まって話を切り出す。
優希は庭先で狛犬達と遊んでいる。それに付き添う珀豪と綺翔が距離を取ってくれているので、話が優希の耳に入ることはないだろう。
「一つ皆さんに謝らなくてはならないことがあります」
今後を考えるとここへまた危害が及ぶ可能性があることだ。
「捕らえたあの少女……貴戸薫ですが、先日、脱走したという報告を受けました」
「っ、薫ちゃんが……」
麻衣子にとっては友達だった彼女。しかし、彼女は間違いなくあの時、麻衣子を鬼の餌にしようとしたのだ。友人などとはもう思えないだろう。
実際に今も、それを聞いて友人の無事を喜ぶではなく、恐怖で震えている。
「連盟の者達が追ってはいますが、彼女の能力は非常に高い。逃げ切られる可能性もあります」
「……」
彼らは全員、彼女の力の一端を見ている。どうなるのかと混乱しているようだ。だが、泉一郎がゆっくりと慎重に思ったことを口にする。その事態を恐れるように。
「……またここに……麻衣子の所へ来るかもしれないということかい?」
麻衣子も含め、ここにいる者たち全員の目にあるのは恐怖だ。自分たちではどうすることもできない大きな力に対する恐怖心。
高耶は頷いた直後に安心させるように告げた。
「その可能性はありますが、幸いにもここには狛犬達がいます。彼らの主人はこの地を守る神です。ここに住むあなた方はその神の庇護下にある。今日の神楽で力も安定するでしょうから、加護の力も増すと思います。彼女が近付くことはできなくなるはずです」
鬼を封じていた神だ。難なく彼らを守ってくれるだろう。
「狛犬達もあなた方を認めている。小さいですが、神使としての力は強い。この家自体に加護が与えられています。この地を離れた所でそれはなくなりません。なので、貴戸薫が現れたとしても、前のようにはならない。文字通り近付くことさえできないでしょう」
悪意さえ跳ね除ける。それだけの力は既に与えられていた。
話を聞いていた泉一郎達は、信じられないという様子で狛犬達を見つめる。しかし、花代だけは呑気に感心していた。
「神さまってやっぱりすごいのね」
「母さん……」
優一郎が呆れたように花代へ目を向ける。
「だってそうでしょう?」
「そうだけど……」
そんな間にも、優希が転げ回る狛犬達と楽しそうに遊んでいた。とても凄い力のある神使だとは思えない。
「ここに彼女は近付けない。けれど、姿を見ることはあるかもしれません。接触を図るということはあり得る。だから、その時は連絡をいただきたい」
「もちろんです。すぐに連絡いたします」
泉一郎が真剣な様子で頷いてくれた。
けれど、麻衣子は複雑そうな顔を見せる。
「……もし、もしも捕まったら、薫ちゃんはどうなるんですか……」
自分に危害が及ばないと聞いて、冷静になった麻衣子は、友人だった彼女の今後について気になったのだろう。
「酷いことはされないと思う。ただ、状況によっては一生捕らえられたままになる。衣食住は保障されるが、外に出ることは許されなくなる」
「そう……」
「俺たちのように、特殊な力を持つ者は、力を使う上で責任が伴う。力によって、人の生活を脅かしてはならないし、神の領域を荒らしてはならない。だから、それを侵した時、相応の罰が与えられる」
力を持つからこそ、それに応じた責任が伴うのは当然のことだ。
「妖達を見る感覚を封印され、親しい人との関わりを断たれる。ただ一人で生きることを強制される。自死は認められず、自分と向き合いながら生きることになる。それが罰だ」
「それって……死刑とかはないんだね……ちょっと意外……」
「罰にならないと思うかもしれないけど、俺たちにはきついんだ。常に妖も見えるから、普通の人よりも周りは賑やかに感じる。それから解放されたいと思うこともあるけど、居るのに見えないのはな……逆に感覚が敏感になって落ち着かない。だから余計に孤独ってのがキツイんだ」
感じられてしまうから落ち着かない。居るのに見えないというのは恐ろしいものだ。その感覚が始終付きまとう。他の見えない者達が傍にいれば、まだ誤魔化せるが、それもいないとなると気が狂いそうになる。
「反省しなければ、一生そこにいることになるから、ある意味終身刑だ。数日でも、あれは拷問だよ……もし、幽霊が出るっていう部屋に一人でいたらどうだ? それも、もしかしたら死ぬまでずっとそこにいなくてはならない」
