父の男

上野たすく

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拘束される未来 ~昭弘視点~

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 天井の高いマンションの一室に、携帯電話の着信音が鳴り響いた。自分のメロディーと違うそれは、所有者が三田であることを示していた。本人もそれを知っているのに、昭弘へ指を伸ばすことをやめようとしない。ダブルベッドのヘッドボードへこちらを追い詰め、浅く深く、キスを繰り返す。ワイシャツの上から乳首を擦られ、いやがおうにも、性欲をかりたてられた。
「こんなところ、蛍が見たら、半殺しじゃ済まないだろうな」
 三田は言いながら、舌を絡めてきた。瞼を閉じ、身を固くする。友人という括りの人間とキスをすることに抵抗があった。彼はその反応を責めるように、わざと音をたてて口腔を弄った。相手はこちらを試していた。異常に長い前座は本心を探るため。自分は見定められている。
「蛍とはどこまでした? あいつのお前への執着心は一線を越えてっからな。一日中、拘束されてたりすんの?」
「受験生に、そんな暇があるわけないだろ?」
「あいつも馬鹿だよな。お前に教えて欲しいことがあるなら、法律じゃなく、こっちのやり方を聞けばよかったのに」
 股間をやんわりと揉まれ、桜井昭弘は吐息した。
 三田はどこか変わってしまった。自分の中の三田と、現実の三田との歯車が噛み合わなくなったのは、いつからだっただろう。
 話をすれば、よかったのかもしれない。お前の目が悪くなったのだ、と一蹴されようが、俺はお前を気にかけている、と態度できちんと示すべきだった。
「何、考えてんだ?」
 相手が唇を伸ばす。目元に皺があった。歳をとった。俺もお前も。
「やめておくか?」
 ときどき、無性にあの頃に戻りたくなる。四人で馬鹿をやっていられた時代に。笹山夏樹ささやまなつきが生きていた、あの日に。
 三田の胸を押して尻餅をつかせ、その両足の間に頭を入れた。ベルトを外す金属音が、やけに大きく耳にこびりつく。蛍が脳裏にちらついた。振り切るように、現れた半立ちのものを口へ含んだ。舌を使っていると、徐々に硬さが増していく。
「そんなに涎、垂らして。蛍が泣くぜ?」
 三田のものを吐き出し、膝をついてズボンのボタンを解いた。
「もう、蛍の話はいいだろ?」
 トランクスに手を突っ込み、しばらく使っていない部分を広げていく。
「お前から別れを切り出しても、蛍は引き下がらねえよ」
 今はそうかもしれない。だけど、いずれ、俺以外に大切な人ができるだろう。俺といた年数よりも、その誰かと過ごす時間の方が、きっと、遥かに多い。いつか、俺は過去の人間になる。若気の至りだった、と回想するだけの存在になる。
「肯定もしなけりゃ、否定もしねえんだ?」
「あいつは、俺がいなくても、もう、立派に生きていけるよ」
「俺には情緒不安定で融通の利かねえ、ガキに見えるけどな」
 三田は笑いながら、こちらの乳首を服の上から舐めた。相手の肩口に額をつけ、息を詰まらせる。体液が水の跳ねる音を出す。頃合いだと、目で伝えた。
「本当にいいのか?」
 三田は眉間に皺を寄せた。
 いつだって、何かを選ぶときには、たとえ、意識していないにしろ、選べたはずの何かを諦めているものだ。だけど、俺は俺の意思で選ぶことを許されている。
「ああ。俺は浩平につていく」
 三田は俺のせいで恋人を失った。他者からの力によって、選んだ幸せを壊された。
 不意に、友人が悲しげに微笑んだ。
「お前、なに、企んでる?」
 カーテンは遮光性ではないらしい。布が柔らかく光っている。眩しさに、目の奥が痛んだ。
 相手の肩に手をのせ、唇を当てるだけのキスをした。
 セックスを知らない若者のように、初めて恋人とするように……。
 何度目かのキスで、三田がこちらをベッドに押し倒した。
 友人は無心で、こちらの体を愛撫してくる。服を脱がされるたび、快感がゆっくりとだが、確実に浸透していく。 
 これでいい。これでいいんだ。
 セックスの最高潮のときにインターフォンが鳴った。
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