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119・青柳視点
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青柳柊は資料室から離れ、歩みを止めた。
金森伊緒からのごめんなさいが、頭をぐるぐると回っていた。
あんな辛そうな顔をさせたかったわけじゃない。
瞼を閉じ、開ける。壁のセキュリティー装置のキーボードを操作し、専用の部屋を呼び出す。ドアを開けると、念のためにと取り付けたもう一つのドアが現れる。柊は廊下と接するドアを閉めて中へ入り、壁のセキュリティ―を操り、鍵をかけてから、もう一つのドアのセキュリティーを網膜認証システムで解除し、素早く部屋へと足を踏み入れた。
カチャリと自動で鍵がかかる。柊は部屋を支配する機械を見つめた。物々しい機械の数々とケーブルで繋がった状態で椅子に鎮座しているのは、多くの人が和堂周と認識しているカラクリ人形だ。
特殊武器・和堂。
部屋の中央を和堂が陣取っているから、柊はそれに凭れ、携帯食を齧った。三代が持ってきてくれた、班長会議で出された弁当と飲料は和堂の前にある机に、手つかずのまま並べられていた。豪華なのはあっちだ。けど、金森と食べようとしていた食事はこっち。だから、携帯食を口へと運ぶ。
会議で、夏目啓吾が金森を案じていたのが気になり、決死の覚悟で金森を探した。もちろん、甦禰看千草から処方された薬を用量の限界まで服用し、制限時間もきっちり計って、倒れないようにと注意は怠らなかった。
自分が倒れれば、和堂を操る班員はいなくなる。朝波が戦闘から離脱し、夏目が神器の使用制限をした。今、和堂の戦闘力をなくすわけにはいかない。大切な人や、自分を信じてくれている人たちを守るには、倒れている場合ではないのだ。
狐の面をした和堂は同意も否定もせず、機械による自動メンテナンスを受けている。和堂は柊が操らなければ、見た目も人形そのものだ。それを人にまで仕上げてしまうのだから、特殊武器はすごい。
そう、偉大なのは特殊武器であって、柊ではない。手足が合っても、みんなのように駆けて、刀を振るうこともできない。柊の戦闘方法はパソコンの画面を見ながら、キーボードとマウスを使った遠隔操作。生身で命を削って戦っている他の班長や班員とは違う。安全な場所から物事を行っているのだ。
瀬戸内が知ったら、罵倒されるか。いや、あいつは本当に冷めた時、きっと軽蔑するんだ。
地上にいたとき、柊は体がすぐ不調になるので、学校へ行くことが難しかった。友だちという友だちもできず、恋だって相手を見つける余裕すらなかった。自分のことで精一杯。
地下に来て、特殊武器の適性試験に受かり、和堂を通してだが、仲間ができた。恋も。
さきほど目にした金森の姿が脳裏をよぎる。
溜息をついて、天を仰いだ。
もし、和堂の姿だったなら、金森は相手にしてくれただろうか。それとも、そもそも、夏目でなければ、彼女の心を動かせない?
上空のモニターのスイッチが入り、三代の上半身が映し出される。
「青柳君、頼んでおいたシステムはどうなっていますか?」
携帯食の袋の入り口をたたみ、上着のポケットへ押し込む。イーバに破壊された旧システムのリカバリーと、地下の機械をイーバに乗っ取られないためのセキュリティーの構築。どちらも数時間でできる内容ではない。近未来的な作用を物質にもたらす、地下の技術にアクセスするのは簡単ではないのだ。
「まだ終わっていません」
「そうですか。あなたを配給場所で見かけた班員がいたので、完成間近かと誤解しました」
三代は露骨に嫌味を言ってくる。いつものことだ。
「僕だって、たまには外を歩きます」
「地下の技術へのアクセスは、あなた以外にできません。個人的な感情は任務後にし、今は気を引き締め、早急に仕上げてください」
なるほど、配給場で柊を見かけた班員というのは三代自身であり、金森へ会いに行ったことも彼女は監視カメラで見ていたのだろう。
「わかっています」
柊は立ち上がり、和堂の前の机の下から椅子を引っ張り出し、自分の体重で固定した。パソコンを立ち上げ、マイクつきのヘッドフォンをつける。
キーボードを操作し、地下の技術の源へとアクセスする。
「……お兄ちゃん」
幼い少女の声が鼓膜を震わせる。
柊はマイクを口元へ近づけ、声音を変えるためキーボードを叩いた。この声でなければ、少女は協力してくれない。
「おはよう。ううん、もうお昼だから、こんにちは、かな。今日もみんなを守るために力を貸してくれる?」
「そうすれば、お兄ちゃんに会えますか?」
「うん。会えるよ。がんばれば、がんばったぶん、早く会えるようになる」
「わかりました。早く会えるようにがんばりますね」
少女が嬉しそうに応える。
「ありがとう。エマちゃん」
