父の男

上野たすく

文字の大きさ
上 下
15 / 78
誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

15

しおりを挟む
 いつの間にか、職員室は静まり返っていた。
 このままじゃ、昭弘はホモで変態の犯罪者だ。
 蛍は瞼を閉じ、押し上げ、担任の机にある吸殻を見つめた。
「俺を解剖して、肺を取り出してもらってもいいですよ。一回でも喫煙をしたら、肺が真っ黒になるらしいじゃないですか? 俺、喫煙したことないですから」
「そこまでするつもりはない。僕はただ、君のためを思って」
 蛍は微笑した。
 この男のつもりと昭弘のつもりの重さには、雲泥の差がある。
「俺は喫煙していません」
 担任は苦渋を顔面に貼りつかせた。
「それと、先生は誤解しているようだから言っておきますが」
 中野がこちらを見ている。
 自分の声が職員室中に反響している。
「先生が想像するような不幸は俺達の間にはありません。だから、あなたの言ったことは俺達への侮辱だ」
 蛍は頭を下げ、堂々と職員室を出た。
 子どもへの風当たりが厳しいなら、大人はその比ではないだろう。
 昭弘は十七年間、それに耐えてきてくれたのだ。
 たとえ、蛍を養う理由が不純だったとしても、与えてくれた思い出に偽りはない。
 鼓膜が震えないのに声が聞えた。
 急速に体温が下がり、眩暈に襲われる。
 幻聴はさも自分が正しい、と言わんばかりに、こう怒鳴り散らしていた。
 あんたの行動も言動も逆効果なんだよ!

    * * *

 昭弘が入院しているはずの病室は綺麗に片付けられていて、ナースステーションにいた看護師に、昭弘のことを訊くと退院したと言われた。
 蛍はアパートへ急ぎ、玄関のドアに鍵がかけられていないことに青ざめた。
 嫌な予感がした。
 昭弘はここにいない。
 ドアを開ける。
 カレーの匂いがした。
 昨日の夜、作って放置したままだ。
 この匂い。
 すぐにカレーだとわかる匂い。
 一人で初めて作った料理。
 蛍の一番苦手な料理。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

処理中です...