父の男

上野たすく

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誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

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 眉間に皺を寄せた父を見て、蛍は頭を掻き、苦笑した。
「学校へは行く。食えるようになったら、ちゃんと出ていく。心配しなくても、あんたに迷惑はかけねえ」
「子どもの仕事は学業だ。将来を自棄になって考えるな。俺が嫌いならそれでいい。だが、この家にも、お前の今後の糧になるものがあるはずだ。それを搾り取れるだけ絞り取って、大人になれ」
 中学二年生の冬、昭弘に言われて、一人で父に会いに行ったことがあった。
 一人じゃ心細くて、昭弘に、一緒に来て欲しいと頼んだのだが、彼は頑として聞き入れなかった。
 待ち合わせの喫茶店は木造建てで、誰もがコーヒーをオーダーしていた。
 店内は広く、通路は幅があった。
 父はスーツを着て、窓際の席に座っていた。
 事前に、昭弘から写真を見せてもらったからか、見知らぬ人々の中で、彼だけがくっきりと、色を持って目に映った。
 父は雨が降る外の景色を見つめていた。
 蛍はそんな男を出入り口付近から観察し、そして、喫茶店を出た。
 アパートの部屋に帰ると、昭弘が天ぷらを揚げていた。
 彼は父のことを、一切、尋ねてこなかった。
 その態度がかえって蛍のプライドを叩きのめした。
「昭弘さ、好きな人でもできたの?」
 相手に近づき、彼が持つ菜箸の先っぽを見る。
「なんだ? 恋の相談か? お前もそういう歳になったんだな。どんな子だ? お前、面食いだからな。ほら、こないだなんて、モデルのなになにちゃんが、かわいいとかなんとか」
「俺のことじゃねえよ」
「……俺は……いない」
 体が勝手に、調理場にのる溶き卵が入ったボールや、クッキングペーパーが被さる皿を払い落とした。
 陶器が割れ、卵が床に広がる。
 昭弘が何かを言う前に、テーブルに並べられた皿を、料理と一緒に次々と床へ落下させた。
 自分が本当に壊したかったものは皿なんかじゃないことくらい、わかっていた。
 そして、皿が粉々になるように、自分が望んでもいないものが、壊れていくこともわかっていた。
 昭弘は止めに来ない。
 蛍は食器棚を開け、そこに収まっている皿やコップを床に叩きつけた。
 と、昭弘の動く気配がし、涙が押し上がってきた。
 蛍の手はマグカップを掴んでいた。
 昭弘がいつも使っているカップ。
 蛍には絶対使わせないカップ。
 大切な人が使っていたであろう、昭弘の支え。

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