言いながら、柊は大量のコードを少女と共有しているエディターに打ち込み始めた。
金森伊緒からのごめんなさいが、頭をぐるぐると回っていた。
あんな辛そうな顔をさせたかったわけじゃない。
瞼を閉じ、開ける。壁のセキュリティー装置のキーボードを操作し、専用の部屋を呼び出す。ドアを開けると、念のためにと取り付けたもう一つのドアが現れる。柊は廊下と接するドアを閉めて中へ入り、壁のセキュリティ―を操り、鍵をかけてから、もう一つのドアのセキュリティーを網膜認証システムで解除し、素早く部屋へと足を踏み入れた。
カチャリと自動で鍵がかかる。柊は部屋を支配する機械を見つめた。物々しい機械の数々とケーブルで繋がった状態で椅子に鎮座しているのは、多くの人が和堂周と認識しているカラクリ人形だ。
特殊武器・和堂。
部屋の中央を和堂が陣取っているから、柊はそれに凭れ、携帯食を齧った。三代が持ってきてくれた、班長会議で出された弁当と飲料は和堂の前にある机に、手つかずのまま並べられていた。豪華なのはあっちだ。けど、金森と食べようとしていた食事はこっち。だから、携帯食を口へと運ぶ。
会議で、夏目啓吾が金森を案じていたのが気になり、決死の覚悟で金森を探した。もちろん、甦禰看千草から処方された薬を用量の限界まで服用し、制限時間もきっちり計って、倒れないようにと注意は怠らなかった。
自分が倒れれば、和堂を操る班員はいなくなる。朝波が戦闘から離脱し、夏目が神器の使用制限をした。今、和堂の戦闘力をなくすわけにはいかない。大切な人や、自分を信じてくれている人たちを守るには、倒れている場合ではないのだ。
狐の面をした和堂は同意も否定もせず、機械による自動メンテナンスを受けている。和堂は柊が操らなければ、見た目も人形そのものだ。それを人にまで仕上げてしまうのだから、特殊武器はすごい。
そう、偉大なのは特殊武器であって、柊ではない。手足が合っても、みんなのように駆けて、刀を振るうこともできない。柊の戦闘方法はパソコンの画面を見ながら、キーボードとマウスを使った遠隔操作。生身で命を削って戦っている他の班長や班員とは違う。安全な場所から物事を行っているのだ。
瀬戸内が知ったら、罵倒されるか。いや、あいつは本当に冷めた時、きっと軽蔑するんだ。
地上にいたとき、柊は体がすぐ不調になるので、学校へ行くことが難しかった。友だちという友だちもできず、恋だって相手を見つける余裕すらなかった。自分のことで精一杯。
地下に来て、特殊武器の適性試験に受かり、和堂を通してだが、仲間ができた。恋も。
さきほど目にした金森の姿が脳裏をよぎる。
溜息をついて、天を仰いだ。
もし、和堂の姿だったなら、金森は相手にしてくれただろうか。それとも、そもそも、夏目でなければ、彼女の心を動かせない?
上空のモニターのスイッチが入り、三代の上半身が映し出される。
「青柳君、頼んでおいたシステムはどうなっていますか?」
携帯食の袋の入り口をたたみ、上着のポケットへ押し込む。イーバに破壊された旧システムのリカバリーと、地下の機械をイーバに乗っ取られないためのセキュリティーの構築。どちらも数時間でできる内容ではない。近未来的な作用を物質にもたらす、地下の技術にアクセスするのは簡単ではないのだ。
「まだ終わっていません」
「そうですか。あなたを配給場所で見かけた班員がいたので、完成間近かと誤解しました」
三代は露骨に嫌味を言ってくる。いつものことだ。
「僕だって、たまには外を歩きます」
「地下の技術へのアクセスは、あなた以外にできません。個人的な感情は任務後にし、今は気を引き締め、早急に仕上げてください」
なるほど、配給場で柊を見かけた班員というのは三代自身であり、金森へ会いに行ったことも彼女は監視カメラで見ていたのだろう。
「わかっています」
柊は立ち上がり、和堂の前の机の下から椅子を引っ張り出し、自分の体重で固定した。パソコンを立ち上げ、マイクつきのヘッドフォンをつける。
キーボードを操作し、地下の技術の源へとアクセスする。
「……お兄ちゃん」
幼い少女の声が鼓膜を震わせる。
柊はマイクを口元へ近づけ、声音を変えるためキーボードを叩いた。この声でなければ、少女は協力してくれない。
「おはよう。ううん、もうお昼だから、こんにちは、かな。今日もみんなを守るために力を貸してくれる?」
「そうすれば、お兄ちゃんに会えますか?」
「うん。会えるよ。がんばれば、がんばったぶん、早く会えるようになる」
「わかりました。早く会えるようにがんばりますね」
少女が嬉しそうに応える。
「ありがとう。エマちゃん」
言いながら、柊は大量のコードを少女と共有しているエディターに打ち込み始めた。
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