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第1章 はじめての異世界

4話 はじめての異世界

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「うがっ! 痛てて……ってあれ? ここどこ……?」
 ふわりとした一瞬の浮遊感の後、重力に任せて俺は地面に落下する。
 自室でダラダラと時間を潰していたはずの俺は、気がつくと見知らぬ森の中に背中から放り出されていた。

 一面に広がる木、木、木。チラチラと木漏れ日が差し込む森の景色は、聞いたこともないような鳥のさえずりも合わせて浮世離れした幻想的な雰囲気を醸し出している。
 とりあえずよっこらせと落ち葉を払いつつ立ち上がる。……はて、いつの間に俺は着替えたのだろうか、俺の身体を包んでいるのはさっきまで来ていた普段着とは全く異なる民族衣装のようなものだった。現代の洋服とも、はたまた和服とも異なるような独特なデザインをしている。なぜこんな服を着ている、あるいは着せられているのか全く見当もつかないが、幸い着心地は悪くないのでまあこのままでよいだろう。

 ここまででわかったことから察するに、ここは恐らく夢の中──えらくリアルな夢だが、明晰夢というやつなのだろう。
 となるとやることは一つ。ゆっくりと息を吸い込んで……。
「なんか強そうなドラゴン召喚!!」
 俺の叫びは虚しくも森の静けさに飲み込まれる──、と思いきや。
「グルルルォォオ……」
 森の奥からバキバキと枝を踏み折りながら、なにかが近づいてくる。
 どうやら俺の召喚術は成功した……というわけではないようだ。俺の大声を聞きつけ森の奥から現れたのは、鎧のようなレンガ色の鱗を持つ四足歩行の巨大なトカゲだった。

「う、うわああぁ!」
 目の前に現れた大トカゲに、俺は情けなく腰を抜かしてしまう。体長は俺の身長の二倍ほど、強靭そうな鱗の先から覗く鉤爪は人間の肉など軽く引き裂いてしまいそうな鋭さだ。ゆっくりとしたスピードで揺れる尻尾の先には、いかにも痛そうな尖った鱗でできたこぶがある。
 そしておかしなことに、このトカゲの額には赤く輝く立派な角が生えていた。
 呼吸とともに淡く発光するそれを槍のようにこちらに向けながら、大トカゲはじりじりと接近してくる。間違いない。これはどう考えても俺を食いに来ている……!
 そして、大トカゲは俺に向かってさながらサイのように突進を開始した。
 突進を狩猟方法としているゆえにこのトカゲは現実のものよりも身体の位置が高く頭が下向き、つまり突進しやすい身体の構造になっているのだなと、やけにゆっくりとした視界の中で考えながら、なんとか横に転がって突進を回避する。
 ゴウ! という風を切る音と、なぜか焼け付くような熱を頬に感じながら、視界の端に通過していくトカゲを視認する。転がりながらなんとか身体を起こすと、俺の目に大トカゲが自身の角を大木に突き刺し引き抜こうともがいている光景が映った。

「今のうちだ!」
 なんとか震える足を奮い立たせて、俺は駆け出す。しかし、その直後俺は驚きの光景を目にした。
 大トカゲは角を己の筋力のみで引き抜くのを諦めると、突然尻尾をピンと斜め上に伸ばした。途端トゲだらけの尾のハンマーからチリチリと火の粉が舞い始める。そして角のあたりが光ったと思うと、一瞬空気が張り詰め、木が爆発した。脚色なしに、トカゲの角が刺さったあたりの木が弾け飛んだのだ。
 木を爆散させ自由を得た大トカゲは、数秒硬直した後もう一度チャージングの体勢を取り始める。
 走りつつ振り返って恐ろしい光景を目にした俺は足をちぎれんばかりに回して走る。やばい。やばすぎる……! 夢なら早く覚めてくれ……!
 それから十分ほど、奇跡が重なり俺はなんとか大トカゲの猛攻を躱しつつ森の中を逃走していた。
 もう何度目かわからない大トカゲの突進を避けようと、俺は右に身体をよじって突進を回避しようと試みる。これまでの突撃を見るに、こいつはきっと方向転換を苦手としているはず…。
 しかし、俺の予想は残酷にも裏切られてしまった。大トカゲは強靭な爪をグリップに、器用に俺の方に向かって方向を変えた。
 とっさにジャンプして避けようとした俺の左横腹を、赤熱する角がえぐった。
「ッ!?うぐああぁあ!!」
 自分の肉が焼ける不快な音と匂いとともに、凄まじい激痛が全身に突き刺さる。おかしいおかしいおかしい──、夢のはずなのに駆け巡る激痛に血が沸騰するかのような感覚を覚える。
 激しい流血はしてはいないものの、たやすく引き裂かれた服から覗く傷は粗雑な刃物で切りつけられたかの如く凄惨で、さらに焼けた鉄を押し当てたかのように傷口が焼け焦げている。

 傷口を左手でかばいつつ、俺は大トカゲと目を合わせたままじりじりと後退る。激痛と恐怖でカチカチと歯の震えが止まらない。
「うおぁ!」
俺は無様に足元の木の根に躓く。そのまま緩い下り坂になった地面をゴロゴロと転がっていき、木にぶつかって停止した。転がったことで焼け固まっていた横腹の傷口が開き、おびただしい量の血が溢れ出した。転がったまま横腹を押さえて喘ぐ俺に向かって、ゆっくりと大トカゲは近づいてくる。だめだ、身体を強く打ったせいで上手く身体が動かない。
「グルルルル……」
 大トカゲの喉が重々しい音を立てて鳴らされる。じわりじわりと俺とトカゲとの距離が縮まっていく。あと三メートル、ニメートル──。

 突如、ビシィッ! という小気味よい音を上げて、接近してきていたトカゲが上空に持ち上げられる。上を見上げた俺の目に映ったのは、大トカゲが蔓に巻き取られぶら下げられている異様な光景だった。
 細いが不自然なほど丈夫な蔓は、脱出しようともがくトカゲをものともせず、圧倒的な頑丈さを以って大トカゲを捕縛している。
 そして、謎の蔓はぎりぎりとトカゲを締め上げながらゆっくりと移動していき、茂みの中にある緑色をした壺型の植物にトカゲを飲み込ませた。トカゲの身体が尻尾を残して壺に入ったところで、ガバンと勢いよく壺に葉っぱの蓋が被せられる。
 黒板をひっかいたかのような断末魔の叫び声と、ジュー…という何かが溶けるのを連想させる音が同時に響き渡る。はみ出た尻尾が激痛を訴えるようにビクリビクリと跳ねる。完全に音がしなくなったのはそれからおよそ五分経ったほどだった。

 大トカゲをまるごと消化した巨大な壺は満足したようにまたバカリと蓋を開き、入り口から赤紫の靄を溢れさせた。終始はみ出しっぱなしだった尻尾がずるりと落ちる。
 自分の身に次々と降りかかる出来事の唐突さに、まるで理解が追いつかない。先程まで俺の命を狙って襲ってきていたトカゲは、驚くほどあっけなく植物に飲まれてしまったのだ。
 本当にここは夢の中なのか。夢とは思えないほどのある種のリアル感、そして今もなお疼く左横腹と打ちつけた全身の痛みが、俺にここが現実であることを強く感じさせていた。
「どう……なってんだ……」
 視界にモザイクが広がっていき、俺の意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
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