泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第1章 はじめての異世界

12話 エゴ

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「……う、うおえぇぇ! ……はあ、はあ……」
「おい、どうしたソーマ!? 変なもんでも食ったのか!?」
 俺が吐いたのを見てグアルドが慌てて俺の背中をさする。息を整えようと深呼吸を試みるも、のどに再び逆流感を覚えまたもや胃の中のものを地面にぶちまけてしまう。
「おいおい大丈夫かよ? ちょっと休んどけ、洞窟の封鎖は俺がやっておくから」
俺を支えて岩陰から壁際まで運ぶグアルド。心から俺のことを心配しているのは痛いほど分かったが、俺の嘔吐の原因にはグアルドも関わっていた。迫りくる吐き気を必死に抑えながら、俺は道具を持って封鎖に向かう巨漢に問いかけた。
「……グアルドは、……なんで、あいつらを殺しても……そんな平気でいられるんだよ」
 やっとの思いで言葉を発してグアルドを見る。その目には恐怖や困惑、あるいは怒りがこもっているようにもグアルドには見えたかもしれない。当惑したように俺を見返して、やがて口を開いた。
「なんでって、そりゃあ、普通のことだから、じゃねえかな」
グアルドの答えに強烈な違和感を覚える。ゴブリンを殺すのが普通のことだと?魔物とはいえ、俺たちもあいつらも同じようにこの世界に生きている。元の世界では深く考えたこともなかった生き物を命を奪うという行為が、先刻俺たちと同じように二足歩行をする化け物をこの手で殺めたことで、目をそらすことが出来ないほどに強く、生々しく俺の中に刻みこまれた。
 死への恐怖と罪悪感が同時に俺の頭をぎりぎりと締め付ける。命を奪うことが禁忌ならば、俺はさっきあの場で殺されているのが正解だったのか……? もし俺が逆の立場だったら……?
 この苦悩が俺のエゴであることは重々承知している。生き物として生きていくためには、他の生き物を殺し、食らっていかなければならないのは火を見るよりも明らかだ。しかし、温室のごとき元の世界で育った俺にとって、ゴブリンの肉を裂き、骨を断ち、その命の炎を散らしたという現実は、どうしようもないほど残酷にその真理を俺に叩きつけていた。
「……グアルドはゴブリンやその他の生き物を殺して、罪悪感はないのか?」
 困惑した様子で俺を見るグアルドに向かってそんな問いを投げかける。あんなにいとも簡単に殺して、これほど平常でいられるグアルドの心が全く理解できない。
 グアルドは考えるように顔をしかめると、おもむろに洞窟にしゃがみこんだ。そして地面に落ちた何かを拾い上げると俺の目の前に持ってきた。松明の光に照らされてきらきらと輝く小さなそれは、ゴブリンの魔石だった。
「確かに俺たちは、生き物を殺しまくってる罪人かも知れねえ。噂に聞くドラゴンとかいう化け物も、案外俺たち人間ほどは生き物の命を奪ってないのかもな」
 そこでグアルドの言葉が止まって、洞窟の中に静寂が流れる。やがて魔石を優しく握ってグアルドは再び語り始めた。
「だけどな、どんだけ罪深く感じたって、俺たちが生きていくためには他の誰かを殺していくしかねえ。……今回だってそうだ。もしゴブリンが行商人を襲って村にたどり着けなかったらどうなる?グレン村はかなり王都との商売で成り立っているからな、あっという間に滅んじまうだろうな」
 グアルドの言葉に俺は思わず視線を落とす。確かにグレン村は良くも悪くも牧歌的な村であり、経済的な被害があった時には衰退は避けられまい。元の世界でも、経済的事情や人口減少などでなくなってしまった村や町の話を聞いたことがある。
「そんな生き物を殺してしか生きていけない俺たちは、せめて奪った命を無駄にしないために、この魔石や生き物の体を何かに生かすんだ、少なくとも俺たちの村じゃあな。昔からそう教わって育ってきた。まあ、そうやって罪悪感から逃げてるのかもしれねえけどな」
 どこか自嘲気味に笑ってグアルドは言った。つまりはこの世界の人々──少なくともグレン村の人々は、奪った命をある意味で”生かす”ことで折り合いをつけているということなのか。元の世界にも食事などにそんな考えが息づいているが、この世界においては魔物なら魔石を遺すため、より強くその考えが根付いているのかもしれない。フェルテルにかつて聞いた信仰の話もこれに通ずるのか。
「だから、その、……なんだ、あんまり落ち込むなよ。その気持ちはこいつらの命をもらうことで伝えてやれ」
ポンと俺の肩を叩いてグアルドは立ち上がる。グアルドの話を聞いて少し気分が落ち着いた。まだ殺戮が必要なものだと割り切れる自信も度量も到底ないが、ここで立ち止まっても殺していった魔物たちに失礼だ。そう自分自身に言い聞かせた。
 深呼吸をして立ち上がった俺は、とりあえず迷惑をかけたグアルドに謝罪する。
「すまん、迷惑かけて。……もう大丈夫だ、洞窟の封鎖を始めよう」
 頭を下げる俺に、いいってことよ! と快活に受け入れて、グアルドは再び道具を担いで歩き出した。

