37 / 74
第2章 王都フレンテと魔王の影
35話 裁きの火
しおりを挟む
小雨の降り続く王都の中央。雨と土、そして血の匂いが漂い今なお絶叫と轟音が響く竜と人との戦場に、純白のギャンベゾンの上に磨き抜かれた銅の鎧、そして再び純白のマントを身に纏う集団がやって来た。
十数人の純白の集団の先頭に立つ人物が、先ほどまで死闘を繰り広げていたのであろう竜の亡骸とその正面に転がる少年に近寄る。心身ともに激しく消耗しているためか近づいても反応するそぶりを見せないが、その疲弊した瞳には満足げな光がかすかに、だが確かに宿っているように見えた。ふと目線を動かせばすぐそばには大穴の空いた建物があり、建物の中から大勢の人々が不安げな様子でこちらを見ている。どうやらこの少年はあの人々を守り抜いてみせたらしい。純白の防具が汚れるのも気にせず少年の横にひざまづくと、称賛の意を込めて言葉をかける。
「よくぞ今まで持ち堪えてくれた。貴殿の気高き行いに感謝と称賛を。あとは我々、聖火隊に任せろ」
今にも崩れ落ちそうな少年のぼろぼろの手をしっかりと握ってからその人物は立ち上がる。
「残りの黒竜二体の討伐はお前たちに任せる。私はあの巨竜を殺す」
そう言葉少なに残りの白装束たちに指示を出して、自分は純白のマントを翻して黄金の巨竜の元へ歩いていく。すでに交戦中のマナーゼンたちは壊滅寸前。辛うじて生き残った者たちで何とか竜たちの進撃を防いではいるものの、あと数分もしないうちにこの竜たちに打ち滅ぼされてしまうだろう。しかし、そんな状況に持ち込ませない、ドラゴンどもから民の安寧を勝ち取るのが彼らの使命であり矜持であるのだ。
ゆっくりと近づいてきた白い姿を、マナーゼンの死体をまるでおもちゃかのように引き裂いていた金色のドラゴンが見下ろす。常人ならばそれだけで呼吸すらできなくなるほどの巨竜のプレッシャーも、この白と銅の狩人の前ではまったくその意味を介さない。
「ドラゴン風情が、あまり人間をなめるなよ……」
途端にその場の空気が何倍にも張り詰める。鉛色の雨雲の下、粘度を格段に増した空気の中で銅の兜の中に佇む瞳だけが激しく輝いていた。燃えているかのようなその赤い瞳は、目の前の敵を焼き尽くさんという人間の怒りを体現しているようだ。突如として現れた危険因子を蹴散らすために巨竜はそれだけでも人間よりはるかに大きな腕を振り上げる。同時に標的となる紅の瞳の白装束も左腰のケースから一枚のカードを抜いて掲げ、右腰の袋から黒い粉末を取り出すと滑らかに魔法を唱え始める。
「インプ:カルド・アズ:カノン・イグノ・エメルゲ・タグ:カノン・レウス:トレイソーザント・ルーン!」
魔法が発動された瞬間、左手で掲げていたカードが不可視の火に当てられたように燃え尽きていく。矢継ぎ早に激しい光を放つ魔法陣に向かって右手の粉を思い切り投げつけた。黒い粉末──正確には黒色と、身にまとう鎧に似た銅色が混じり合う粉末は魔法陣の先へ飛び出した途端に瞬く間に赤熱し、夥しい火炎を帯びる。黒い粉から変化した火球は次第にその色を赤色から鮮やかな青緑色へ変化していき、限界までその爆発力が高まった瞬間、見えない撃鉄を叩きつけられたかのように緑炎が吹き出した。吹き上がる緑の業火は急速に迫る太い腕を軽々と消滅させ、そのままの勢いで竜の上半身を飲み込んでいく。
数瞬後、巨竜の背後から緑の火炎が吹きあがり上空に上っていった。ついに民を恐怖のどん底に叩き落とした黄金の巨竜は、その身に翡翠色の残り火を宿しながらゆっくりと崩れ落ちた。業火によって焼かれた地面は先ほどまで小雨に濡れていたにも関わらず、今ではカラカラに乾き切っている。
巨竜の狩り手は降り抜いた右腕を戻すと、籠手部分についた仕掛けを動かして小雨を瞬時に消失させるほど高温の装甲に彫り抜かれた空冷用の溝を開く。その動作が此度の戦いが終幕を迎えたことを知らしめていた。背後を振り返ればすでに黒焦げに焼かれた黒竜の下が二体転がっている。部下たちに撤退の指示が下され、白と銅の竜狩りたちは彼らの本部を目指して歩き去っていった。その場には呆然とした表情のマナーゼンたちと住民たちのみが残されていた。
彼らの名は聖火隊。王国直属の部隊にして竜狩りを専門とする火属性魔法使いの集団。少数精鋭のその隊を束ねる隊長を務め、さらに確認されている全火属性魔法使いの中の頂点に君臨するその人物は、繰り出す劫火の色から畏敬の念を込めて”緑炎のフラム”と呼ばれていた。
