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スピンオフ

extra3 もうひとつの夏〈7〉

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 審判たちや相手チームに挨拶を終え、番狂わせを演じた姫ヶ瀬FCイレブンは仲間たちが待つベンチへと引きあげてきた。
 大阪リベルタスの選手たちとも少しだけ吉野は言葉を交わしたのだが、実績において彼のはるか前をいく年代別代表の二人、巽と石蕗は対照的な振る舞いをみせた。

「やられたわ。けど次はやり返させてもらうで」

 無念さを押し殺して握手を求めてきた巽に対し、石蕗は頭からすっぽりとタオルを被って小さな子どもみたいに泣きじゃくっていたのだ。
 自分のミスで負けたと感じているのだろうな、容易にそう推し量れるだけに吉野としても声をかけるのがはばかられてしまう。一言、「またやろう」と伝えるにとどめる。次に会うとき、きっと石蕗はもっと止めるのが難しい選手に成長しているはずだ。

 プロを目指してサッカーを続けていくかぎり、きっと彼らとは何度となくやりあわなければならない。そう考えると体の疲労も手伝って頭がくらくらするが、しかし逆に楽しみでもあった。自分がどこまでいけるのか、吉野はそれを確かめたくてこれまで、そしてこれからもサッカーに人生を賭けていくのだから。
 そんなことを考えながら帰ってきた吉野を、いきなり相良が力強く抱擁してきた。

「見事だ吉野」

 そう告げてから体を離し、吉野の肩を両手でがっしりとつかむ。

「シュートもたしかに非の打ちどころがなかったが、それよりもあの場面でみせたダッシュこそ称賛に値する。おれはおまえみたいな選手とともに戦えることを誇りに思うよ」

 最大級の賛辞だった。
 あまりに情熱的な監督の出迎えに、どうしようもなく照れてしまった吉野は慌てて別の話題を持ちだす。

「ひとつ、お訊ねしても?」

「言ってみろ」

「いったいジュリオにどんな魔法をかけたんですか? 調子がよかった頃と同じような、いやそれ以上のプレーをみせてくれました。おれのゴールはあいつのおかげで生まれたわけですし」

 そんなことか、と相良は笑った。

「おれは何も特別なことはしとらん。ジュリオに言い聞かせたのはふたつだけだ。点は取らなくていいから仲間たちを助けること、笑顔でプレーすること。おまえへのアシストパスは普段の行いの積み重ねがああいった形となって表れた、そう受け取っておけ」

       ◇

 ここからは後日談となる。
 惜しくも準決勝で敗退した姫ヶ瀬FCジュニアユースの面々は、翌日の決勝戦をその場に立てなかった悔しさとともに観戦してから帰路についた。

 嬉しいサプライズもあった。夕方にバスがクラブハウスへと到着したとき、職員や保護者、近所の人たち、それにサポーターが歓声とともに出迎えてくれたのだ。監督の相良、それにキャプテンの吉野がチームを代表して応援への感謝の言葉を述べる。
 そのあとは皆の疲労も考慮してすぐ解散という運びになったのだが、ジュリオはすぐにワンピースを着た少女の元へと駆け寄っていった。

