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case 1. ペットを探せ(依頼編)

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「あのうすみません……、ここって魔法科学研究所で合ってますか……?」
 コンコン、と戸を叩く音とともに遠慮がちな女性の声が室内に響く。ついさっきお昼休憩が終わったところなので、なんともベストなタイミングの来客だ。僕ははーいと返事をしつつ所狭しと並ぶよく分からない器具や荷物たちを回避しながら白衣を羽織り鏡の前を通過、最低限の身だしなみのチェックを済ませてドアノブを回す。
「ようこそ魔法科学研究所へ!」

「……では、本日はどのようなご用件で?」
 研究所の中では比較的きれいな部類に入る、こじんまりとした応接室の中。僕はひとまず目の前のソファに座る女性にお茶を出しながらそう切り出した。室内には魔法を動力に動く楽器が演奏する陽気な音楽流れているが、女性の顔は思いつめたように暗く恐らくこの曲も耳に届いていまい。女性はしばらくじっとテーブルに置かれたカップから立ち上る湯気を見つめていたが、不意に一口唇を湿らせるかのように呷ると僕の顔をまっすぐ見つめた。
「実は、うちで飼っているペットが突然いなくなっちゃったんです……!」
「ペットの迷子ですか。姿が見当たらなくなったのはいつ頃です?」
 不安感を抱かせないようにできるだけ柔和に喋ることを心掛けつつ、僕はテーブルにあるノートと羽ペンをとって情報を書き込み始めた。

 研究所へ相談に来た女性改め、クレアさんが答えた内容をまとめると、まずいなくなったのは自宅で飼っているペットの小型犬、ポチ。昼食を終えて買い物に出かけようと家を出た時に庭を見るとすでにポチの姿は犬小屋あら消えていたそうだ。クレアさんはポチがいなくなったと分かるや近隣住民に見ていないか聞いて回ったそうだが、残念なことにお昼時ということもあって誰もその姿を見かけなかったらしい。そして愛犬を探して街を走り回るうちにうちの研究所の看板が見え、藁にも縋る思いで駆けこんだということなのだ。
「なるほど……。なんとなくですが分かりました。大丈夫です、きっとポチちゃんを見つけて見せますよ」
 ペンを置いてノートを見返しそう言ってのけると、ようやくクレアさんの顔に少しだけ生気が戻った。目を涙で潤ませて勢いよく立ち上がると僕に向かって深く頭を下げる。
「どうか、どうかポチをよろしくお願いします……」
「お任せください! では見つかり次第、魔導通信でお知らせしますのでご自宅でお待ちください」
 ここは王都から離れたかなりのどかな町ではあるものの、魔法の国とも呼ばれるだけあって”魔導通信”という非常に高速な連絡手段も普及しており、そのおかげで僕たちの研究所も相談者と円滑な連絡を行うことができるのだ。お世話になっておりますと胸中で通信網を開拓してくれた誰かに手を合わせつつ、僕はクレアさんを外まで送り出した。太陽はまだ空高くに位置し、春らしい爽やかな陽気を町中に振りまいている。

 さて、ここからは件の依頼解決だ。若干ガタが来ている扉をばたんと閉めると、僕はガラクタたちを避けて今度は応接室とは反対側の部屋に向かう。扉に打ち付けられた「研究室」というプレートをちらりと見つめて僕は一旦深呼吸。ドアをノックし失礼しますと声をかけると僕は思いドアを開いた。
 まず目に飛び込んでくるのは物、物、物。玄関入ってすぐの事務室も物だらけだが、ここ研究室と比べれば圧倒的に整頓されていると言えるだろう。数台のテーブルの上には実験に使うビーカーやら試験管やら三脚やら坩堝やらの器具が散乱し、板張りの床は床で何かよく分からない物体が押し込められた木箱や、明らかに重要そうなのに開封された形跡のない小包などが山積みになっている。
 足の踏み場もない地面から猫の額ほどのフリースペースを得つつ前進し、僕の入室にも気づかない様子で何やら作業をする背中に声をかけた。
「博士、依頼が入ってますよ!」
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