クローバー

上野たすく

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41(一心視点)

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 富嶽晃がB班の元へと部屋を出る十一時間前。
 午後七時半。
 月見里一心は救護班の班長である甦禰看千草そねみちぐさから手当を受けていた。
 甦禰看は二十台後半くらいで、目鼻立ちがくっきりした女性だ。顔の左側に、クローバー病の模様があり、茎の先に一つ葉をつけている。上下、紺色の服を着て、白地に赤い十字が描かれた腕章を左腕につけ、耳には戦闘員と同じ、イヤホン型の通信機があった。
 甦禰看は一人で部屋に来て、一心の血液検査をし、輸血のための針を腕に刺した。そして、一心の様子を窺いながら、野岸の治療に移った。
「あの」
「はい」
 一心が声をかけると、甦禰看は微笑み、振り向いた。
「F班のこと、なにか聞いていませんか?」
「あなたはF班の班員でしたね。富嶽君は軽傷です。夏目君は彼の部屋で、富嶽君たちに様子をみてもらっています」
 一心は唇を引き締め、眉を歪めた。
 甦禰看は野岸に、
「処置はこれで終わりです」
 と微笑み、一心へと歩いた。
「あなたは夏目君に生きてほしいのですね」
「あの人がいなければ、俺は朔に会えませんでした。感謝しています」
「本当に?」
「え?」
「本当に、夏目君は感謝をされる立場にあるでしょうか?」
 部屋にいた誰もが、甦禰看を見た。
「三代さんから話は聞きました。あなたは今日、初めて、地下へ連れてこられた。クローバー病にもかかっていません。夏目君があなたをオニキスに誘わなければ、クローバー病ではないあなたが傷つくことはなかったでしょう」
「俺が頼んだんです。朔に会いたいと望んだのは、俺です。夏目さんは、聞き入れてくれただけです」
「では、あなたは、もし、子どもが高い塀から飛び降りたいと言ったら、飛び降りても良いと応えるのが正解だと?」
「例えが無茶苦茶です」
「そうでしょうか? あなたは戦い方も、ろくに教わっていないのに、戦場へ連れて行かれ、結果、大怪我をしています」
 一心は俯き、両手を握りしめた。
 冷たい物を長時間、触っていたときのように、手の感覚がおかしい。
 平時ではならない状態だ。
 だけど、オニキスへ行ったことを後悔はしていない。
 それに、夏目は、初め、一心が施設に入ることを諦めさせようとしていた。
 ツナギをつけた刀で、大木が斬れなければ、一心は施設へは入れなかったのだ。
 一心が自分で、自分の身を守れる、と判断したから、夏目はオニキスへと連れて行ってくれた。
「俺は、施設に入る前に、夏目さんからの試験を受けました」
 一心が告げたとき、甦禰看の目が冷たく光った。
 だが、それに気づいたのは、朔だけであり、彼も確信にいたるには時間がかかった。
「試験というのは、どのような試験ですか?」
「ツナギを使えるかどうかの」
「誘導尋問だ! 応えなくていい!」
 朔は叫んだあと、項垂れた。
 甦禰看はくっきりと笑みを深めていた。
「夏目君があなたを連れて、オニキスへ入ったということは、あなたは試験に合格したということ。クローバー病にかかったことがないのに、あなたはツナギを使用できたのですね?」
 朔が刀の柄を握った。
 甦禰看は朔に対して微笑んだ。
「私の話は終わっていませんよ」
「一心に危害をくわえるなら、甦禰看さんは俺の敵だ」
 甦禰看が探ろうとしていることが、自分の今後を決める大きな判断材料になるのだろう。
 自分の未来が、自分ではない誰かの手の中にある感覚に、汗が噴き出た。
 それ以上に、人の未来を左右できる情報を、笑顔で聞き出そうとする甦禰看が、恐ろしかった。
 ただ、甦禰看には、まだ言い終えていないことがあるのだ。
「朔。俺は最後まで話を聴きたい」
「そうだな。そういう気持ちが大切だって、地上では子どもに教えるよな。だけど、ここは違う。その時間が命とりになることがあるんだ」
「地上と地下に違いがあることは認める。だとしても、人が人であることに、変わりはない」
「一心は人を誤解している。人が発展できたのは、探究心があるからだ。地上じゃ、倫理ってやつに邪魔されて、踏み込めない領域があるけど、ここは違う。クローバー病やイーバを言い訳に、平然と倫理を飛び越える。人が人であるっていうのは、そういうことだ」
 野岸が痛々しげに、朔を見つめた。
「俺は、ここで、できる限りのことをしようと思っている。それが今の俺の存在意義だ。けど、一心は違う。一心は自分のために生きるべきだ。それを邪魔するなら、誰であっても、許さない」
「俺は、そう思わなければいけないところまで、朔を追い詰めた人たちを、許さない。絶対に」
 朔が予想外のものを前にしたような目で、見つめてくる。
 一心は朔を怯えさせないよう、笑顔を作った。
「それに、朔だって自分のために生きるべきだ」
 朔は瞳を潤ませた。
「朔、俺さ、中学のときに、朔に出した手紙。本当は返信がなくてきつかった。新しい友だちができた朔には、俺なんて必要ないんじゃないかって。俺は、朔が必要だったから、もし、朔に必要ないって言われたらと思うと怖くて、電話もできなかった。だけど、飯島さんに、朔がクローバー病だって聴いて、どうして、朔と、ちゃんと話をしなかったんだって後悔した。俺に勇気があれば、今が変わっていたかもしれない。怖いからって、人の話を聴かずに自己完結するんじゃなくて、聴いてから、その人とのこれからを考えたい。だから、甦禰看さんの話を最後まで聴きたいんだ」
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