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第1章 はじめての異世界
5話 脱出準備
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カサカサという葉の擦れ合う音で俺は目が覚めた。どうやらトカゲに追われて転がり込んだ窪んだ地形で木に強かに頭をぶつけた衝撃で気を失ってしまったようだ。
木にもたれかかって強張った身体をゆっくりと曲げ伸ばしして立ち上がる。気を失ってから一体何時間経ったのかはわからないが、頭上には幻想的な青い半月が浮かび、森の中を淡い群青に照らしていることから夜だということだけはわかる。
「うぅ……腹が減った……」
唐突に思い出したかのように、現実では味わったことのないほど強烈な空腹感が俺を襲った。何か口にしないと胃がねじ切れそうな食欲に突き動かされて周りを見渡すも、目に映るのは草木と大トカゲのものであろう太い尻尾だけ。
……仕方ない。俺は大トカゲの尻尾に向かって足を引きずりながら近づく。例の肉食植物が十分足らずで溶かし切った断面には赤紫色の肉と不気味なくらい白い骨が覗き、普段なら微塵も食欲が湧かないであろうグロテスクなルックスだが、今の俺にはたまらなくご馳走に見えてしまうのが自分でも恐ろしい。
震える手で尻尾の端を持ち上げて肉が露になった断面に思い切りかぶりついた。
「う、うおぇぇ……」
口中に不快な血の味と臭いが流れ込んでくる。たまらず吐き出しそうになるが、空腹感がそれすら押さえつけ俺の顎を動かした。繊維質の硬い肉を噛みちぎりそのまま咀嚼する。ゴムのような食感と、血の味に混じった、血に似ているがしかし少し異なる奇妙な風味を味わって、ついにゴクリとトカゲ肉を嚥下してしまった。
そこからは止まらない。俺は獣のようにトカゲの肉を貪り食った。
身体の中を血液が流れるのをなぜか明確に感じた気がして、俺はがばりと起き上がった。
周りを見渡すとキラキラと朝日を受けて反射する朝露の森の中に食いかけの尻尾が落ちている。空腹を満たした後またもや気絶してしまったらしい。およそ自身の所業とは思えないが、一晩明かしたらしい俺の口内には今もなお不快な鉄の味が残っており、やはりこのトカゲ肉を食べたのだとうんざりとした気分になる。
身体をほぐそうと立ち上がって、ふとあることに気づいた。昨日トカゲに引き裂かれたはずの横腹が治っているのだ。痛々しい傷痕は残っているものの、血を吐き出していたはずの裂け目はピタリとくっついている。
それに加え、全身を木やら岩やらにぶつけまくったのにどこも痛くない。
ここに来て一晩明けてなお何がなんだかわからないが、角から火を吹くオオトカゲや巨大肉食植物といい、この異常な再生能力といい、少なくともここが昨日まで生きてきたあの日常ではないことは確かだ。ここが夢かもしれないというぬるい妄想はとっくの昔に捨て去った。昨日の襲撃の中での恐怖と痛みが俺の妄想を塗りつぶしたのだ。
「とりあえずこの森を抜けよう」
独りつぶやいて俺は散策を開始する。俺が転がり込んできたのはすり鉢状の低地で、どうやら昨日の植物の縄張りらしい。
すり鉢の底から周囲に歩いていって見ると、ところどころに恐らくは蔦トラップのトリガーであろうピンと張られたやや細い蔦があった。俺がこのトラップに引っかからなかったということはある程度の重量がなければ発動しないということだろうか。この縄張りに偶然たどり着いたおかげで、俺は他の化物に襲われることなく一晩を過ごせた、のかもしれない。逆にもしこの場所に来れなかったとしたら……。
現実となったかもしれない可能性の一つに背筋が強張るのを感じて慌てて頭を振る。今はそんなことを考えている暇はない。一秒でも早くここを出なければならない。
この森を脱出するためには、先のオオトカゲのような獣たちを退けるために武器が必要になってくる。俺の周りに武器になりそうなものは……。
あった。オオトカゲが残した大きな尻尾。あれの鋭い鱗ならなんとか戦える武器にできるかもしれない。
