父の男

上野たすく

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誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

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 蛍は男の肩から鞄を下した。
「俺は昭弘に会いたかった」
 薄手のコートのボタンを外し、襟を両肩へと滑らせる。昭弘の体を伝いながら、それは畳へと落ちた。
「昭弘の声を聞きたかった」
 奥にあるシャツに手を這わせ、相手の熱を感じながら腕で背広を外した。
「ガキの頃から、ずっと、俺は昭弘が好きだし、きっとこれからも、その気持ちは変わらない」
 相手の首に腕を巻きつけ、自分達の間にあった隙間を埋めていく。
「今日、会えて嬉しかった。ありがとう、俺にチャンスをくれて」
 顔を傾け、瞼を閉じた。
「好きだ、昭弘」
 唇を重ね、歯裏を舐め、舌を探った。体の芯が色づいていく。自分達の出す音に、その芯は熱くなっていく。昭弘はこちらの舌を追ってくることはなかったが、歯をたてるようなこともしなかった。息を継いで、吐息を覆うように、また口づける。繰り返すうち、昭弘の手が、こちらの肘を握った。その小さな変化は、蛍に泣きたくなるほどの、喜びをくれた。
 キスを唇から首へとずらし、舌で皮膚をなぞる。食べ物を舐めているわけでもないのに、唾液が出て線を引いた。シャツの上から胸の輪郭を両手で味わい、唇で乳首をつまんだ。昭弘が吐息し、我慢ができなくなる。
「したい」
 白いシャツが唾で湿り、尖ったそれを浮き上がらせている。生唾を飲み下した。
「俺は昭弘とセックスがしたい」
 キスをしようとし、手で遠ざけられる。距離を持っても昭弘は動こうとせず、沈んだ面持ちで俯いていた。
「ごめん。いきなり過ぎた」
 彼は少しだけ笑んだ。
「前は、どこまでしたんだ?」
 蛍はコートと背広を拾い上げようとして、相手を見た。
「浩平は俺の勘違いだって、言っていたけど」
 思いつめたように見つめられる。
「嘘なんだろ?」
 それには応えず、二着を昭弘の手へ返した。彼は長い溜息をついた。
「最低だな、俺」
「考え過ぎだ。昭弘が心配するようなことは起こっていない」
 相手はフッと笑い、俯いた。
「俺が考え過ぎるくらいの男だったなら、お前は健全な環境で育つことができたさ。俺が何も考えなかったから、お前に辛い思いをさせてきた。だから……。だから、俺はやめた方がいい。もっとマシな人間がこの世界にはいくらでもいる。俺みたいなのといることはない」
 相手は女を選べとは言わなかった。
 蛍は息を吸って吐き、心臓のある位置の胸を強く抓った。
「そうかもしれない」
 昭弘が寒そうに、渡された二着を胸に寄せた。
「もし、昭弘と父さんが恋愛関係になければ、俺は一般的な夫婦の家庭で育ったかもしれない。そうしたら、精神病にもならなくて、荒れることもなくて、女と結婚して、子どもを授かったかもしれない。もしも、昭弘と出会わなければ、世間の目を気にして生きることも、会えない時間に苦しむことも、誰かに嫉妬をすることも、発狂してしまうほど、何かを目指すこともなかったかもしれない。でも、そんな俺はいないし、それはもう、俺じゃない」
 男の腕を右手で撫でた。彼は頬を濡らした。
「俺と未来を生きて欲しい」
「やめてくれ………。また、おかしくなる」
 昭弘がシャツの胸ポケットを掴む。抱擁した。
「いいよ。俺の前では、本当の昭弘でいてくれたらいい。強くなくたっていいんだ。セックスが拠りどころだっていうなら、たぶん、俺の方が性欲は強いはずだから、願ったりだ」
 昭弘は吹き出し、
「すごい理屈だな」
 肩を震わせて笑った。
「だけど……、……どうしよう。嬉しい。俺……、こんなんじゃ……」
 涙が盛り上がってくる。彼はそれを腕で隠した。蛍はその両腕を下ろさせ、涙でぐちゃぐちゃの顔を見つめた。
「昭弘からそんなことを言ってもらえて、俺の方が嬉しい」
 腕を掴んだまま舌を重ねた。涙がこちらの口腔まで流れてくる。その量が増え、唇を離さざるをえなかった。二人で一緒に畳に膝をつき、ひたすら昭弘の背中を擦った。彼の奥底に沈む不安を、できる限り、外へ出してしまいたかった。蛍は相手が泣きやむのを待ってから、試すように、彼の髪や顔にキスを落とした。嫌がられない。下半身が疼く。
「昭弘、俺、もう限界なんだ」
 セックスを迫ろうとし、耳に入った寝息にびくついた。
 この状況で寝たのか?
 マジで?
 起ち上がりかけたものを宥めるが、ズキズキという痛みに襲われ、泣きたくなる。
「蛍……」
 肩口で昭弘が呟く。
「好き……だ」
 相手は夢の中だ。だけど、だからこそ、本音なんだと思えた。
「わかってるよ。わかってる。それが、昭弘の本当の気持ちだよな」
 安心しきったように男が微笑む。溜息をつき、彼を抱きしめて壁に凭れた。
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