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第2章 王都フレンテと魔王の影
幕間 ある治療士の後日談
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飛竜襲撃騒動から早くも二ヶ月の時が経過した。
当時竜の攻撃を受けてそのどてっ腹に大きな風穴をあけられてしまった王城も、いつの間にかきれいに元通りになっていた。あんな状態から王政を崩すことなく今日までやってこられているのは素人目からでは到底わからないが、噂によれば国王がちょうどその時王城をお出になっていたため崩御されるような最悪の展開にはならず、それゆえに安定した内政が執れたそうだ。
そんな復興の波はややゆっくりではあったものの確実に王都中に広がっていった。くたびれた白い上着を着る男、少年から青年になったばかりぐらいの年齢の彼の目の前にも、倒壊した過去など存在しないかのように真新しい白い建物が秋の早朝の涼しげな朝日を浴びながら鎮座している。
青年、もといトレトは目を瞑って大きく深呼吸をすると、新たに建て替えられた治療院の扉を開いて中へ足を踏み入れた。明日から業務を再開する予定なので中にはもちろん誰もおらず、等間隔に壁に配置された魔石灯だけが寂しげに淡い光を放っている。
静かな廊下を通り一つの部屋の前に立ち止まるとポケットから取り出した鍵を使って中に入った。かつて彼が使っていた部屋は彼の私物やら資料やらでごった返していたが、今ではその面影は全くなく、簡素な机と椅子、そして診療に使う器具くらいしか置かれていない。大きくため息を一つ吐き出して治療士用の椅子に深く座り込むと背もたれに寄りかかって目を閉じた。
今日までの二か月間はかつてないほどに濃密だった。そういえばあいつは今どうしているだろうか。確かソウマ、とかいう名前だったか。結局治療院でも王都の中央部へ避難した先の集会所でもあいつに助けられてしまった。それまで利己的な集団と嫌っていたマナーゼンであるはずのあいつに。
ぐるぐると思考を巡らせていると突然ぽんぽんと肩を叩かれた。慌てて椅子から飛び起きたトレトの目の前には見慣れた壮年の女性が立っていた。
「なんだリーチュさんか、びっくりした……。再開は明日からですよ」
「なんだってなによ~! それにトレト先生だって来てるじゃない。今日は何をしに来たの?」
彼女はトレトが治療士になる以前から幼いころに亡くした母親に変わっていろいろ世話を焼いてくれた治療士のリーチュ。トレトと同じように彼女もまた治療院を訪れていたのだ。
「まあ、あしたから再開なんで下見でもしとくか~って感じです。リーチュさんもそんな感じ?」
「そうね、そんなところよ。まったく、飛竜もわざわざここに飛んでくることなかったのにねえ」
リーチュがしみじみと窓の外を見やる。現在ではきれいに整備されてはいるものの、ほんの一か月前までは瓦礫があちこちに散乱していたのだ。治療士は傷ついた人間を助けるのが仕事ゆえに人間の脆弱性については身にしみて感じているが、案外人間というものはたくましく創られているのかもしれない。
「ねえ、こんなことを聞くのもあれだけど、今回の一件があって、マナーゼンに対する気持ちは変わった?」
唐突にリーチュがそんな質問を投げかける。リーチュがトレトに関わった原因でもある死別した彼の母親は当時マナーゼンであり、幼いトレトと夫を残して仕事中に命を落としてしまったのだ。それゆえにトレトはマナーゼンという仕事に対して強い嫌悪感、拒否感を覚えるようになった。重傷を負ったマナーゼンが治療院に運び込まれてくるたびに亡き母を思い出して怒りをにじませていた。
いつもは無気力な顔に複雑そうな、悩んでいるような表情を作った後、ゆっくりと彼は語り出した。
「正直今でもマナーゼンは嫌いです。あんな自分の命を削って金を稼ぐようなやり方、俺は絶対に賛成できない」
そこで一旦言葉を切る。深呼吸をするとトレトは再び口を開いた。
「でも、今回の騒動でやり方が違えど奴らの根底にあるのは俺らと同じ、人を助けることだってことは分かりました。それで、最近考えて新しい夢が出来たんです」
トレトの目には先ほどまでの迷いを帯びた色は消え去り、今は強い意志の光がこもっている。まるであの時マナーゼンの少年が見せた力強く輝く瞳のように。
