53 / 403
第一章 秘伝のお仕事
053 謝罪を受け入れます
しおりを挟む
2018. 5. 2
**********
麻衣子は気まずい様子で高耶の方へと近づき、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……」
泉一郎達も驚き、麻衣子へ目を向ける。彼女だけは、まだ庭先に立ち尽くしていたのだ。
優希と珀豪、綺翔は関係ないものとしてお茶を続けていた。
そんな中、麻衣子は続ける。
「私、失礼な事を言って……助けてもらったのにお礼も言わなかった……」
「……」
高耶は黙って頭を下げ続ける麻衣子をしばらく見つめる。それから、どういうことかと泉一郎へ目を向けた。すると、泉一郎が苦笑しながら説明してくれた。
「その、麻衣子は高耶くんのような若い青年が、私に近付くのが怪しいと思ったらしい。昔と違って、ここらは観光地になってきていることもあって、詐欺や何かに合わないかと心配していたようでね……」
ここで言葉を濁す泉一郎。その後を優一郎が続けた。
「実際に、この土地目当てでおかしな契約を迫ってくる者の話があったので、警戒していたのです。何より、都会の人がこんな田舎の道場にやってくるというのは珍しいですから」
その考えは理解できた。秘伝の者である高耶ならばともかく、突然、知り合いのツテも持たない青年が道場を見に来たら警戒するだろう。
その上、年配の者が、そんな一見さんにいきなり親しそうにしていたら、何か騙されているのではないかと周りは気にするはずだ。
「本当にごめんなさいっ」
「いや……誤解しているというのは、泉一郎さんに聞いていたし、仕事の関係上、誤解させたままにしてほしいと頼んだのもこちらだ。別に謝ってもらう必要はない」
麻衣子と会ってすぐ、泉一郎から電話はもらっていた。その時は、麻衣子の知り合いだという少女が鬼と関わる者かもしれないという予想を立てており、高耶の情報が流れないようにするために、秘伝の者であるということを黙っていてもらったのだ。
更に誤解して、警戒していくのを止めようとしなかった。こちらの事情もあったのだ。別に責める気は高耶にはない。
「でもっ……あんな態度を取ったのに……助けてくれた……」
「それが仕事だった。寧ろ、泉一郎さん達に危害が及ぶのを止められなかったことについては、こちらが責められるべきだ」
「そんなっ」
麻衣子という接点があったのだ。あの少女を怪しいと思った時点でここに危害が及ぶ可能性を考えておくべきだったのだ。
しかし、これには泉一郎も反論した。
「高耶くんに力があることは分かっているが、だからといって、何でもできるわけではないだろう?」
「ええ、一人では限界があります……だから、彼らのような式神に協力してもらっていますが……」
高耶だって万能ではない。いくら陰陽師としての能力が高く、更に秘伝家特有の身体能力を持っていたとしても、人一人ができることなどそう多くはない。
「何より、高耶くんは今回、この土地を守ろうとしてくれていた。そんな中で私たち数人のことまで特別に気にする余裕はないはずだ」
「……秘伝のというのなら別ですが、確かに今回は陰陽師としての仕事でしたからね……」
「そうだろう。ここにあの子が来て、私達に向かってきたことは、高耶くんのせいではないし、大事に至る前に助けてくれたじゃないか」
「まあそうですね……」
最悪の事態にはならなかった。それを食い止められたのは幸運だった。
「ならばやはり、私達は君に礼を言わねばならない。麻衣子が謝るのも当然だ。それを受け入れてくれないか?」
全て上手くいくなんてことは稀だ。麻衣子が誤解したままであったことも、彼らが襲われたことも、結局のところ最悪の事態にはならなかった。
「結果良ければ全て良しというだろう。そういうことだよ」
「ふっ……そういうことですか。では彼女の謝罪を受け入れます。なので、もう頭を上げてほしい。せっかくのお茶が楽しめない」
優希を見れば、どうやら、三つ目のお菓子に手を出そうとして珀豪に食べすぎだと怒られているところのようだ。まだ高耶は一つも食べていない。このままではお茶も冷めてしまう。正直にいって、ここらで打ち止めにしたいという思いがあった。
そんな高耶の考えが読めるわけもないだろうが、麻衣子は最後にもう一度深く頭を下げた。
「っ、あ、ありがとう……たっ、助けてくれてありがとう!!」
いい加減面倒くさくなってきていた高耶は、苦笑を浮かべて適当に答える。
「ああ。無事で良かったよ」
「っ!?」
それを聞いて、麻衣子は顔を真っ赤にしていた。高耶の浮かべた苦笑が、微笑みのように見えたらしい。
「麻衣子……」
「不憫な……」
見ていた泉一郎と優一郎は、優希の世話を焼き出した高耶と麻衣子を見比べて引きつった笑みを見せていた。
