泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

56話 氷雪の砦

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 息を切らしながら全速力で緩やかな丘を下り終えた俺たちの目の前の広がるのは、果てしないほど巨大な氷の彫刻。いや、実際にはそれはそこにあった町をくまなく氷が覆い尽くしているという異様な光景なのだが、芸術作品を思わせるほどの美しさがそこには確かに存在し、思わずため息がこぼれる。そしていつもはこのくらいの距離になれば町の喧騒が聞こえてくるようになってくるが、今は時が止まってしまったような静寂に包まれていた。
 呑気に見入っている場合かと頭を振って俺とカイナは氷の町へと続く雪の積もった道をひた走る。ポルターズ全域が凍結しているのならば凍結前までそこにいたであろう人たちはどうなったのだろうか。グレン村の惨劇、そしてフレンテの襲撃がフラッシュバックして嫌な予感が頭を巡る。せめて関わった人間だけでもどうか無事であってくれとエゴ塗れの願いをしつつ俺たちはさらに走る足のピッチを上げた。

 数分後ポルターズの西側の門まで到着した俺たちを待っていたのは十人ほどのいかつい男たちだった。彼らは各々己の得物を手に、この極寒の中汗だくになりながら何か作業をしている。あちらも走ってきた俺たちに気づいたようで、お前らもこっちに来て手伝ってくれ! と疲れの滲む声で俺たちを呼んだ。上がった息を深呼吸で整えると声の主である男の元に駆け寄って質問を投げる。
「ポルターズは一体どうなっているんですか?」
「俺らも洞窟に潜ってたからわからねえんだ。しかもあれを見ろ、あれのせいで町に入ることすらできねえ」
 疲弊した様子で恐らくマナーゼンの男が指さしたのは数メートル先のポルターズの西門。普段は行商の馬車などの通行のために広く開かれているはずの門は、町と同じように分厚い氷によって塞がれている。残りの男たちはその氷の障壁を破壊するために武器を振るっていたのだった。
 未だ荒い白い息を漏らしながらフードを深くかぶるカイナをちらりと見つつ俺は男たちが掘削作業を続ける門の正面まで歩み寄る。町を覆う氷は建物や地面の表面およそ十センチメートルほどであり、見ているだけでこちらまで凍ってしまいそうだ。門を丸々塞いでいるとはいえ氷なのでそこまで苦戦するだろうかと不思議に思って眺めていると、ちょうど一人の男の両手斧が件の氷に向かって振り下ろされた。ガツンッ! という金属同士をぶつけたような異様に硬い衝撃音が響き大小の氷の破片が飛び散る。かなりの量が砕けたので開通しただろうかと男の背中越しに門を見やった瞬間、不意に周囲の冷気がさらにその温度を下げた。するとさっきまで地面に転がっていた氷の欠片が蒸発するかのように消え去っていき、代わりに男が砕いた障壁を再び滑らかな氷で埋め尽くした。
「なっ……! 壁が直った!?」
「こんな具合でどれだけ壁を殴ってもすぐ直っちまうんだ。半クロンはやってるんだがな」
 驚愕で固まる俺に先ほどの疲れた男が話しかけてくる。壊れた氷が元通りになるという現象の超常さ加減からして恐らく魔法によるものだろう。一クロン=一時間半のはずなので四十五分はこの氷の壁の破壊を試みているらしい。洞窟での魔物狩りから返ってきてそんな長時間氷を砕き続けたということなので疲れているのにも納得だ。
 それならばこの無限に再生を続ける壁を如何せんと唸りながら頭を掻いていると、ようやく落ち着いた様子のカイナが同じく門の状況を見にやって来た。俺の陰に隠れるようにして佇む彼の姿に少し心配になりながら俺はマナーゼンの男に尋ねる。
「この門以外に町に入る方法はないんですか?」
「ああ、東の門も同じだ。それにだ、これを見てみろ」
 そう言うと男は地面の雪を押し固めて雪玉を作り、町をぐるりと囲む塀を越えるように放り投げた。放物線を描きながら飛翔する雪玉が塀を越えて町に入ろうとしたその瞬間、剣を鞘から引き抜くような甲高い音を鳴らしながら塀を覆っていた氷が太い杭になって高速で飛び出し雪玉を木っ端微塵に貫き粉砕してみせた。飛び散る雪を鬱陶しそうに払いのけながら男は続ける。
「……とまあこんな具合で、塀をよじ登って越えるのも無理だ」
「な、なるほど……」
 となると本格的にこの門をどうにかして突破するしかないのか。再び思案に暮れる俺の背中をカイナがつんつんと突く。どうした? とカイナの方を振り向くと彼が小声で俺に提案を投げる。
「あの門、纏いならどうにかなるんじゃない?」
「う~ん、どうだろうなあ。俺の剣とかだと折れちゃいそうだけど、もしかしたらあの人の斧借りたらいけるかも……」
 カイナに礼を言って門に向き直ると俺は先ほど両手斧で門を殴りつけていた男に近寄った。見るからに強そうな筋骨隆々の男を前に気圧されそうになるのをこらえて話しかける。
「すみません、ちょっとその斧をお借りしても?」
「ああ? ああ、別に構わねえがお前これ振れるんか? 結構おめえぞ?」
 そう言って男は訝し気な目で俺の体を上から下に見回す。毎日剣を振っているとはいえ斧使いの彼ほどは剛健ではないのでまあそう言われるのも全くもってごく自然な反応だ。大丈夫ですよ! と元気よく答えながら彼の斧を両手で受け取ると剣とは比べ物にならないほどの超重量が腕にのしかかってきた。斧使いの男が訝し気を超えてもはや心配気な目線を俺に向けてくるが無理やり笑顔を作ってごまかす。今も町の住民が何か危険な目に遭っているかもしれないのだ、可能性を捨てるなんてことはできない。
「じゃあ皆さんちょっと離れててください」
 俺の言葉で男たちとカイナが十分に俺から離れたことを確認すると、深呼吸を一息入れて左腕と両足にマナを集中させ始める。さっきまでの破壊でも打ち破ることが出来なかったし、それに俺はまだマナポーションに余裕があるので初めから全力で纏いを発動させて良いだろう。急速に三点で渦を成していくマナを感じつつ俺は両手斧を右肩に構える。氷に閉ざされた門と俺との距離は約五メートル。
「はああッ!!」
 雄たけびとともにぎりぎりまで溜めたマナを爆発的な推進力に変換すると、俺は地面を深く抉りながら門に向かって飛び出した。
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