十数人の純白の集団の先頭に立つ人物が、先ほどまで死闘を繰り広げていたのであろう竜の亡骸とその正面に転がる少年に近寄る。心身ともに激しく消耗しているためか近づいても反応するそぶりを見せないが、その疲弊した瞳には満足げな光がかすかに、だが確かに宿っているように見えた。ふと目線を動かせばすぐそばには大穴の空いた建物があり、建物の中から大勢の人々が不安げな様子でこちらを見ている。どうやらこの少年はあの人々を守り抜いてみせたらしい。純白の防具が汚れるのも気にせず少年の横にひざまづくと、称賛の意を込めて言葉をかける。
「よくぞ今まで持ち堪えてくれた。貴殿の気高き行いに感謝と称賛を。あとは我々、聖火隊に任せろ」
今にも崩れ落ちそうな少年のぼろぼろの手をしっかりと握ってからその人物は立ち上がる。
「残りの黒竜二体の討伐はお前たちに任せる。私はあの巨竜を殺す」
そう言葉少なに残りの白装束たちに指示を出して、自分は純白のマントを翻して黄金の巨竜の元へ歩いていく。すでに交戦中のマナーゼンたちは壊滅寸前。辛うじて生き残った者たちで何とか竜たちの進撃を防いではいるものの、あと数分もしないうちにこの竜たちに打ち滅ぼされてしまうだろう。しかし、そんな状況に持ち込ませない、ドラゴンどもから民の安寧を勝ち取るのが彼らの使命であり矜持であるのだ。
ゆっくりと近づいてきた白い姿を、マナーゼンの死体をまるでおもちゃかのように引き裂いていた金色のドラゴンが見下ろす。常人ならばそれだけで呼吸すらできなくなるほどの巨竜のプレッシャーも、この白と銅の狩人の前ではまったくその意味を介さない。
「ドラゴン風情が、あまり人間をなめるなよ……」
途端にその場の空気が何倍にも張り詰める。鉛色の雨雲の下、粘度を格段に増した空気の中で銅の兜の中に佇む瞳だけが激しく輝いていた。燃えているかのようなその赤い瞳は、目の前の敵を焼き尽くさんという人間の怒りを体現しているようだ。突如として現れた危険因子を蹴散らすために巨竜はそれだけでも人間よりはるかに大きな腕を振り上げる。同時に標的となる紅の瞳の白装束も左腰のケースから一枚のカードを抜いて掲げ、右腰の袋から黒い粉末を取り出すと滑らかに魔法を唱え始める。
「インプ:カルド・アズ:カノン・イグノ・エメルゲ・タグ:カノン・レウス:トレイソーザント・ルーン!」
魔法が発動された瞬間、左手で掲げていたカードが不可視の火に当てられたように燃え尽きていく。矢継ぎ早に激しい光を放つ魔法陣に向かって右手の粉を思い切り投げつけた。黒い粉末──正確には黒色と、身にまとう鎧に似た銅色が混じり合う粉末は魔法陣の先へ飛び出した途端に瞬く間に赤熱し、夥しい火炎を帯びる。黒い粉から変化した火球は次第にその色を赤色から鮮やかな青緑色へ変化していき、限界までその爆発力が高まった瞬間、見えない撃鉄を叩きつけられたかのように緑炎が吹き出した。吹き上がる緑の業火は急速に迫る太い腕を軽々と消滅させ、そのままの勢いで竜の上半身を飲み込んでいく。
数瞬後、巨竜の背後から緑の火炎が吹きあがり上空に上っていった。ついに民を恐怖のどん底に叩き落とした黄金の巨竜は、その身に翡翠色の残り火を宿しながらゆっくりと崩れ落ちた。業火によって焼かれた地面は先ほどまで小雨に濡れていたにも関わらず、今ではカラカラに乾き切っている。
巨竜の狩り手は降り抜いた右腕を戻すと、籠手部分についた仕掛けを動かして小雨を瞬時に消失させるほど高温の装甲に彫り抜かれた空冷用の溝を開く。その動作が此度の戦いが終幕を迎えたことを知らしめていた。背後を振り返ればすでに黒焦げに焼かれた黒竜の下が二体転がっている。部下たちに撤退の指示が下され、白と銅の竜狩りたちは彼らの本部を目指して歩き去っていった。その場には呆然とした表情のマナーゼンたちと住民たちのみが残されていた。
彼らの名は聖火隊。王国直属の部隊にして竜狩りを専門とする火属性魔法使いの集団。少数精鋭のその隊を束ねる隊長を務め、さらに確認されている全火属性魔法使いの中の頂点に君臨するその人物は、繰り出す劫火の色から畏敬の念を込めて”緑炎のフラム”と呼ばれていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる