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「くれぐれも、無理はしないでください」
「おう」
夏目は野岸と部屋を出る富嶽を見送り、「さてと」と一心に向き直った。
「込み入った話、しよか」
夏目が朔の声がした方角を見る。
「確かに、あそこには他とは違う傾向がある」
一心も、夏目と同じ場所へと視線を送った。
「色が他より濃いやろ?」
「はい」
煌めく白色がはっきりとわかるほどの濃さだ。
「俺の経験からいくと、色が濃ければ濃いほど、その球体の役割は確定されとる。例えば、人を含んだ、目に見える物質は、俺にとっては濃くなった球体の集合体や」
「集合体、ですか……」
その言葉が、人を物のように表現しているようで、辛くて目線を下げた。
「せやけど、生命は不思議でな。集合体を内側から動かす、なんや、よう分からんもんがあるみたいなんよ。そやないと、みんなが一様でないことの説明がつかへん」
顔を上げると、夏目に笑いかけられた。
「体っちゅう入れ物の中に、心っちゅう、個を分ける要素が入っとるんとちゃうかって、勝手に考えとる。そんで、体と心はひっついて、なかなか離れへんから、体に起こったことが心に、心に起こったことが体に影響したりする。けども、体と心ではできることが違うと、俺は思うてるんよ。体を、生命の宿らないもの、仮に、このベッドで言うたなら、こいつの周りには作った人や売った人、運んだ人とか、このベッドに触れた人の影響で周囲の球体が色を変えよる。色の濃いもんは残る時もあるけど、ほとんどが他との接触によって色を変えていく。ベッドからの働きかけで、誰かの色が変わるんと違うんよ。これは人の体にも言えることや。人の体が、誰かの色を変えられへんとするなら、人の言動や仕草や態度で、他者の色が変わるんはおかしいやん? けど、色を変えさせるんが、体やのうて、心と一体化した体やとしたら、話しは別や」
「心には誰かの色を変える力があって、体はその心と一緒にあることで、色を変えることができると考えているんですか?」
「そや。人に触れられて色が変わるんは、実際は心が触れてきたことと等しいで、変わるって仮説やね。そして、心はダイレクトに受けとる力もある。日本人の空気を読むっちゅうところは、人の心で色を変える、球体の変化を感じる能力に、長けとるってことやろうな」
だったら、さきほどの富嶽の周りの球体が変化したのは、夏目の心に反応したからだろう。けど、夏目に反応はなかった。富嶽の心が夏目には届かなかったということか?
「ここで質問タイムや。体と心が、別の何かによって引きはがすことができたなら、どないなると思う?」
「え?」
「体が入れ物であるなら、心は散らばってまう可能性があるってことや。そういう場合、心が何らかの集合体であると仮定しとるんやけどな」
「散らばってしまったら、その人はどうなると、夏目さんは考えているんですか?」
夏目は腕を組み、神妙に頷いた。
「そりゃ、今までとは違う感じになるわな。さっきも言うたように、心に起こったことは体にも出るから、見た目も変化するやろけど、体が心の入れ物やとしたら、元々、別のもんなんやで、一気に変化するとは考えにくい。他者からしたら、見た目が同じやのに、昨日とは別人みたいやって、なるかもしれんな」
一心は朔を見つめた。
「朝波に当てはまるかどうかは分からんけど、もし、そうなら、散らばったもんを入れ物に戻してやることで、散らばる前の朝波が帰ってくるかもしれへんな」
それは希望だ。
体中に酸素が行き渡り、つんと鼻の奥が痛んだ。
「ここまで話しといて何やけど、全部、俺の考えやで、あってない可能性のが高い。ただ、考えがあるんなら、トライ アンド エラーの精神で動いた方が、次へ進めるんやないかって思う。間違うとったって分かることも、大事な進歩ってことや。一人でそれをやり続けるのも悪いとは言わへんけど、俺にも手伝わせてくれたら、嬉しい。君と朝波には、富嶽を助けてもろた借りがあるでな」
