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クロス・ストリート ~蛍視点~
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「昭弘に変わりは?」
蛍は首を横に振った。
「そうですか」
彼は深く息を吐いた。
「医師から、一年が経てば、目覚める可能性は格段に下がると聞きました」
男は蛍に向き直り、痛々しげに見つめてきた。
「君はまだ若い。昭弘のことは忘れて、新しい人生を生きなさい。昭弘は、私達が通える病院へ転院させるつもりです。色々、すまなかったね。私も妻も、君の幸せを心から願っているよ」
男はシーツに手を置き、昭弘の顔を見た。
「お前も、彼の幸せを望めるな?」
「僕は認めてもらえませんでしたか? 僕が男だから、昭弘さんに相応しくありませんか?」
「そうじゃない。私は君のためを思って言っているんだ」
「僕のためを思ってくださるなら、このままでいさせてください」
「今の君を見て、頷けるはずがないだろう!」
怒号に息をつめた。
「大学へはちゃんと行っているのか? 家には帰っているのか? 仕事はどうした? 昭弘だけが君のすべてではないはずだ! 息子を愛してくれるのは、とても嬉しい。だが、息子のために、君の将来を壊してしまうのであれば、引き離すしかないだろう? さっきの男の話が真実なら、尚更だ!」
医師に言いに行く、と歩き出す男の腕に縋り付いた。
「待ってください。お願いです。しっかりします。だから」
「私は息子のことで、君が潰れていくのではないかと心配なんだ。わかってくれとは言わない。しかし、今のままでは、よい方向へ向かうわけがない」
「勝手です。自分の人生は自分で決めます。あなたに、とやかく言われたくない!」
「私は息子を、これ以上、不幸にしたくはない!」
力が抜けた。
相手は、建前を自ら台無しにしたことに気づき、小さく、蛍に謝罪をしてきた。
蛍は手を離した。
男は背を向け、ドアを開けた。
昭弘の顔を見て、蛍は震えた。
名前を呼び、手を握りしめる。
その様子に、男が振り返り、目を見開いた。
蛍は涙を流す昭弘に呼びかけ続けた。
指がかすかに動く。
嗚咽を押し殺し、両手で相手の手を包んだ。
「心配しなくていい。俺は絶対に離れたりしない」
男の気配が傍に来た。
昭弘の頬を、また、涙が線を引く。聞こえているのだ。
乾いた唇にキスをした。
昭弘の父親がいることに抵抗はあった。
けれど、反応を示してくれている今を逃したくはなかった。
殴られることも念頭に入れていたが、老紳士は手を出してはこなかった。
唇の間を舌で開け、相手の口腔に侵入する。
動かない舌に、そっと自分のものを触れさせ、そろりと舐めた。
ぴくっと昭弘の舌が蛍の舌に触れた。
「それくらいにしておいてくれないか」
昭弘の父親がこちらの肩に手を置いた。
有無を言わさぬ口調だった。
蛍は短く息を吐き、興奮を抑えた。
「あなたは昭弘さんだけが、僕のすべてではないと言いました。確かに、僕にはやらなければいけないことが、山ほどある。だけど、それらはみんな、昭弘さんと幸せになるための手段だ」
老紳士に向き直る。
「僕は昭弘さんに一生をかけます。誰になんと言われようが、譲る気はありません」
昭弘の父親は眉間に皺を寄せた。
蛍は表情を和らげ、弁護士記章を目にした。
「桜井さんは昭弘さんの夢をご存じですか?」
「いや」
男はそう言い、蛍の視線を追って頬を吊り上げた。
「まさか。だが、そんなことは微塵も。法学部に入ったのも、気紛れからだ、と」
「お気づきかもしれませんが、昔、昭弘さんがあなたに打ち明けた男の恋人は、僕の父です」
老紳士が眼に力を込める。
「父から聴きました。その日、昭弘さんが家族の縁を切られたこと」