「俺は俺のやり方で王都中の人を救って見せる。マナーゼンたちが傷つかなくてもいいような仕組みを作って見せる!」
気高く、そして険しい道を進むことを宣言したトレトの姿を、リーチュは眩しそうに見つめていた。
当時竜の攻撃を受けてそのどてっ腹に大きな風穴をあけられてしまった王城も、いつの間にかきれいに元通りになっていた。あんな状態から王政を崩すことなく今日までやってこられているのは素人目からでは到底わからないが、噂によれば国王がちょうどその時王城をお出になっていたため崩御されるような最悪の展開にはならず、それゆえに安定した内政が執れたそうだ。
そんな復興の波はややゆっくりではあったものの確実に王都中に広がっていった。くたびれた白い上着を着る男、少年から青年になったばかりぐらいの年齢の彼の目の前にも、倒壊した過去など存在しないかのように真新しい白い建物が秋の早朝の涼しげな朝日を浴びながら鎮座している。
青年、もといトレトは目を瞑って大きく深呼吸をすると、新たに建て替えられた治療院の扉を開いて中へ足を踏み入れた。明日から業務を再開する予定なので中にはもちろん誰もおらず、等間隔に壁に配置された魔石灯だけが寂しげに淡い光を放っている。
静かな廊下を通り一つの部屋の前に立ち止まるとポケットから取り出した鍵を使って中に入った。かつて彼が使っていた部屋は彼の私物やら資料やらでごった返していたが、今ではその面影は全くなく、簡素な机と椅子、そして診療に使う器具くらいしか置かれていない。大きくため息を一つ吐き出して治療士用の椅子に深く座り込むと背もたれに寄りかかって目を閉じた。
今日までの二か月間はかつてないほどに濃密だった。そういえばあいつは今どうしているだろうか。確かソウマ、とかいう名前だったか。結局治療院でも王都の中央部へ避難した先の集会所でもあいつに助けられてしまった。それまで利己的な集団と嫌っていたマナーゼンであるはずのあいつに。
ぐるぐると思考を巡らせていると突然ぽんぽんと肩を叩かれた。慌てて椅子から飛び起きたトレトの目の前には見慣れた壮年の女性が立っていた。
「なんだリーチュさんか、びっくりした……。再開は明日からですよ」
「なんだってなによ~! それにトレト先生だって来てるじゃない。今日は何をしに来たの?」
彼女はトレトが治療士になる以前から幼いころに亡くした母親に変わっていろいろ世話を焼いてくれた治療士のリーチュ。トレトと同じように彼女もまた治療院を訪れていたのだ。
「まあ、あしたから再開なんで下見でもしとくか~って感じです。リーチュさんもそんな感じ?」
「そうね、そんなところよ。まったく、飛竜もわざわざここに飛んでくることなかったのにねえ」
リーチュがしみじみと窓の外を見やる。現在ではきれいに整備されてはいるものの、ほんの一か月前までは瓦礫があちこちに散乱していたのだ。治療士は傷ついた人間を助けるのが仕事ゆえに人間の脆弱性については身にしみて感じているが、案外人間というものはたくましく創られているのかもしれない。
「ねえ、こんなことを聞くのもあれだけど、今回の一件があって、マナーゼンに対する気持ちは変わった?」
唐突にリーチュがそんな質問を投げかける。リーチュがトレトに関わった原因でもある死別した彼の母親は当時マナーゼンであり、幼いトレトと夫を残して仕事中に命を落としてしまったのだ。それゆえにトレトはマナーゼンという仕事に対して強い嫌悪感、拒否感を覚えるようになった。重傷を負ったマナーゼンが治療院に運び込まれてくるたびに亡き母を思い出して怒りをにじませていた。
いつもは無気力な顔に複雑そうな、悩んでいるような表情を作った後、ゆっくりと彼は語り出した。
「正直今でもマナーゼンは嫌いです。あんな自分の命を削って金を稼ぐようなやり方、俺は絶対に賛成できない」
そこで一旦言葉を切る。深呼吸をするとトレトは再び口を開いた。
「でも、今回の騒動でやり方が違えど奴らの根底にあるのは俺らと同じ、人を助けることだってことは分かりました。それで、最近考えて新しい夢が出来たんです」
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「俺は俺のやり方で王都中の人を救って見せる。マナーゼンたちが傷つかなくてもいいような仕組みを作って見せる!」
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