「おう」
夏目は野岸と部屋を出る富嶽を見送り、「さてと」と一心に向き直った。
「込み入った話、しよか」
夏目が朔の声がした方角を見る。
「確かに、あそこには他とは違う傾向がある」
一心も、夏目と同じ場所へと視線を送った。
「色が他より濃いやろ?」
「はい」
煌めく白色がはっきりとわかるほどの濃さだ。
「俺の経験からいくと、色が濃ければ濃いほど、その球体の役割は確定されとる。例えば、人を含んだ、目に見える物質は、俺にとっては濃くなった球体の集合体や」
「集合体、ですか……」
その言葉が、人を物のように表現しているようで、辛くて目線を下げた。
「せやけど、生命は不思議でな。集合体を内側から動かす、なんや、よう分からんもんがあるみたいなんよ。そやないと、みんなが一様でないことの説明がつかへん」
顔を上げると、夏目に笑いかけられた。
「体っちゅう入れ物の中に、心っちゅう、個を分ける要素が入っとるんとちゃうかって、勝手に考えとる。そんで、体と心はひっついて、なかなか離れへんから、体に起こったことが心に、心に起こったことが体に影響したりする。けども、体と心ではできることが違うと、俺は思うてるんよ。体を、生命の宿らないもの、仮に、このベッドで言うたなら、こいつの周りには作った人や売った人、運んだ人とか、このベッドに触れた人の影響で周囲の球体が色を変えよる。色の濃いもんは残る時もあるけど、ほとんどが他との接触によって色を変えていく。ベッドからの働きかけで、誰かの色が変わるんと違うんよ。これは人の体にも言えることや。人の体が、誰かの色を変えられへんとするなら、人の言動や仕草や態度で、他者の色が変わるんはおかしいやん? けど、色を変えさせるんが、体やのうて、心と一体化した体やとしたら、話しは別や」
「心には誰かの色を変える力があって、体はその心と一緒にあることで、色を変えることができると考えているんですか?」
「そや。人に触れられて色が変わるんは、実際は心が触れてきたことと等しいで、変わるって仮説やね。そして、心はダイレクトに受けとる力もある。日本人の空気を読むっちゅうところは、人の心で色を変える、球体の変化を感じる能力に、長けとるってことやろうな」
だったら、さきほどの富嶽の周りの球体が変化したのは、夏目の心に反応したからだろう。けど、夏目に反応はなかった。富嶽の心が夏目には届かなかったということか?
「ここで質問タイムや。体と心が、別の何かによって引きはがすことができたなら、どないなると思う?」
「え?」
「体が入れ物であるなら、心は散らばってまう可能性があるってことや。そういう場合、心が何らかの集合体であると仮定しとるんやけどな」
「散らばってしまったら、その人はどうなると、夏目さんは考えているんですか?」
夏目は腕を組み、神妙に頷いた。
「そりゃ、今までとは違う感じになるわな。さっきも言うたように、心に起こったことは体にも出るから、見た目も変化するやろけど、体が心の入れ物やとしたら、元々、別のもんなんやで、一気に変化するとは考えにくい。他者からしたら、見た目が同じやのに、昨日とは別人みたいやって、なるかもしれんな」
一心は朔を見つめた。
「朝波に当てはまるかどうかは分からんけど、もし、そうなら、散らばったもんを入れ物に戻してやることで、散らばる前の朝波が帰ってくるかもしれへんな」
それは希望だ。
体中に酸素が行き渡り、つんと鼻の奥が痛んだ。
「ここまで話しといて何やけど、全部、俺の考えやで、あってない可能性のが高い。ただ、考えがあるんなら、トライ アンド エラーの精神で動いた方が、次へ進めるんやないかって思う。間違うとったって分かることも、大事な進歩ってことや。一人でそれをやり続けるのも悪いとは言わへんけど、俺にも手伝わせてくれたら、嬉しい。君と朝波には、富嶽を助けてもろた借りがあるでな」
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