クローバー

上野たすく

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75(一心視点)

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「俺は戦闘班の試験を受ける」
 ベッドに座りながら、今後のことを尋ねた一心に、野岸はそう応えた。
 朔はお湯でふやかしたおにぎりを食べ、腹が満たされて満足したのか、一心の膝を枕代わりに、ニャン太を握りしめながら眠っている。
 神薙は眼帯を届けてくれたあと、呼び出しを受け、上司のもとへと向かった。
 一心は神薙がくれた白色の眼帯をつけ、左目を保護していた。視野は狭くなるが、自分の存在がなくなるような不安は回避できた。
 一心が黙っていると、野岸は切なげに微笑んだ。
「俺は学がないから、選択肢がない。けど、月見里は高校へ行っていたんだろ? 朝波もいる。学校へ行くのもありだと思う」
 野岸は高校へ通っていなかったのか?
 見つめていると視線を外された。
 唐突に、地下にいる人達がもともとは地上で生活をしていたという、当たり前のことを、思い出した。
「地上で待っている人達がいるんじゃないか? 選択肢がないって理由だけで、戦闘員になるのは、なったあとのリスクを考えると、あまり応援できない」
「心配ない」
 相手は自嘲気味に笑んだ。
「俺は書類上じゃ、存在しないことになっている」
 理解ができないという顔をした一心に、野岸は諦めたように唇を伸ばした。
「俺には戸籍がない。学がないって言ったのは、義務教育も受けていないからだ。クローバー病にかかったときも、家にいた。……月見里はクローバー病のおかしな噂を聞いたことはないか?」
 野岸の言葉に気をとられていた一心は、話をふられ、ハッとした。
「噂があったのか?」
「俺も、詳しくは知らない。親が言っていたことの受け売りだ。クローバー病は葉数によって価値が違う。珍しい葉数は高値で売れる」
 嫌な汗が背中を伝った。
 野岸は一心の様子を目にし、割り切ったように微笑んだ。
「地上に、俺の帰る場所はない。研究所にいたとき、手錠をされた状態で眠っていた。死ぬことばかり考えていた。死んだあと、自分がゴミ同然に焼かれる夢を何度も見た。戦闘員として死んだら、それは誰かを守った死だ。俺の死に意味ができる。光栄なことだ」
 一心は返事にきゅうした。
 野岸は朔にやさしい眼差しを向けた。
「月見里は俺とは違う。覚えているか? 町で俺が怯えていたとき、壊すと言ってくれただろ? 月見里は他人のために怒りを持てるんだ、と思った。けど、怒りであれ何であれ、感情は危うい。これから先の生き方を間違わないためにも、感情を制御できるよう、知識は入れておいて損はない」
 ピンポンとドア付近のセキュリティー装置が鳴り、通路の画像を映し出した。
 だが、誰が来たのかまではわからない。
「俺が行く」
 野岸が対応してくれた。
「神薙だ」
 ドアを開けるか否かの判断を、野岸は一心に目で求めた。
 一心が頷くと、野岸はセキュリティーを解除した。
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