「っ……こわい……っ」
「だよな……それだよ。一年もすれば気が狂う。衰弱して死ぬ者もいる」
「そんなっ」
ある意味死刑だろう。けれど、それをされるだけの罪を犯したのだといえる。
「それ……冤罪とかないんですか?」
優一郎がそんなことを尋ねた。これに高耶はあっさりと答える。
「ありますよ。判断しているのは人ですからね。ただ、大抵はその後で解放されるので死ぬまではいきません。調査機関は優秀なので」
連盟の調査機関は捕らえられた後でも、根気強く調査をする。それこそ神や妖にも裏を取る。なので、冤罪がそのままにされることはほぼない。
「なら、入れられる前になんとかなるんじゃ……」
「まぁ、そう思いますよね。捕らえる機関と調査機関は別なんです。怪しいと思われる者を全部調べられるような人員数はいないので、どうしても本格的な調査は捕らえられた後になってしまうんですよ」
「なるほど」
人の犯罪におけるものとは少しだけ形態が違うのだ。確実に真実を知ることができる力があるからとも言える。
難しい話になってしまったが、ここで泉一郎が笑いながら感想を述べる。
「いやぁ、聞いていると、高耶くんも捕らえられた経験があるように聞こえるなぁ」
「あはは……ありますよ……一週間投獄されました……まったく、あれには参りましたよ……出されてからうっかりハメてくれた奴らを地獄に叩き落とそうかと本気で思いましたからね。それから料理をする時に包丁を持つとどうしても殺意が……あ、今の忘れてください」
「……う、うん……大変だったね……」
恨みは忘れない。最近は顔を見てもなんとか落ち着けるが、内心ではまだ怒りを治めきれていなかったりする、その対象は言わずと知れた本家の奴らだったりする。
「まぁ、いい経験でしたよ。いつか同じ目に合わせてやります」
「……高耶くんを怒らせるなんて、その人達もバカなことをしたね……」
この後、しばらく微妙な空気になったのは仕方のないことだった。
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十分にお茶も楽しんだところで、高耶は改まって話を切り出す。
優希は庭先で狛犬達と遊んでいる。それに付き添う珀豪と綺翔が距離を取ってくれているので、話が優希の耳に入ることはないだろう。
「一つ皆さんに謝らなくてはならないことがあります」
今後を考えるとここへまた危害が及ぶ可能性があることだ。
「捕らえたあの少女……貴戸薫ですが、先日、脱走したという報告を受けました」
「っ、薫ちゃんが……」
麻衣子にとっては友達だった彼女。しかし、彼女は間違いなくあの時、麻衣子を鬼の餌にしようとしたのだ。友人などとはもう思えないだろう。
実際に今も、それを聞いて友人の無事を喜ぶではなく、恐怖で震えている。
「連盟の者達が追ってはいますが、彼女の能力は非常に高い。逃げ切られる可能性もあります」
「……」
彼らは全員、彼女の力の一端を見ている。どうなるのかと混乱しているようだ。だが、泉一郎がゆっくりと慎重に思ったことを口にする。その事態を恐れるように。
「……またここに……麻衣子の所へ来るかもしれないということかい?」
麻衣子も含め、ここにいる者たち全員の目にあるのは恐怖だ。自分たちではどうすることもできない大きな力に対する恐怖心。
高耶は頷いた直後に安心させるように告げた。
「その可能性はありますが、幸いにもここには狛犬達がいます。彼らの主人はこの地を守る神です。ここに住むあなた方はその神の庇護下にある。今日の神楽で力も安定するでしょうから、加護の力も増すと思います。彼女が近付くことはできなくなるはずです」
鬼を封じていた神だ。難なく彼らを守ってくれるだろう。
「狛犬達もあなた方を認めている。小さいですが、神使としての力は強い。この家自体に加護が与えられています。この地を離れた所でそれはなくなりません。なので、貴戸薫が現れたとしても、前のようにはならない。文字通り近付くことさえできないでしょう」
悪意さえ跳ね除ける。それだけの力は既に与えられていた。
話を聞いていた泉一郎達は、信じられないという様子で狛犬達を見つめる。しかし、花代だけは呑気に感心していた。
「神さまってやっぱりすごいのね」
「母さん……」
