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エピローグ・ユウセイ

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 兄であるケイセイと別れ、町を焼こうとしていたドナーを捕らえたあと、ユウセイは城内の一室にいた。ケイセイが与えられた部屋だ。レンガの床は機械や紙で、足の踏み場もない。ここはケイセイだけの孤城だ。ユウセイは血の供給時でなければ、入室を許されなかった。
「ベッドの下」
 目指すべきそこは、大量の紙の寝床になっている。
 ケイセイが設計図にペンを走らせる残像を、ユウセイはしばらく、見つめた。
 生まれた時から、王族らしさを求められた、ユウセイとは違い、成長してから城へ来た、ケイセイには粗野な部分があった。しかし、権力に執着しない様は、ユウセイを惹きつけた。ケイセイが特異体質者であることも、ケイセイにぶつけた理由から、ユウセイには利点でしかなかった。計画は頓挫してしまったが。
 第一王子のエイセイの死因は、未だ、はっきりわかっていない。母は第二王子であるケイセイが、死に関わっていると推測した。とんだ邪推だ。ケイセイは権力どころか、生きることにすら、拘っていない。正確に言えば、今までは。
 ケイセイと瓜二つだった、予備が脳裏に甦る。幸薄そうな瞳には、しかし、強い光が併存していた。その光りが、ユウセイは怖かった。
 ケイセイはあいつのために、羽咋を探すのだろう。実の弟を放って。
「兄上、俺はまた、独りぼっちになってしまいました」
 ユウセイは悲しさを隠すため微笑み、死んだエイセイに向けて、感情を吐き出した。
 ケイセイの政治批判は、ユウセイだって痛いほど理解していた。だから、自分は両親の傀儡としてでも、この場所から逃げることはできない。逃げれば、いくら王の血を引いていても、国の舵をとるチャンスは永遠になくなるから。たとえ、未来、傀儡が傀儡でなくなり、壊れたと難癖をつけられ、殺されることになったとしても、居続けなければならない。
 エイセイが愛したこの国を、ケイセイが嫌ったこの国を、ユウセイは守りたかった。
 人が集まり、国はできる。
 ここは王族の支配する土地であり、誰かの故郷なのだ。失うわけにはいかない。
 人々の命や権利、幸福を願えるのも、国があり、権力があるからだ。
 自分の思う場所へ行き、好きなように生きることへの憧れは、エイセイが死んだ時に捨てた。
 権力に近い大人たちは、国民達の間で差別をするような仕組みを作った。国へ突きつけられる批判を、ガス抜きさせるためだ。公認ドナー法は、ドナーの人権をなくすだけでなく、そういう思惑も内在していた。
 支配しやすいよう、綻びが生まれぬよう、絶妙なバランスで積まれた積み木が、今、崩れだしている。
 守らなければ、悲しみは増え続ける。
 独りぼっちでも、やるしかない。
 誰が敵で、誰が味方なのか、わからなくても、生きている限り、突き進むしかない。
 ユウセイは散らかる書類を、腕に抱えながら、ベッドへと歩いた。
 床に書類を置き、ベッドの床下へと手を伸ばす。大理石のそれを撫でていると、コツンと下へさがる部分があった。
 ユウセイは、ベッドの下へ潜り込み、動く床を調べた。
 それは開けられるようになっていて、手におさまるサイズの物が仕舞われていた。
 ベッドに凭れ、掴み出した物を遮光で確認する。
 長方形の端末だ。
 適当に弄っていると、正面のランプが緑色に光った。
「どの機械の説明だ?」
 ケイセイの声だ。
「……どうして?」。
 俺より、予備をとったくせに。
「部屋にある機械の使い方が、わからなかったから、電話してきたんじゃないのか?」
 ケイセイは溜息を漏らした。
「俺は忙しい。用がないなら、切るぞ」
 言ったくせに、通話は、なかなか途絶えない。
 相手は再び、大きく息をついた。
「泣くと端末が壊れる。機械は水に弱いって知らないのか?」
 知らぬ間に、溢れ出した涙で端末が濡れていた。
「どうせ、防水しているんだろ?」
「まあな」
 ケイセイが笑った。
 初めて聞いた。
 兄の笑い声が嬉しくて、兄が笑えるようになるきっかけが、自分ではなかったことが、悔しくて、甘さと苦さを体内に感じ、ユウセイは笑ってしまった。
 ひとしきり笑うと、ケイセイは穏やかに息を漏らした。
「ドアを閉めて、部屋を密室にしろ」
「?」
「盗聴器があれば、アラームが鳴る。鳴らなければ、溜め込んでいるものを話せ。部屋は防音済みだ」
 ケイセイが手を差し伸べてくれている。
 自分はまだ、独りぼっちではないのだ。
 零れそうになる弱さを拭って、ユウセイは立ち上がった。
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