「ここに魔石をおいて……っと、よし! これで大丈夫だ。これで魔法陣が動くから、向こうからは魔物は入ってこれなくなるらしいな」
 ぱんぱんと手を払って満足げに頷くグアルド。俺たち二人は洞窟の奥の亀裂の前に持ってきた魔法陣を設置したので、とりあえず役目を終えたということになる。
 その後、ゴブリンたちの体が姿を変えた魔石を拾い、消滅せずに残った、切り飛ばした頭やら首やらを魔法陣の近くに置いた。こうすることで、しばらくの間、血の匂いを嗅ぎつけたゴブリンが新たにこの洞窟に住み着くことを抑制する効果があるらしい。無残な姿にしてしまったゴブリンたちに手を合わせて、俺たちは洞窟の入り口に戻って行った。

「ふう、結構かかっちまったな。もう空が赤くなってきてやがる」
 グアルドが大きく伸びをして言った。洞窟に入ったのが正午から少し経ったくらいだったので、かなりの時間洞窟の中にいたようだ。いろいろ考えさせられることがあったが、それも俺の心を成長させてくれたように思う。
 村に到着すると、村の入り口までフェルテルが俺たちを迎えに来てくれていた。フェルテルは俺の肩の傷を見てぎょっとはしたものの、俺が大丈夫だと伝えると、ソーマさんはいつも怪我しますね!と母親のような顔で俺を叱る。後できちんと手当しますからね、とジト目で怒られてしまい縮こまる俺を見てグアルドは愉快そうに笑っていた。
 俺はグアルドに道具を返した後、家に戻ってフェルテルに傷の処置をしてもらった。包帯をめくると、いつかの大怪我のように早くも傷はふさがり始めており、その回復力に俺はすごさを通り越してどこか不気味ささえ感じていた。フェルテルに文句を言われつつ一応包帯を巻き直してもらい、その日はそのままいつも通りに終了した。……いや、するはずだった。

「きゃああ!!」
 深夜の村に突如響き渡る悲鳴と轟音。飛び起きた俺たちは玄関をくぐって発生源と思しき方角、東の方を見る。すぐに俺たちの視界に飛び込んできたのは、破壊された村の柵といくつかの家、そして逃げ惑う村人たち。

 悪夢の夜が、始まった。

 俺たち三人が呆然とその光景を見つめていると、逃げてきたのであろう一人の村人がやって来た。その顔は暗くて子細には見通せないものの、そんな状況でも分かるほどに恐怖と焦燥の色が見て取れる。
「オークだ…ッ! オークの群れが柵を破って入ってきやがった!」
「なんじゃと!? 今すぐ自警団を集めて村人たちを西側に避難させるんじゃ!」
 いつもからは想像もできない険しい表情で指示を出すノルト村長。急いで走っていった村人を心配げに見送って、村長は俺たちに向き直った。
「お前たちも早く避難するんじゃ。ソーマさん、フェルテルを頼みましたぞ。わしは自警団と共に村人の避難を」
 フェルテルの護衛を頼まれてしまっては避難を断ることはできない。この少女を何があっても守り抜くという覚悟を決めて俺は強く頷き、ノルト村長にお気をつけて、と一言伝えて俺たちは村の西へ走り出した。その間フェルテルは無言だったが、それは心配や恐慌を必死に抑えているためなのかもしれない。フェルテルをできるだけ早く安心させてやりたくて、俺は少しだけ走る速度を上げた。

