父の男

誰かが誰かを愛している ～蛍視点～

6

　キーンコーンカーンコーン。
　四時間目が終わり、昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く。
　昨日は高校へ行ったあとにホテルに入って、アパートへ戻らずに高校へ来たから、弁当を作ることができなかった。
　売店かコンビニかぁ。あの添加物、盛りだくさんって感じの味、嫌いなんだよな。
　立ち上がろうとして、ラリアットを食らい、蛍は床に倒れた。
「ちょっと大袈裟に倒れないでよ。私が馬鹿力だと思われるじゃない」
　こちらを見た中野京子なかのきょうこが腕を腰に当てて憤慨した。
　赤城同様、小学校からの付き合いである彼女はこちらに遠慮がない。
「中野さん、勘弁してやってよ。こいつ、顔だけが取り柄なんだからさ」
「そうそう、顔だけはいい」
　一人の男子生徒の笑いが他の生徒へも伝染していく。
　顔、か。
　昭弘と似ていない顔。
　遺伝子が違うんだから、当たり前。
　昭弘を捨てた男と似ている顔。
　遺伝子が同じなんだから、これも当たり前。
　しばらく、学校のくすんだ天井を見つめながら、クラスメートの笑い声を聞いた。
　聞きつつ、考えていた。
　昭弘は好きな男と似通うこの顔を、どんな気持ちで見ているのだろうか、と。
「渋谷君の顔がいいって。あんたら知らないの？　ここん家の親父さんのがイケメンだよ」
　歳をくっているわりに、と中野が余計なことを付け加える。
　蛍は起き上がり、体についた埃を払った。
「ねえ？」
　中野が共感を求めてくる。
　クラスメートの注目の的になり、窓の奥へと目を向けた。
　ここからじゃ、白色の警察署は見えない。
「そこそこなんじゃねえの」
「ええ！　あれでそこそこなら、ほとんどの男が不細工じゃないのよ」
　中野の喚きに「そんなにいいの？」と別の女子が興味津々に手を挙げる。
　質問です。
　彼の父はそんなにいい男なのですか？　
　そいつと寝ることはできますか？　
　心も、体も、稼ぎも、夢も過去も未来も、全部、貰える事は可能ですか？
　風が吹く。
　カーテンがはためき、展示物が煽られ、女子のスカートや長い髪を靡かせる。
　男子が風の悪戯に、赤面と口笛を送った。
　その隙を見て、蛍は教室から廊下へと移動した。
　会話じゃ腹は膨れない。