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「あんま、驚かないね」
無言を返した。
朔は苦笑し、息をついた。
「本物の体は動けないんだけどさ、練習して、意識を送れるようになった。どんなものでも、うまく入り込めれば、器を動かすことができる。たとえば、この器だったら、五感を持てるし、食事だってできる。栄養は本体へはいかないけどね。味は楽しめるってわけ」
「本物の朔の体は、どこにあるんだ?」
「ん~、そうだなあ。どこか当ててみろよ。本体も、すぐ傍にいるから」
友人は満面の笑みを浮かべた。
「すぐ傍……」
一心は友人の表情を窺いながら、言葉を繰り返した。
顔には出さなかったが、戸惑っていた。
傍にいるのは、今し方、器と言われた体だったからだ。
けれど、朔がそう言うのには、なにか理由があるのだ。
地下での暮らしを経験していない一心では、思いもつかないような、なにかが。
「……そうか」
首を戻すと、「信じてないな」と、からかうような口調でやじられた。
「まあ、そういう訳でさ。器を使えるなら、傷ついても直るだろって、自警団みたいなのに入らされちゃって。で、ちょくちょく、かり出されるんだ」
「どこへ?」
傷ついても直ると、朔に言った人間に対してわいた憎悪を隠し、尋ねた。
「地底都市ネオ・シード。通ってこなかったか? 透明のカプセルみたいなのに入ってるんだけど、森や川もあって、まるで小さな世界さ」
朔に会う前に見かけた、男の子と女性を思い出す。
彼らがいた場所が、地底都市ネオ・シード。
「母さんたちは、俺がここにいることは知っていると思う。確信は持てないけど、一心の手紙があったから」
朔がここにいるとわかっているから、手紙が届けられたということか。
「スッキリした? スッキリしたら、帰ろうぜ」
友人は、にこにことこちらに笑いかけてくる。
朔にとって、笑顔は盾であり、矛なのだろう。
久しぶりに会った友人が、自分に対し、バリアをはっている。
いつもなら、言われるがまま、帰ったかもしれない。
そう、いつもなら……。
今の状況は、一心の「いつも」に当てはまらない。
朔が笑顔で遠ざけてくるなら、こちらも笑顔で応戦するだけだ。
とにかく、友人をここに置いていきたくなかった。
唇を伸ばすと、朔は頬を赤らめた。
相手から先手を打たれる前に、一心は胸の中にある刀を撫でた。
「それにしても、これ、本物なのか? 色が綺麗だな、すごく」
朔が顔を真っ赤にしながら、うずくまっていく。
「刃、見てもいい?」
鞘から銀色の光が数センチ覗いたところで、手首を掴まれた。
「朔?」
尋ねると、友人は握力を強めた。
刃を鞘にきっちり収め、瞼を閉じた。
「刀の使った跡を見られたくない?」
朔がハッと顔を上げた。
「ここに来る前、朔から俺に預かっている物があるって言われた。てっきり、この刀かと思ったけど、朔はそのつもりなさそうだし。飯島さんの嘘かな?」
友人の表情が曇る。
「帰れ」
震える声で言うと、朔は刀を奪い取り、一心を出入り口へと押しやった。
自動ドアが開き、神薙が現れた。
「神薙さん! 一心を連れて帰って! 今すぐ!」
朔の剣幕に、神薙が眉根を寄せた。
「落ち着いてくれ。彼はちゃんと帰す。そう、彼の母親と約束もした。だから」
神薙にすがりついていたはずの朔が、次の瞬間、サッと青ざめた。
「違う。この人も、ダメだ」
独り言のようだった。
「信じられない。誰も。だったら、俺が。そうだ。俺が帰せばいい」
朔が刀の柄を握りしめ、腰をかがめた。
無言を返した。
朔は苦笑し、息をついた。
「本物の体は動けないんだけどさ、練習して、意識を送れるようになった。どんなものでも、うまく入り込めれば、器を動かすことができる。たとえば、この器だったら、五感を持てるし、食事だってできる。栄養は本体へはいかないけどね。味は楽しめるってわけ」
「本物の朔の体は、どこにあるんだ?」
「ん~、そうだなあ。どこか当ててみろよ。本体も、すぐ傍にいるから」
友人は満面の笑みを浮かべた。
「すぐ傍……」
一心は友人の表情を窺いながら、言葉を繰り返した。
顔には出さなかったが、戸惑っていた。
傍にいるのは、今し方、器と言われた体だったからだ。
けれど、朔がそう言うのには、なにか理由があるのだ。
地下での暮らしを経験していない一心では、思いもつかないような、なにかが。
「……そうか」
首を戻すと、「信じてないな」と、からかうような口調でやじられた。
「まあ、そういう訳でさ。器を使えるなら、傷ついても直るだろって、自警団みたいなのに入らされちゃって。で、ちょくちょく、かり出されるんだ」
「どこへ?」
傷ついても直ると、朔に言った人間に対してわいた憎悪を隠し、尋ねた。
「地底都市ネオ・シード。通ってこなかったか? 透明のカプセルみたいなのに入ってるんだけど、森や川もあって、まるで小さな世界さ」
朔に会う前に見かけた、男の子と女性を思い出す。
彼らがいた場所が、地底都市ネオ・シード。
「母さんたちは、俺がここにいることは知っていると思う。確信は持てないけど、一心の手紙があったから」
朔がここにいるとわかっているから、手紙が届けられたということか。
「スッキリした? スッキリしたら、帰ろうぜ」
友人は、にこにことこちらに笑いかけてくる。
朔にとって、笑顔は盾であり、矛なのだろう。
久しぶりに会った友人が、自分に対し、バリアをはっている。
いつもなら、言われるがまま、帰ったかもしれない。
そう、いつもなら……。
今の状況は、一心の「いつも」に当てはまらない。
朔が笑顔で遠ざけてくるなら、こちらも笑顔で応戦するだけだ。
とにかく、友人をここに置いていきたくなかった。
唇を伸ばすと、朔は頬を赤らめた。
相手から先手を打たれる前に、一心は胸の中にある刀を撫でた。
「それにしても、これ、本物なのか? 色が綺麗だな、すごく」
朔が顔を真っ赤にしながら、うずくまっていく。
「刃、見てもいい?」
鞘から銀色の光が数センチ覗いたところで、手首を掴まれた。
「朔?」
尋ねると、友人は握力を強めた。
刃を鞘にきっちり収め、瞼を閉じた。
「刀の使った跡を見られたくない?」
朔がハッと顔を上げた。
「ここに来る前、朔から俺に預かっている物があるって言われた。てっきり、この刀かと思ったけど、朔はそのつもりなさそうだし。飯島さんの嘘かな?」
友人の表情が曇る。
「帰れ」
震える声で言うと、朔は刀を奪い取り、一心を出入り口へと押しやった。
自動ドアが開き、神薙が現れた。
「神薙さん! 一心を連れて帰って! 今すぐ!」
朔の剣幕に、神薙が眉根を寄せた。
「落ち着いてくれ。彼はちゃんと帰す。そう、彼の母親と約束もした。だから」
神薙にすがりついていたはずの朔が、次の瞬間、サッと青ざめた。
「違う。この人も、ダメだ」
独り言のようだった。
「信じられない。誰も。だったら、俺が。そうだ。俺が帰せばいい」
朔が刀の柄を握りしめ、腰をかがめた。
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