クローバー

上野たすく

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 焼きうどんを皿へよそい、テーブルへと置く。箸とコップと、お茶のペットボトルも配置し、夏目の体に触れた。
「ご飯、できましたよ。食べましょう」
「うん」
「鰹節と青のりは、あとのせです」
「食べる」
 が、なかなか動こうとしない。
「午後の予習をしたいので、先に食べますよ。冷めないうちに、食べに来てくださいね」
 ベッドから離れようとし、腰を抱きしめられた。
「なつ、めさん?」
 ドキリとし、声が裏返った。
「起きるから」
 夏目が、こちらの背中に顔を押しつけてくる。
「一緒に食べよ」
 夏目の体温に、熱が上がっていく。
 相手は富嶽の背中に顔を擦りつけながら、深く呼吸をした。
 いつまで続くのかと思っていた動作が、ピタリとやむ。
 不思議になって首を回すと、しっかりと目を開けた彼がいた。
「どうしました?」
「ん」
 夏目が見上げてくる。
「えっちな気分になってもた」
「……はい?」
 体内の熱に拍車をかけるような言葉に、頬が引きつった。
 手を掴まれ、ベッドへと引っ張られる。相手は睡魔に襲われていたくせに、軽々と富嶽を組み敷いた。
「腕……」
 夏目の左腕を目にする。
「完治していないでしょ?」
 夏目の瞳が青色に変わる。
 顔が近づいてきて、耳元に唇が寄せられる。
「平気や。それに、いっちゃん、ひどい時もしたやん」
 首筋にキスを受け、口を覆った。
 料理が冷めてしまうとか、この後の仕事のこととか、やらなければいけないことは、たくさんあって、それに伴う感情も、また、あるわけで。だけど、この手を振り払えない。愛しているから。
「嫌や、言わんの?」
 微笑まれる。
 富嶽は応える代わりに、夏目の腕に額を触れさせた。
 ひくっと、相手の体が震えた。
「やっぱ、やめとく」
 スッと立ち上がり、ルームシューズを履いて、洗面所へと行く。
 渦巻いていた熱が、サッと引いていく。
 夏目は部屋へ戻ると、ベッドで動けないでいる富嶽に手を差し出してきた。
「食お。焼きうどん、冷めてまう」
「……俺」
 手をのせると握りしめられる。
「なにか、ダメでしたか?」
 夏目は目を見開け、それから静かに笑んだ。
「そうか。この寂しそうな色は不安の色か。……心配させてまったんやな。すまん」
 相手の眉が苦そうに歪む。
「あんな。大きな心で聞いて欲しいんやけど。もし、したら、お前は、そんことを引きずったまま、仕事へ行くやろ? お前のかわいいところが、他の誰かに漏れてまうやん」
 夏目の言葉に、熱がぶり返す。
「そんな、こと。考え過ぎです。……そもそも、俺、かわいく、ないですし」
 相手は苦笑し、富嶽の手の甲に口づけ、真面目な表情になった。
「今まで色んなもんを、譲ってきたけど」
 青色の瞳が富嶽を捉える。
「お前だけは誰にも取られとうない」
 脳裏には、独りぼっちだった自分がいた。
 どうせ独りであるなら、意思など不要だと思った。
 富嶽が意思を主張するようになったのは、夏目の影響だ。
 だから、自分の心は夏目の存在と切り離せない。
 そんな人から求められる幸せに、涙が滲んだ。
 夏目がやさしく笑む。
「つうわけで、今は」
 目尻に夏目の唇が触れた。
「これが限界」
 唇が重ねられる。
 夏目の吐息に心拍数が上がっていく。
「これ以上したら、我慢できやんなる。そのせいで、お前が誰かに興味持たれたら、ショックで眠れん」
 相手が真顔で言うから、笑いが込み上げてきた。
「だから、考え過ぎですって。夏目さんくらいですよ。俺の傍に自分からいようとするの」
 安心してくれるものだとばかり思ったのに、夏目は悲しそうに瞳を揺らした。
「やっぱり、訂正や。俺の感情には俺が立ち向かえばええ。富嶽はたくさんの人から愛してもらい」
「待ってください。俺は夏目さんさえいてくれれば、それ以上、何も」
 くってかかると、夏目は人差し指を富嶽の唇に当ててきた。
「ご飯、食べよ。せっかくのできたてや」
 夏目の指が離れていく。
 富嶽は嘘じゃなく、夏目に必要とされれば、それでよかった。彼が彼以外の接点を嫌うのであれば、全てを遮断したっていい。
 夏目は富嶽の周囲を確認し、深く息を吐いた。
「心配せんでも、俺が富嶽を嫌うことはない。過去も、今も、この先もや。せやから、お前は安心して羽ばたいたら、ええんや。すぐにはとは言わん。少しずつでええから、自分を自分でおとしめるのはやめ」
 ハッとして、相手を見つめた。
 青い瞳が富嶽の頭上の一点に注がれる。
 夏目の唇が穏やかに伸ばされ、力が抜けた。
 この人は、俺の感情を注意深く観察しながら、綺麗に編もうとしている。歪なそれを、治そうとしてくれている。
 決してスマートな方法ではないが、スマートじゃない方が、夏目っぽくて、積み上げてきた好きが、また積まれていくのを感じた。
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