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カップの秘密
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俯いた。
中野京子が、蛍を赤城に会わせたいと言ってきたとき、昭弘はどこかでホッとした。
蛍との関係を変えたい。
恋人として、蛍に抱かれたい。
だけど、同じくらい、セックスで乱れた自分を見せるのが怖い。
体も、声も、匂いも、女と比べられるのが、怖い。
こんなの、俺が思う昭弘じゃないと、蛍に思われるのが怖い。
もしかしたら、自分は正気を保っていられないかもしれないから、余計に。
それに、父親として生きてきた自分と、恋人として生きたい自分が交差し、一つになれない。
子どもを性の対象にするということは、虐待をしているということだ。
尊厳を踏みにじる行為だ。
「本気は本気でも、蛍はお前とは違ったぜ。あいつはお前のために必死だった。大学受験と司法書士試験の両方を勉強していたときなんて、倒れるか狂うかの瀬戸際だったんだ。見られなくて残念だったな。好きな男が自分のために、本気、出している姿」
反応しないと相手は椅子の脚付近に置いてあった紙袋を手にした。
蛍からだ、と言って渡される。
中身は昭弘が以前使っていたカップだった。
「蛍はそれをお前の大切なものだと勘違いしていた。どれだけお互いのことを想っていても、言わなきゃ、すれ違うんだ」
一度は割れたカップだ。
どれだけ上手くくっつけても、割れた部分は見て取れた。
「お前は、本当なら恋人だって名乗れたのに、そうしなかった。自分の気持ちを抑えんのが、体に染みついちまったのは、わかるよ。だけど、頑張れよ。今、頑張んねえで、いつ、お前は本気出すんだよ」
三田がテレビによく出る人物と重なり、昭弘は吹いた。
憤慨する男に謝罪する。
「なんか、お前、学生に戻ったみたいで」
「当たり前だ。俺は俺で、桜井は桜井だかんな。芯のところは、そうそう変わんねえだろ」
深く納得してしまう。
四十二になっても、前面に出ている考えに対して、背後で別の意見を言う人間がいる。
それは、社会に足を踏み入れていない頃の自分であり、なにかを選択をするときに声を発する。
惑わすように、陥れるように、それでいいのかと問い、嘆く。
実際は、そのどちらもが自分自身なのだ。
「お前が描いた微笑むテミス、綺麗だった」
「覚えてたんだな? 酒、入ってたのに」
「四人で誓った。忘れないさ。剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力。俺達は司法試験に受かり、生涯、法律家であり続けよう」
「司法試験、受かったの、夏樹と渋谷の二人って、この結末な」
「……浩平はどうして司法試験、受けなかったんだ?」
「受かんねえって思ったから」
「浩平が勉強をやめたの、俺が大学を辞めて、すぐだった」
三田はこちらを目にしてから視線を外し、苦笑した。
「今更、そこ、突っ込んでくるか? 何十年前の話だっつうの」
「今だから聴けるんだ」
相手は諦めたように笑んだ。
中野京子が、蛍を赤城に会わせたいと言ってきたとき、昭弘はどこかでホッとした。
蛍との関係を変えたい。
恋人として、蛍に抱かれたい。
だけど、同じくらい、セックスで乱れた自分を見せるのが怖い。
体も、声も、匂いも、女と比べられるのが、怖い。
こんなの、俺が思う昭弘じゃないと、蛍に思われるのが怖い。
もしかしたら、自分は正気を保っていられないかもしれないから、余計に。
それに、父親として生きてきた自分と、恋人として生きたい自分が交差し、一つになれない。
子どもを性の対象にするということは、虐待をしているということだ。
尊厳を踏みにじる行為だ。
「本気は本気でも、蛍はお前とは違ったぜ。あいつはお前のために必死だった。大学受験と司法書士試験の両方を勉強していたときなんて、倒れるか狂うかの瀬戸際だったんだ。見られなくて残念だったな。好きな男が自分のために、本気、出している姿」
反応しないと相手は椅子の脚付近に置いてあった紙袋を手にした。
蛍からだ、と言って渡される。
中身は昭弘が以前使っていたカップだった。
「蛍はそれをお前の大切なものだと勘違いしていた。どれだけお互いのことを想っていても、言わなきゃ、すれ違うんだ」
一度は割れたカップだ。
どれだけ上手くくっつけても、割れた部分は見て取れた。
「お前は、本当なら恋人だって名乗れたのに、そうしなかった。自分の気持ちを抑えんのが、体に染みついちまったのは、わかるよ。だけど、頑張れよ。今、頑張んねえで、いつ、お前は本気出すんだよ」
三田がテレビによく出る人物と重なり、昭弘は吹いた。
憤慨する男に謝罪する。
「なんか、お前、学生に戻ったみたいで」
「当たり前だ。俺は俺で、桜井は桜井だかんな。芯のところは、そうそう変わんねえだろ」
深く納得してしまう。
四十二になっても、前面に出ている考えに対して、背後で別の意見を言う人間がいる。
それは、社会に足を踏み入れていない頃の自分であり、なにかを選択をするときに声を発する。
惑わすように、陥れるように、それでいいのかと問い、嘆く。
実際は、そのどちらもが自分自身なのだ。
「お前が描いた微笑むテミス、綺麗だった」
「覚えてたんだな? 酒、入ってたのに」
「四人で誓った。忘れないさ。剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力。俺達は司法試験に受かり、生涯、法律家であり続けよう」
「司法試験、受かったの、夏樹と渋谷の二人って、この結末な」
「……浩平はどうして司法試験、受けなかったんだ?」
「受かんねえって思ったから」
「浩平が勉強をやめたの、俺が大学を辞めて、すぐだった」
三田はこちらを目にしてから視線を外し、苦笑した。
「今更、そこ、突っ込んでくるか? 何十年前の話だっつうの」
「今だから聴けるんだ」
相手は諦めたように笑んだ。
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