俺は尻尾に近づくと知覚に落ちていた手頃な石で鱗を剥ぎ取ろうと試みる。鱗の隙間に石をねじ込んでひねるとぶつりと大ぶりな鱗が取れた。刃物のように鋭いわけではないが、矢じり状のこの形状なら、思い切り突き刺せばそれなりに武器として使えるかもしれない。
あとは丈夫そうな木の枝に蔦(無論トラップのものではない)を使って固定すれば……これで即席の槍の完成だ。作ったのも使うのもド素人の俺だが、牽制程度には使えるだろう。……使えると願おう。壊れてしまった場合を想定して、俺はさらに数枚鱗を剥ぎ取った。
あとは食料問題。どこかに食べられそうなものはないものか。……いや、わかっている。今、目の前にオオトカゲの尻尾が横たわっていることが。
……仕方ない。文句は言っていられない。色々と言い訳、もとい自己暗示をしながらトカゲ肉に向き合う。昨晩食べたとはいえまだまだほとんど原型のままの尻尾を睨む。切り身にして干しておけばなんとか食えるかもしれない。
俺は意を決して、比較的柔らかそうな尻尾の裏側に先程剥ぎ取った鱗を差し込んだ。力をこめていくとあるところからするりと鱗のナイフが入った。そのままあたかもファスナーを明けていくように先端まで表皮を裁断していく。
その後小一時間の悪戦苦闘の末、なんとか俺は切り身のトカゲ肉とトカゲ革を手に入れた。トカゲの切り身は近場の木に吊るして干し肉にしておこう。まさか魚もさばいたことのないのにトカゲをさばくことになるとは。
残るは飲み水だが、幸運なことにこれはすぐに見つかった。というかこのすり鉢のほんの十メートル先できれいな泉を発見したのだ。発見時、小型の鹿とも猪ともつかない動物が美味しそうにここの泉の水を飲んでいたので、水質の心配はないだろう。有毒性があったとしても、得体のしれないトカゲの肉を生で食べている時点でもう遅いだろうし。
色々と作業をしているうちに、気がつけば太陽はかなりの角度まで落ちてきていた。また夜がやってくる。昨日のことを考えると、この窪地を離れなければ恐らくは獣に襲われることはないはずだ。
一人木にもたれて無理矢理に休もうとする俺の姿を、昨日より少しだけ丸みを増した半月だけが見下ろしていた。
木にもたれかかって強張った身体をゆっくりと曲げ伸ばしして立ち上がる。気を失ってから一体何時間経ったのかはわからないが、頭上には幻想的な青い半月が浮かび、森の中を淡い群青に照らしていることから夜だということだけはわかる。
「うぅ……腹が減った……」
唐突に思い出したかのように、現実では味わったことのないほど強烈な空腹感が俺を襲った。何か口にしないと胃がねじ切れそうな食欲に突き動かされて周りを見渡すも、目に映るのは草木と大トカゲのものであろう太い尻尾だけ。
……仕方ない。俺は大トカゲの尻尾に向かって足を引きずりながら近づく。例の肉食植物が十分足らずで溶かし切った断面には赤紫色の肉と不気味なくらい白い骨が覗き、普段なら微塵も食欲が湧かないであろうグロテスクなルックスだが、今の俺にはたまらなくご馳走に見えてしまうのが自分でも恐ろしい。
震える手で尻尾の端を持ち上げて肉が露になった断面に思い切りかぶりついた。
「う、うおぇぇ……」
口中に不快な血の味と臭いが流れ込んでくる。たまらず吐き出しそうになるが、空腹感がそれすら押さえつけ俺の顎を動かした。繊維質の硬い肉を噛みちぎりそのまま咀嚼する。ゴムのような食感と、血の味に混じった、血に似ているがしかし少し異なる奇妙な風味を味わって、ついにゴクリとトカゲ肉を嚥下してしまった。
そこからは止まらない。俺は獣のようにトカゲの肉を貪り食った。
身体の中を血液が流れるのをなぜか明確に感じた気がして、俺はがばりと起き上がった。
周りを見渡すとキラキラと朝日を受けて反射する朝露の森の中に食いかけの尻尾が落ちている。空腹を満たした後またもや気絶してしまったらしい。およそ自身の所業とは思えないが、一晩明かしたらしい俺の口内には今もなお不快な鉄の味が残っており、やはりこのトカゲ肉を食べたのだとうんざりとした気分になる。