**********
麻衣子は気まずい様子で高耶の方へと近づき、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……」
泉一郎達も驚き、麻衣子へ目を向ける。彼女だけは、まだ庭先に立ち尽くしていたのだ。
優希と珀豪、綺翔は関係ないものとしてお茶を続けていた。
そんな中、麻衣子は続ける。
「私、失礼な事を言って……助けてもらったのにお礼も言わなかった……」
「……」
高耶は黙って頭を下げ続ける麻衣子をしばらく見つめる。それから、どういうことかと泉一郎へ目を向けた。すると、泉一郎が苦笑しながら説明してくれた。
「その、麻衣子は高耶くんのような若い青年が、私に近付くのが怪しいと思ったらしい。昔と違って、ここらは観光地になってきていることもあって、詐欺や何かに合わないかと心配していたようでね……」
ここで言葉を濁す泉一郎。その後を優一郎が続けた。
「実際に、この土地目当てでおかしな契約を迫ってくる者の話があったので、警戒していたのです。何より、都会の人がこんな田舎の道場にやってくるというのは珍しいですから」
その考えは理解できた。秘伝の者である高耶ならばともかく、突然、知り合いのツテも持たない青年が道場を見に来たら警戒するだろう。
その上、年配の者が、そんな一見さんにいきなり親しそうにしていたら、何か騙されているのではないかと周りは気にするはずだ。
「本当にごめんなさいっ」
「いや……誤解しているというのは、泉一郎さんに聞いていたし、仕事の関係上、誤解させたままにしてほしいと頼んだのもこちらだ。別に謝ってもらう必要はない」
麻衣子と会ってすぐ、泉一郎から電話はもらっていた。その時は、麻衣子の知り合いだという少女が鬼と関わる者かもしれないという予想を立てており、高耶の情報が流れないようにするために、秘伝の者であるということを黙っていてもらったのだ。
更に誤解して、警戒していくのを止めようとしなかった。こちらの事情もあったのだ。別に責める気は高耶にはない。
「でもっ……あんな態度を取ったのに……助けてくれた……」
「それが仕事だった。寧ろ、泉一郎さん達に危害が及ぶのを止められなかったことについては、こちらが責められるべきだ」
「そんなっ」
麻衣子という接点があったのだ。あの少女を怪しいと思った時点でここに危害が及ぶ可能性を考えておくべきだったのだ。
しかし、これには泉一郎も反論した。
「高耶くんに力があることは分かっているが、だからといって、何でもできるわけではないだろう?」
「ええ、一人では限界があります……だから、彼らのような式神に協力してもらっていますが……」
高耶だって万能ではない。いくら陰陽師としての能力が高く、更に秘伝家特有の身体能力を持っていたとしても、人一人ができることなどそう多くはない。
「何より、高耶くんは今回、この土地を守ろうとしてくれていた。そんな中で私たち数人のことまで特別に気にする余裕はないはずだ」
「……秘伝のというのなら別ですが、確かに今回は陰陽師としての仕事でしたからね……」
「そうだろう。ここにあの子が来て、私達に向かってきたことは、高耶くんのせいではないし、大事に至る前に助けてくれたじゃないか」
「まあそうですね……」
最悪の事態にはならなかった。それを食い止められたのは幸運だった。
「ならばやはり、私達は君に礼を言わねばならない。麻衣子が謝るのも当然だ。それを受け入れてくれないか?」
全て上手くいくなんてことは稀だ。麻衣子が誤解したままであったことも、彼らが襲われたことも、結局のところ最悪の事態にはならなかった。
「結果良ければ全て良しというだろう。そういうことだよ」
「ふっ……そういうことですか。では彼女の謝罪を受け入れます。なので、もう頭を上げてほしい。せっかくのお茶が楽しめない」
優希を見れば、どうやら、三つ目のお菓子に手を出そうとして珀豪に食べすぎだと怒られているところのようだ。まだ高耶は一つも食べていない。このままではお茶も冷めてしまう。正直にいって、ここらで打ち止めにしたいという思いがあった。
そんな高耶の考えが読めるわけもないだろうが、麻衣子は最後にもう一度深く頭を下げた。
「っ、あ、ありがとう……たっ、助けてくれてありがとう!!」
いい加減面倒くさくなってきていた高耶は、苦笑を浮かべて適当に答える。
「ああ。無事で良かったよ」
「っ!?」
それを聞いて、麻衣子は顔を真っ赤にしていた。高耶の浮かべた苦笑が、微笑みのように見えたらしい。
「麻衣子……」
「不憫な……」
見ていた泉一郎と優一郎は、優希の世話を焼き出した高耶と麻衣子を見比べて引きつった笑みを見せていた。
79
お気に入りに追加
1,303
あなたにおすすめの小説
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる