22 / 22
エピローグ・ユウセイ
しおりを挟む
兄であるケイセイと別れ、町を焼こうとしていたドナーを捕らえたあと、ユウセイは城内の一室にいた。ケイセイが与えられた部屋だ。レンガの床は機械や紙で、足の踏み場もない。ここはケイセイだけの孤城だ。ユウセイは血の供給時でなければ、入室を許されなかった。
「ベッドの下」
目指すべきそこは、大量の紙の寝床になっている。
ケイセイが設計図にペンを走らせる残像を、ユウセイはしばらく、見つめた。
生まれた時から、王族らしさを求められた、ユウセイとは違い、成長してから城へ来た、ケイセイには粗野な部分があった。しかし、権力に執着しない様は、ユウセイを惹きつけた。ケイセイが特異体質者であることも、ケイセイにぶつけた理由から、ユウセイには利点でしかなかった。計画は頓挫してしまったが。
第一王子のエイセイの死因は、未だ、はっきりわかっていない。母は第二王子であるケイセイが、死に関わっていると推測した。とんだ邪推だ。ケイセイは権力どころか、生きることにすら、拘っていない。正確に言えば、今までは。
ケイセイと瓜二つだった、予備が脳裏に甦る。幸薄そうな瞳には、しかし、強い光が併存していた。その光りが、ユウセイは怖かった。
ケイセイはあいつのために、羽咋を探すのだろう。実の弟を放って。
「兄上、俺はまた、独りぼっちになってしまいました」
ユウセイは悲しさを隠すため微笑み、死んだエイセイに向けて、感情を吐き出した。
ケイセイの政治批判は、ユウセイだって痛いほど理解していた。だから、自分は両親の傀儡としてでも、この場所から逃げることはできない。逃げれば、いくら王の血を引いていても、国の舵をとるチャンスは永遠になくなるから。たとえ、未来、傀儡が傀儡でなくなり、壊れたと難癖をつけられ、殺されることになったとしても、居続けなければならない。
エイセイが愛したこの国を、ケイセイが嫌ったこの国を、ユウセイは守りたかった。
人が集まり、国はできる。
ここは王族の支配する土地であり、誰かの故郷なのだ。失うわけにはいかない。
人々の命や権利、幸福を願えるのも、国があり、権力があるからだ。
自分の思う場所へ行き、好きなように生きることへの憧れは、エイセイが死んだ時に捨てた。
権力に近い大人たちは、国民達の間で差別をするような仕組みを作った。国へ突きつけられる批判を、ガス抜きさせるためだ。公認ドナー法は、ドナーの人権をなくすだけでなく、そういう思惑も内在していた。
支配しやすいよう、綻びが生まれぬよう、絶妙なバランスで積まれた積み木が、今、崩れだしている。
守らなければ、悲しみは増え続ける。
独りぼっちでも、やるしかない。
誰が敵で、誰が味方なのか、わからなくても、生きている限り、突き進むしかない。
ユウセイは散らかる書類を、腕に抱えながら、ベッドへと歩いた。
床に書類を置き、ベッドの床下へと手を伸ばす。大理石のそれを撫でていると、コツンと下へさがる部分があった。
ユウセイは、ベッドの下へ潜り込み、動く床を調べた。
それは開けられるようになっていて、手におさまるサイズの物が仕舞われていた。
ベッドに凭れ、掴み出した物を遮光で確認する。
長方形の端末だ。
適当に弄っていると、正面のランプが緑色に光った。
「どの機械の説明だ?」
ケイセイの声だ。
「……どうして?」。
俺より、予備をとったくせに。
「部屋にある機械の使い方が、わからなかったから、電話してきたんじゃないのか?」
ケイセイは溜息を漏らした。
「俺は忙しい。用がないなら、切るぞ」
言ったくせに、通話は、なかなか途絶えない。
相手は再び、大きく息をついた。
「泣くと端末が壊れる。機械は水に弱いって知らないのか?」
知らぬ間に、溢れ出した涙で端末が濡れていた。
「どうせ、防水しているんだろ?」
「まあな」
ケイセイが笑った。
初めて聞いた。
兄の笑い声が嬉しくて、兄が笑えるようになるきっかけが、自分ではなかったことが、悔しくて、甘さと苦さを体内に感じ、ユウセイは笑ってしまった。
ひとしきり笑うと、ケイセイは穏やかに息を漏らした。
「ドアを閉めて、部屋を密室にしろ」
「?」
「盗聴器があれば、アラームが鳴る。鳴らなければ、溜め込んでいるものを話せ。部屋は防音済みだ」
ケイセイが手を差し伸べてくれている。
自分はまだ、独りぼっちではないのだ。
零れそうになる弱さを拭って、ユウセイは立ち上がった。
「ベッドの下」
目指すべきそこは、大量の紙の寝床になっている。
ケイセイが設計図にペンを走らせる残像を、ユウセイはしばらく、見つめた。
生まれた時から、王族らしさを求められた、ユウセイとは違い、成長してから城へ来た、ケイセイには粗野な部分があった。しかし、権力に執着しない様は、ユウセイを惹きつけた。ケイセイが特異体質者であることも、ケイセイにぶつけた理由から、ユウセイには利点でしかなかった。計画は頓挫してしまったが。
第一王子のエイセイの死因は、未だ、はっきりわかっていない。母は第二王子であるケイセイが、死に関わっていると推測した。とんだ邪推だ。ケイセイは権力どころか、生きることにすら、拘っていない。正確に言えば、今までは。
ケイセイと瓜二つだった、予備が脳裏に甦る。幸薄そうな瞳には、しかし、強い光が併存していた。その光りが、ユウセイは怖かった。
ケイセイはあいつのために、羽咋を探すのだろう。実の弟を放って。
「兄上、俺はまた、独りぼっちになってしまいました」
ユウセイは悲しさを隠すため微笑み、死んだエイセイに向けて、感情を吐き出した。
ケイセイの政治批判は、ユウセイだって痛いほど理解していた。だから、自分は両親の傀儡としてでも、この場所から逃げることはできない。逃げれば、いくら王の血を引いていても、国の舵をとるチャンスは永遠になくなるから。たとえ、未来、傀儡が傀儡でなくなり、壊れたと難癖をつけられ、殺されることになったとしても、居続けなければならない。
エイセイが愛したこの国を、ケイセイが嫌ったこの国を、ユウセイは守りたかった。
人が集まり、国はできる。
ここは王族の支配する土地であり、誰かの故郷なのだ。失うわけにはいかない。
人々の命や権利、幸福を願えるのも、国があり、権力があるからだ。
自分の思う場所へ行き、好きなように生きることへの憧れは、エイセイが死んだ時に捨てた。
権力に近い大人たちは、国民達の間で差別をするような仕組みを作った。国へ突きつけられる批判を、ガス抜きさせるためだ。公認ドナー法は、ドナーの人権をなくすだけでなく、そういう思惑も内在していた。
支配しやすいよう、綻びが生まれぬよう、絶妙なバランスで積まれた積み木が、今、崩れだしている。
守らなければ、悲しみは増え続ける。
独りぼっちでも、やるしかない。
誰が敵で、誰が味方なのか、わからなくても、生きている限り、突き進むしかない。
ユウセイは散らかる書類を、腕に抱えながら、ベッドへと歩いた。
床に書類を置き、ベッドの床下へと手を伸ばす。大理石のそれを撫でていると、コツンと下へさがる部分があった。
ユウセイは、ベッドの下へ潜り込み、動く床を調べた。
それは開けられるようになっていて、手におさまるサイズの物が仕舞われていた。
ベッドに凭れ、掴み出した物を遮光で確認する。
長方形の端末だ。
適当に弄っていると、正面のランプが緑色に光った。
「どの機械の説明だ?」
ケイセイの声だ。
「……どうして?」。
俺より、予備をとったくせに。
「部屋にある機械の使い方が、わからなかったから、電話してきたんじゃないのか?」
ケイセイは溜息を漏らした。
「俺は忙しい。用がないなら、切るぞ」
言ったくせに、通話は、なかなか途絶えない。
相手は再び、大きく息をついた。
「泣くと端末が壊れる。機械は水に弱いって知らないのか?」
知らぬ間に、溢れ出した涙で端末が濡れていた。
「どうせ、防水しているんだろ?」
「まあな」
ケイセイが笑った。
初めて聞いた。
兄の笑い声が嬉しくて、兄が笑えるようになるきっかけが、自分ではなかったことが、悔しくて、甘さと苦さを体内に感じ、ユウセイは笑ってしまった。
ひとしきり笑うと、ケイセイは穏やかに息を漏らした。
「ドアを閉めて、部屋を密室にしろ」
「?」
「盗聴器があれば、アラームが鳴る。鳴らなければ、溜め込んでいるものを話せ。部屋は防音済みだ」
ケイセイが手を差し伸べてくれている。
自分はまだ、独りぼっちではないのだ。
零れそうになる弱さを拭って、ユウセイは立ち上がった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】紅く染まる夜の静寂に ~吸血鬼はハンターに溺愛される~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
吸血鬼を倒すハンターである青年は、美しい吸血鬼に魅せられ囚われる。
若きハンターは、己のルーツを求めて『吸血鬼の純血種』を探していた。たどり着いた古城で、美しい黒髪の青年と出会う。彼は自らを純血の吸血鬼王だと名乗るが……。
対峙するはずの吸血鬼に魅せられたハンターは、吸血鬼王に血と愛を捧げた。
ハンター×吸血鬼、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血描写・吸血表現あり
※印は性的表現あり
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
全89話+外伝3話、2019/11/29完
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる