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魔王、勇者との因縁を憂う
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とても悲しい負のサイクル。
どちらかが、心の犠牲者になり、進むべき道を変えようと言わなければ、悲しみはずっと続いていく。
僕らの子どものそのまた子どもまで……。
「ララ。約束する。僕はあの勇者を魔界に来させたりはしない。皆にも、ここに約す。皆が安心して暮らしていけるよう尽力する。だから、僕の計画に目を瞑ってくれないか? このとおりだ」
頭を深く下げる。
「わかりました」
魔剣使いのゼフだった。
僕は顔を上げた。
「皆も、我が主を信じようじゃないか」
笑顔になったゼフに周囲が戸惑う。
「なあ、ララ」
ゼフから皆の矛先にされ、ララは僕から視線を逸らした。
「わかった」
僕はほっと息をつく。
「だが」
ララの尖った口調に肩が少しだけ跳ねた。
「もし、勇者が我らを殺す意図で、幻魔境を抜けてきた時には、あたしは魔王様、あなたも含めて潰します」
彼女は本気だ。
「そのこと、ゆめゆめ、お忘れなきよう」
身を翻し、ララが去って行く。
彼女を追うように、次々と己の好む場所へと帰っていき、最後にゴーラが残った。
年長者は物言いたげに僕を見上げる。
「なんだ?」
「いえ……。失礼いたします」
一人切りになり、僕は黒くゴツゴツした天井を仰いだ。
完全とは言えないが、これであの幼き者の命がすぐに脅かされることはなくなった。
それから、僕は、毎日、人間の言葉や文化、そこで生息する動植物について必死に学んだ。
シオウと話ができるようになることが、当面の目標だった。
ゴーラお抱えの歴史学者モナティの資料は、不勉強な身には重くのしかかった。
僕より年下の彼女が魔王城の地下で、黙々と歴史を記している姿を想像し、感嘆せずにはいられない。
助かったのは、彼女が幻魔境から人間界へ行き、直に触れ合ったものの細かな特徴やスケッチ画までもを描いてくれたことだった。
位が高ければ高いほど、魔力は強くなり、幻魔境を越えることが難しくなる。
モナティは魔力で分類するならば、低級の魔物だ。
そして、桃色のうねった長髪とおっとりした顔をした彼女は、人間の少女にしか見えない容姿をしていた。
加えて、あっちの言葉もペラペラなのだから、万が一にも魔物だとは思われまい。
通訳って仕事があるんですよ、人間界には。
教えてくれたのは、もちろん、モナティだ。
「人間達は争わなくてもいいように、偉い方たちが話し合いをするんですよ。そのとき、相手の国の言葉が分からない場合、自国の言葉に代えて伝える人がいるんです。国の言葉というのは、その国の文化だったりします。言葉を知るというのは、そこで生きる者の心を知ることに繋がります。だから、魔王様が人間の言葉をお勉強なさるの、モナティ、とおっても嬉しいです。戦は嫌いです。それを避けるために、会話は必要ですもの。ちなみに、魔王様がお勉強なさっているのは、人間界で一番多く話す人がいる言語なんですよ。そこをとっかかりにして、たくさんの言葉をお勉強してくださいね」
できない。
僕は小さな娘に愛想笑いをした。
そうか、人間界にはゴーラが教えてくれた以外の言語があるのか。
たまたま、シオウの操る言語を習っていて良かった。
むろん、賢い年長者は人間界で共通語化している言語を選んでくれたのだろうが。
片言でもいい。
魔族の言葉を出さずとも、シオウとコミュニケーションがとれるよう、頑張らねば。
少しずつ単語を発音できるようになってから、モナティがワンツーマンで会話の特訓をしてくれた。
魔界に黒い雨が降り、雷鳴がとどろいた日、ついに人間の言葉だけで話すことができた。
僕の部屋で向かい合わせに椅子に座っていたモナティは小さな手で拍手をしてくれた。
「すごいです。すごいです。成長、甚だしいです。これなら人間との会話もどんとこいですよ。やりましたね」
胸が温かくなる。
シオウの顔が浮かんだ。
会いに行ける。やっと。
「ありがとう。助かった」
さっそく、会いに。
「お幸せですね」
立ち上がったところで、モナティのやんわりした声に目を見開いた。
幸せとは魔界にはない言葉だ。
「幸せ?」
「はい」
モナティが微笑む。
「魔王様には、ご自分のプライドを捨ててでも、お話しをしたい方がいらっしゃるのですよね? モナティに教えを請うの、本当はお嫌でしたでしょ?」
真意をはかりきれない。
この娘が誰かと裏で繋がっている可能性も捨てきれない。
「そうだな。魔族のために、話をしなければならん人間がいる」
モナティの笑顔は崩れない。
「僕は戦争が嫌いなんだ。僕が魔王でいられる内は、モナティ、君にそのような歴史を書かせたくないと思ってる」
じっと見つめられる。
「人間界でいうところの、心って奴は、僕達魔族にもある。誰にも傷ついて欲しくないんだ」
それに、と唇を伸ばす。
「僕はモナティを尊敬しているよ。僕は、元々、低級な魔物だからね。魔王の肝を口にしたから、こうして人の姿でいられるだけだ。魔力が弱くとも、人型でいられる君とは違う。理性が飛べば、元に戻ってしまう。とても、おぼろげだ」
「そのような秘密を、モナティにお話しされても良いのですか?」