優一郎が呆れたように花代へ目を向ける。
「だってそうでしょう?」
「そうだけど……」
そんな間にも、優希が転げ回る狛犬達と楽しそうに遊んでいた。とても凄い力のある神使だとは思えない。
「ここに彼女は近付けない。けれど、姿を見ることはあるかもしれません。接触を図るということはあり得る。だから、その時は連絡をいただきたい」
「もちろんです。すぐに連絡いたします」
泉一郎が真剣な様子で頷いてくれた。
けれど、麻衣子は複雑そうな顔を見せる。
「……もし、もしも捕まったら、薫ちゃんはどうなるんですか……」
自分に危害が及ばないと聞いて、冷静になった麻衣子は、友人だった彼女の今後について気になったのだろう。
「酷いことはされないと思う。ただ、状況によっては一生捕らえられたままになる。衣食住は保障されるが、外に出ることは許されなくなる」
「そう……」
「俺たちのように、特殊な力を持つ者は、力を使う上で責任が伴う。力によって、人の生活を脅かしてはならないし、神の領域を荒らしてはならない。だから、それを侵した時、相応の罰が与えられる」
力を持つからこそ、それに応じた責任が伴うのは当然のことだ。
「妖達を見る感覚を封印され、親しい人との関わりを断たれる。ただ一人で生きることを強制される。自死は認められず、自分と向き合いながら生きることになる。それが罰だ」
「それって……死刑とかはないんだね……ちょっと意外……」
「罰にならないと思うかもしれないけど、俺たちにはきついんだ。常に妖も見えるから、普通の人よりも周りは賑やかに感じる。それから解放されたいと思うこともあるけど、居るのに見えないのはな……逆に感覚が敏感になって落ち着かない。だから余計に孤独ってのがキツイんだ」
感じられてしまうから落ち着かない。居るのに見えないというのは恐ろしいものだ。その感覚が始終付きまとう。他の見えない者達が傍にいれば、まだ誤魔化せるが、それもいないとなると気が狂いそうになる。
「反省しなければ、一生そこにいることになるから、ある意味終身刑だ。数日でも、あれは拷問だよ……もし、幽霊が出るっていう部屋に一人でいたらどうだ? それも、もしかしたら死ぬまでずっとそこにいなくてはならない」
「っ……こわい……っ」
「だよな……それだよ。一年もすれば気が狂う。衰弱して死ぬ者もいる」
「そんなっ」
ある意味死刑だろう。けれど、それをされるだけの罪を犯したのだといえる。
「それ……冤罪とかないんですか?」
優一郎がそんなことを尋ねた。これに高耶はあっさりと答える。
「ありますよ。判断しているのは人ですからね。ただ、大抵はその後で解放されるので死ぬまではいきません。調査機関は優秀なので」
連盟の調査機関は捕らえられた後でも、根気強く調査をする。それこそ神や妖にも裏を取る。なので、冤罪がそのままにされることはほぼない。
「なら、入れられる前になんとかなるんじゃ……」
「まぁ、そう思いますよね。捕らえる機関と調査機関は別なんです。怪しいと思われる者を全部調べられるような人員数はいないので、どうしても本格的な調査は捕らえられた後になってしまうんですよ」
「なるほど」
人の犯罪におけるものとは少しだけ形態が違うのだ。確実に真実を知ることができる力があるからとも言える。
難しい話になってしまったが、ここで泉一郎が笑いながら感想を述べる。
「いやぁ、聞いていると、高耶くんも捕らえられた経験があるように聞こえるなぁ」
「あはは……ありますよ……一週間投獄されました……まったく、あれには参りましたよ……出されてからうっかりハメてくれた奴らを地獄に叩き落とそうかと本気で思いましたからね。それから料理をする時に包丁を持つとどうしても殺意が……あ、今の忘れてください」
「……う、うん……大変だったね……」
恨みは忘れない。最近は顔を見てもなんとか落ち着けるが、内心ではまだ怒りを治めきれていなかったりする、その対象は言わずと知れた本家の奴らだったりする。
「まぁ、いい経験でしたよ。いつか同じ目に合わせてやります」
「……高耶くんを怒らせるなんて、その人達もバカなことをしたね……」
この後、しばらく微妙な空気になったのは仕方のないことだった。
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