「なんだあ? あいつに仲のいい女子がいるなんて初耳だぞ」

 怪訝そうな吉野の言葉に反応したのは友近だ。

「まったく、だからおまえはモテないんだよ」

 吉野としても否定はしない。だが世の中には口に出して言っていいことと悪いことがあるではないか。

「あん? それはあれか、おれに対する挑発か? どうせおまえだって似たようなもんだろうが」

 だが近くにいた末広によって衝撃的な事実を聞かされる。

「いやいやケイちゃん、友近くんは彼女さんいるよ。まさか知らなかったの?」

「……マジで?」

「けっこうな頻度で応援に来てるの見かけるんだけど。たぶんケイちゃん以外みんな知ってるぜ。ほら、今もそこにいるし」

 末広が指さした方向では大人びた雰囲気の少女が手を振っていた。
 表情を変えずに手を振り返しながら友近は吉野に言う。

「とにかくジュリオのところへ行ってこい。そうすりゃおまえがモテない致命的な理由がわかるはずだ」

 彼女がいるからって調子に乗るなよくそっ、と悪態をつきながら渋々ジュリオたちへと大股で近づいていく。
 先にその姿に気づいたのはジュリオではなく少女の方だった。

「あっ、ボランチの吉野キャプテンだ! ネットの動画中継で大阪リベルタス戦の決勝ゴール見ました! 鳥肌が立つくらい本当にすごかったです!」

「お、そう?」

 褒められれば機嫌を損ねていた吉野だって悪い気はしない。
 興奮気味だった少女は我に返ったみたいですぐ顔を赤らめてしまう。

「すいません、一人で興奮してしまって。あたし、ジュリオのクラスメイトの宗形志麻っていいます」

「ああ、そりゃジュリオがどうも。こいつ、いろいろと迷惑をかけて──って、志麻? シマって言ったの今?」

「え? あ、はい」

 宗形志麻と名乗った少女はきょとんとした顔で首を傾げている。
 その返事を聞いた吉野がものすごい勢いでジュリオへと振り向いた。
 久しぶりに彼女と話せているのがよほどうれしいのだろう、いつもよりにこにことしながらジュリオも答えた。

「そうだよ、この子がシマ。ケイも何度かみかけてるでしょ」

「待て、ちょっと待て。いつもはもっと男の子みたいな格好してたじゃねえか」

 あーそれは、と恥ずかしそうに志麻がうつむき加減で口を開く。

「今日はさっきまで家族と出かけていたのでこういうひらひらな服なのです。あたしとしてはボーイッシュなスタイルが好きなんですが、『中学生にもなって』とあまり親にいい顔をされないので」

 自分が根本から思い違いをしていたことに気づいた吉野は天を仰いだ。異性の友人など二学年上の彼にもいないというのにジュリオときたら。そして友近あたりはとっくに気づいていたのか。このザマではモテないと揶揄されても反論のしようがない。
 だが今は自身のことは脇に置いておき、彼女に聞いておかなければならないことがある。

「その、なんだ。きみはジュリオに対して怒っていたんじゃないのか? この前の鬼島中学戦のプレーで」

 吉野の言葉に顔を上げた志麻は「今日はそれを謝りに来たんです」とはっきり言い切った。

「あたしの視野が狭かったなって。どれだけジュリオが目の前のゲームに本気で勝ちたいと思っているのか、そんなことはよくわかっていたはずなのに。だから大阪リベルタス戦でスタメン落ちしていたときには『ひどいことを言ってしまった』って後悔しました」

「別にきみが悪いわけじゃない。落ちこんでプレーに影響が出たジュリオ自身と、解決策をなかなか見出してやれなかったおれたちに責任がある」

「いえ、やっぱりあたしが──」

 吉野と志麻が互いに自らの非を強調しているところへ、会話の半分ほどしか理解できていないであろうジュリオがつまらなさそうに割りこんでくる。

「なに話してるの? ぼくの悪口?」

 んなわけねーだろ、とジュリオの癖のある髪の毛をぐりぐりと撫で繰りまわす。嫌がるジュリオは「やめてよケイ」とどうにか逃れようとしている。
 そんな二人の様子を眺めていた志麻は、どこか羨ましそうな響きを含ませながらも笑って言った。

「仲、いいんですね。だからジュリオは最後にあんなパスが出せたんだろうな」

 たしかにあれは心が繋がったとしか形容できないラストパスだった。きっと宝物として自分の記憶にずっと残っていくのだろうと吉野は思う。
 そうやって気持ちの拠りどころとなる何かを見つけながら、また次の戦いへと向かっていくのだ。彼も、ジュリオも、他のチームメイトも、ライバルたちも。
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