瞬きすらしない男を前に、蛍は静かに唇を伸ばした。
蛍は首を横に振った。
「そうですか」
彼は深く息を吐いた。
「医師から、一年が経てば、目覚める可能性は格段に下がると聞きました」
男は蛍に向き直り、痛々しげに見つめてきた。
「君はまだ若い。昭弘のことは忘れて、新しい人生を生きなさい。昭弘は、私達が通える病院へ転院させるつもりです。色々、すまなかったね。私も妻も、君の幸せを心から願っているよ」
男はシーツに手を置き、昭弘の顔を見た。
「お前も、彼の幸せを望めるな?」
「僕は認めてもらえませんでしたか? 僕が男だから、昭弘さんに相応しくありませんか?」
「そうじゃない。私は君のためを思って言っているんだ」
「僕のためを思ってくださるなら、このままでいさせてください」
「今の君を見て、頷けるはずがないだろう!」
怒号に息をつめた。
「大学へはちゃんと行っているのか? 家には帰っているのか? 仕事はどうした? 昭弘だけが君のすべてではないはずだ! 息子を愛してくれるのは、とても嬉しい。だが、息子のために、君の将来を壊してしまうのであれば、引き離すしかないだろう? さっきの男の話が真実なら、尚更だ!」
医師に言いに行く、と歩き出す男の腕に縋り付いた。
「待ってください。お願いです。しっかりします。だから」
「私は息子のことで、君が潰れていくのではないかと心配なんだ。わかってくれとは言わない。しかし、今のままでは、よい方向へ向かうわけがない」
「勝手です。自分の人生は自分で決めます。あなたに、とやかく言われたくない!」
「私は息子を、これ以上、不幸にしたくはない!」
力が抜けた。
相手は、建前を自ら台無しにしたことに気づき、小さく、蛍に謝罪をしてきた。
蛍は手を離した。
男は背を向け、ドアを開けた。
昭弘の顔を見て、蛍は震えた。
名前を呼び、手を握りしめる。
その様子に、男が振り返り、目を見開いた。
蛍は涙を流す昭弘に呼びかけ続けた。
指がかすかに動く。
嗚咽を押し殺し、両手で相手の手を包んだ。
「心配しなくていい。俺は絶対に離れたりしない」
男の気配が傍に来た。
昭弘の頬を、また、涙が線を引く。聞こえているのだ。
乾いた唇にキスをした。
昭弘の父親がいることに抵抗はあった。
けれど、反応を示してくれている今を逃したくはなかった。
殴られることも念頭に入れていたが、老紳士は手を出してはこなかった。
唇の間を舌で開け、相手の口腔に侵入する。
動かない舌に、そっと自分のものを触れさせ、そろりと舐めた。
ぴくっと昭弘の舌が蛍の舌に触れた。
「それくらいにしておいてくれないか」
昭弘の父親がこちらの肩に手を置いた。
有無を言わさぬ口調だった。
蛍は短く息を吐き、興奮を抑えた。
「あなたは昭弘さんだけが、僕のすべてではないと言いました。確かに、僕にはやらなければいけないことが、山ほどある。だけど、それらはみんな、昭弘さんと幸せになるための手段だ」
老紳士に向き直る。
「僕は昭弘さんに一生をかけます。誰になんと言われようが、譲る気はありません」
昭弘の父親は眉間に皺を寄せた。
蛍は表情を和らげ、弁護士記章を目にした。
「桜井さんは昭弘さんの夢をご存じですか?」
「いや」
男はそう言い、蛍の視線を追って頬を吊り上げた。
「まさか。だが、そんなことは微塵も。法学部に入ったのも、気紛れからだ、と」
「お気づきかもしれませんが、昔、昭弘さんがあなたに打ち明けた男の恋人は、僕の父です」
老紳士が眼に力を込める。
「父から聴きました。その日、昭弘さんが家族の縁を切られたこと」
瞬きすらしない男を前に、蛍は静かに唇を伸ばした。
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