身体をほぐそうと立ち上がって、ふとあることに気づいた。昨日トカゲに引き裂かれたはずの横腹が治っているのだ。痛々しい傷痕は残っているものの、血を吐き出していたはずの裂け目はピタリとくっついている。
それに加え、全身を木やら岩やらにぶつけまくったのにどこも痛くない。
ここに来て一晩明けてなお何がなんだかわからないが、角から火を吹くオオトカゲや巨大肉食植物といい、この異常な再生能力といい、少なくともここが昨日まで生きてきたあの日常ではないことは確かだ。ここが夢かもしれないというぬるい妄想はとっくの昔に捨て去った。昨日の襲撃の中での恐怖と痛みが俺の妄想を塗りつぶしたのだ。
「とりあえずこの森を抜けよう」
独りつぶやいて俺は散策を開始する。俺が転がり込んできたのはすり鉢状の低地で、どうやら昨日の植物の縄張りらしい。
すり鉢の底から周囲に歩いていって見ると、ところどころに恐らくは蔦トラップのトリガーであろうピンと張られたやや細い蔦があった。俺がこのトラップに引っかからなかったということはある程度の重量がなければ発動しないということだろうか。この縄張りに偶然たどり着いたおかげで、俺は他の化物に襲われることなく一晩を過ごせた、のかもしれない。逆にもしこの場所に来れなかったとしたら……。
現実となったかもしれない可能性の一つに背筋が強張るのを感じて慌てて頭を振る。今はそんなことを考えている暇はない。一秒でも早くここを出なければならない。
この森を脱出するためには、先のオオトカゲのような獣たちを退けるために武器が必要になってくる。俺の周りに武器になりそうなものは……。
あった。オオトカゲが残した大きな尻尾。あれの鋭い鱗ならなんとか戦える武器にできるかもしれない。
俺は尻尾に近づくと知覚に落ちていた手頃な石で鱗を剥ぎ取ろうと試みる。鱗の隙間に石をねじ込んでひねるとぶつりと大ぶりな鱗が取れた。刃物のように鋭いわけではないが、矢じり状のこの形状なら、思い切り突き刺せばそれなりに武器として使えるかもしれない。
あとは丈夫そうな木の枝に蔦(無論トラップのものではない)を使って固定すれば……これで即席の槍の完成だ。作ったのも使うのもド素人の俺だが、牽制程度には使えるだろう。……使えると願おう。壊れてしまった場合を想定して、俺はさらに数枚鱗を剥ぎ取った。
あとは食料問題。どこかに食べられそうなものはないものか。……いや、わかっている。今、目の前にオオトカゲの尻尾が横たわっていることが。
……仕方ない。文句は言っていられない。色々と言い訳、もとい自己暗示をしながらトカゲ肉に向き合う。昨晩食べたとはいえまだまだほとんど原型のままの尻尾を睨む。切り身にして干しておけばなんとか食えるかもしれない。
俺は意を決して、比較的柔らかそうな尻尾の裏側に先程剥ぎ取った鱗を差し込んだ。力をこめていくとあるところからするりと鱗のナイフが入った。そのままあたかもファスナーを明けていくように先端まで表皮を裁断していく。
その後小一時間の悪戦苦闘の末、なんとか俺は切り身のトカゲ肉とトカゲ革を手に入れた。トカゲの切り身は近場の木に吊るして干し肉にしておこう。まさか魚もさばいたことのないのにトカゲをさばくことになるとは。
残るは飲み水だが、幸運なことにこれはすぐに見つかった。というかこのすり鉢のほんの十メートル先できれいな泉を発見したのだ。発見時、小型の鹿とも猪ともつかない動物が美味しそうにここの泉の水を飲んでいたので、水質の心配はないだろう。有毒性があったとしても、得体のしれないトカゲの肉を生で食べている時点でもう遅いだろうし。
色々と作業をしているうちに、気がつけば太陽はかなりの角度まで落ちてきていた。また夜がやってくる。昨日のことを考えると、この窪地を離れなければ恐らくは獣に襲われることはないはずだ。
一人木にもたれて無理矢理に休もうとする俺の姿を、昨日より少しだけ丸みを増した半月だけが見下ろしていた。
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