 村の中心部に当たる村長宅から走って五分もしないうちに、俺たちはとりあえずの避難場所になっている、丘の上の小さな広場にたどり着いた。辺りを見回すとすでに多くの村人が避難してきており、ざわざわと不安げな話し声があちこちから聞こえてくる。そんな人々の中に、一人泣きながら歩いている子供がいるのに気付いた。どうやら親とはぐれたらしく、お父さん! お母さん! と泣き叫びながらさまよう姿に俺たちはたまらず駆け寄った。
「大丈夫だよ。お父さんお母さんとはぐれちゃったの? お姉ちゃんたちが一緒に探してあげるからね」
 泣く男の子に目線の高さを合わせて、フェルテルは頭を撫でながら優しく話しかける。それに倣って俺もしゃがんで男の子を慰めた。すると安心したのか男の子は次第に泣き止んでいった。改めて男の子に質問を投げる。
「君はお父さんとお母さんとはぐれちゃったのかな?」
「うん……この広場に来てるときに、お母さんたちがどこかに行っちゃって、分かんなくなっちゃった」
 弱弱しく男の子が答える。この子の話の通りなら、この子の親御さんはこの広場のどこかにいるはずだ。……いや、こんなに泣いていたのに出会わなかったということは、両親はまだここまで避難できていないのかもしれない。男の子はフェルテルに任せて俺は戻ってこの子の両親を探しに行こう。
「フェルテル、この子を任せてもいいかな? 一応戻ってこの子の親御さんを探してくるよ。広場にまだ来れていない可能性もあるから」
 俺の言葉を聞いたフェルテルは顔に心配げな色を見せたが、すぐに気丈な色を取り戻して頷いた。
「わかりました。絶対に無茶しちゃだめですよ、まだ怪我人なんですから」
「ああ、ありがとう。すぐに戻るよ」
 フェルテルに大丈夫だというように笑って見せて、俺は広場を出て、まっすぐ来た道を戻っていく。

 村の西にある広場を抜けて東部に駆け足で向かう。村を東西に横切る太い道にはすでに人影はなく、男の子の両親と思しき人は見つからない。村の柵に取り付けられた松明が延焼したのか、炎に巻かれた家々が目に入り、焦燥感が募る。自警団やノルト村長たちの安否が心配だが、ひとまずは自分の使命を全うするしかない。右に左に視線を走らせながら俺は東へ駆けていく。
「……来るなあッ! この化け物がッ!」
 突如男の叫び声が響き、俺は急ブレーキをかける。どこだどこだと焦りながら周囲を見渡すと、倒壊した建物の奥に、女性を抱えた男性が巨大な何かと対峙している光景が視線に捉えられた。道から外れた位置にいる男の後方にはすでに火炎が迫っており、まさに絶体絶命といった状況だ。考えている暇はコンマ一秒たりともない。俺は全速力で化け物と二人との間に飛び込んだ。
「化け物! お前の相手は俺だ!」
 おびえる自分を奮い立たせて化け物に相対する。化け物の背丈は俺より高く、二メートルを軽く超えている。筋肉と贅肉に包まれた二足歩行の体の上におぞましい豚じみた頭が乗っかったそれは、恐らく村人が言っていたオークなのだろう。てらてらと火に照らされた醜悪な顔面にいやらしい笑みが張り付いているのが見て取れる。右腕に握られた粗末な粗末な棍棒は、しかし凶悪的で暴力的な印象を嫌というほど俺に感じさせていた。
「君は……!? ここは危ない、早く逃げろ!」
「こっちのセリフだ! その人、気絶しているのか!? ならなおさら俺がこいつを引き付けているうちに西の広場へ走れ!」
 困惑した表情で俺に声をかける男に、怒り交じりに叫び返す。俺の身を案じてくれたことはありがたいが、この場においてはできる限り多くの人命が助かることが優先だ。そんなのも自分のことを棚に上げたエゴに過ぎないが、実際俺はその考えの下ここに飛び込んできたのだからしょうがない。もちろん俺だって、ここで死んでやる気は毛頭ないが。
 俺たちの会話を悠長に待つこともなく、オークは右腕をゆっくりと真上に振りかぶる。……ここだ、やるしかない。
 腕を伸ばして両手首をクロスさせ、棍棒の衝突予想地点へ。ライさん曰くこの姿勢が一番マナを変換する効率を高めるらしい。そして素早く詠唱を走らせる。
テネロ闇よエメルゲ顕現せよコルーム円柱を生成ラド:オーン半径:一ヘウ:ピントオーン高さ:〇・一ソルド状態を固体にルーン魔法実行!!」
 腕の先で紫の魔法陣が光を放つと同時に、オークの巨大な棍棒が俺目がけ振り下ろされた。
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