「いいよ。だって、この城にいる、皆が知っていることだからね」
どちらかが、心の犠牲者になり、進むべき道を変えようと言わなければ、悲しみはずっと続いていく。
僕らの子どものそのまた子どもまで……。
「ララ。約束する。僕はあの勇者を魔界に来させたりはしない。皆にも、ここに約す。皆が安心して暮らしていけるよう尽力する。だから、僕の計画に目を瞑ってくれないか? このとおりだ」
頭を深く下げる。
「わかりました」
魔剣使いのゼフだった。
僕は顔を上げた。
「皆も、我が主を信じようじゃないか」
笑顔になったゼフに周囲が戸惑う。
「なあ、ララ」
ゼフから皆の矛先にされ、ララは僕から視線を逸らした。
「わかった」
僕はほっと息をつく。
「だが」
ララの尖った口調に肩が少しだけ跳ねた。
「もし、勇者が我らを殺す意図で、幻魔境を抜けてきた時には、あたしは魔王様、あなたも含めて潰します」
彼女は本気だ。
「そのこと、ゆめゆめ、お忘れなきよう」
身を翻し、ララが去って行く。
彼女を追うように、次々と己の好む場所へと帰っていき、最後にゴーラが残った。
年長者は物言いたげに僕を見上げる。
「なんだ?」
「いえ……。失礼いたします」
一人切りになり、僕は黒くゴツゴツした天井を仰いだ。
完全とは言えないが、これであの幼き者の命がすぐに脅かされることはなくなった。
それから、僕は、毎日、人間の言葉や文化、そこで生息する動植物について必死に学んだ。
シオウと話ができるようになることが、当面の目標だった。
ゴーラお抱えの歴史学者モナティの資料は、不勉強な身には重くのしかかった。
僕より年下の彼女が魔王城の地下で、黙々と歴史を記している姿を想像し、感嘆せずにはいられない。
助かったのは、彼女が幻魔境から人間界へ行き、直に触れ合ったものの細かな特徴やスケッチ画までもを描いてくれたことだった。
位が高ければ高いほど、魔力は強くなり、幻魔境を越えることが難しくなる。
モナティは魔力で分類するならば、低級の魔物だ。
そして、桃色のうねった長髪とおっとりした顔をした彼女は、人間の少女にしか見えない容姿をしていた。
加えて、あっちの言葉もペラペラなのだから、万が一にも魔物だとは思われまい。
通訳って仕事があるんですよ、人間界には。
教えてくれたのは、もちろん、モナティだ。
「人間達は争わなくてもいいように、偉い方たちが話し合いをするんですよ。そのとき、相手の国の言葉が分からない場合、自国の言葉に代えて伝える人がいるんです。国の言葉というのは、その国の文化だったりします。言葉を知るというのは、そこで生きる者の心を知ることに繋がります。だから、魔王様が人間の言葉をお勉強なさるの、モナティ、とおっても嬉しいです。戦は嫌いです。それを避けるために、会話は必要ですもの。ちなみに、魔王様がお勉強なさっているのは、人間界で一番多く話す人がいる言語なんですよ。そこをとっかかりにして、たくさんの言葉をお勉強してくださいね」
できない。
僕は小さな娘に愛想笑いをした。
そうか、人間界にはゴーラが教えてくれた以外の言語があるのか。
たまたま、シオウの操る言語を習っていて良かった。
むろん、賢い年長者は人間界で共通語化している言語を選んでくれたのだろうが。
片言でもいい。
魔族の言葉を出さずとも、シオウとコミュニケーションがとれるよう、頑張らねば。
少しずつ単語を発音できるようになってから、モナティがワンツーマンで会話の特訓をしてくれた。
魔界に黒い雨が降り、雷鳴がとどろいた日、ついに人間の言葉だけで話すことができた。
僕の部屋で向かい合わせに椅子に座っていたモナティは小さな手で拍手をしてくれた。
「すごいです。すごいです。成長、甚だしいです。これなら人間との会話もどんとこいですよ。やりましたね」
胸が温かくなる。
シオウの顔が浮かんだ。
会いに行ける。やっと。
「ありがとう。助かった」
さっそく、会いに。
「お幸せですね」
立ち上がったところで、モナティのやんわりした声に目を見開いた。
幸せとは魔界にはない言葉だ。
「幸せ?」
「はい」
モナティが微笑む。
「魔王様には、ご自分のプライドを捨ててでも、お話しをしたい方がいらっしゃるのですよね? モナティに教えを請うの、本当はお嫌でしたでしょ?」
真意をはかりきれない。
この娘が誰かと裏で繋がっている可能性も捨てきれない。
「そうだな。魔族のために、話をしなければならん人間がいる」
モナティの笑顔は崩れない。
「僕は戦争が嫌いなんだ。僕が魔王でいられる内は、モナティ、君にそのような歴史を書かせたくないと思ってる」
じっと見つめられる。
「人間界でいうところの、心って奴は、僕達魔族にもある。誰にも傷ついて欲しくないんだ」
それに、と唇を伸ばす。
「僕はモナティを尊敬しているよ。僕は、元々、低級な魔物だからね。魔王の肝を口にしたから、こうして人の姿でいられるだけだ。魔力が弱くとも、人型でいられる君とは違う。理性が飛べば、元に戻ってしまう。とても、おぼろげだ」
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「いいよ。だって、この城にいる、皆が知っていることだからね」
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