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 孤は屋根に着地し、火の手のないところから地面へと下りた。
 出入り口のドアは開け放たれていた。熱気が屋内から漏れ、火の粉が舞う。
 腕で口と鼻を隠し、一歩踏み出すと、後ろから肩を掴まれた。
「俺が行く。お前は少し離れたところで待ってろ」
 エニシは、縁の頭部を持っていない。
 まさか、人を助けるために、縁を犠牲にしたのか?
 エニシは二本の腕では無理だと主張したのに、自分が押し切ったから、縁を失った?
 足が震え、体温が一気に下がった。
 エニシはリュック型の機械を孤に抱えさせた。
「縁のAIチップを、そいつにはめ込んである。そいつの意思で、お前を守ってくれる」
「あ……。……なさい。……ごめんなさい。縁をこんな姿にしたかったわけじゃない……。俺、そこまで考えられなくて」
 自分が自分の思いで動いた結果、大切な人を傷つけることになると思っていなかった。被害を受けるのは自分だけだと、思い込んでいた。違うのだ。自分も、エニシからすれば、助けたい存在であり、彼は思いを実行する。一人で先走ってはいけなかった。
 エニシの手が頭にのる。
「心配するな。頭部だけ持って帰りたかったのも、そのチップが欲しかったからだ。体は俺が作ってやる」
 安堵から、嗚咽が出そうになり、グッと耐えた。
「トモ」
 リュック型の機械のベルト部分から、懐かしい声が聞こえた。ナナシの傍にいてくれたパートナーの、機械的な音声だ。
「縁!」
「ボク ヲ セオッテ」
 縁がしゃべると、ベルトの一部分が緑色に点滅した。
 孤は促されまま、縁を背負った。
 エニシはその様子に口角を上げ、音もなく消えた。
「ココ ハ メダツ。ロジ ヘ イコウ」
「わかった」
 火の気のない路地へと走った。
 駆け込んだそこに、腰に刀をつけた青年がいた。歳は十六、七ほどで、正装をし、黒髪に桃色の瞳をしている。青年は孤に半眼を向けた。
「お前が兄さんの予備か。忌々しい」
「ユウセイ サマ」
 反射的に、孤は縁が出す緑の光りを見た。
「RO2か。貴様、兄さんが生きていたことを、よくも黙っていたな」
 背中の機械がガチャガチャと音を出し、四本のアームを蜘蛛のように上下に伸ばした。
「ニゲテ トモ」
 アームが青年に襲いかかる。
 相手は刀を構えることも、また、退きもしなかった。
「俺達から手を出しちゃ、ダメだ!」
 青年に触れる間近で、縁は動きを止めた。
「そうだな」
 リヴォーグ国第三王子ユウセイは、まっすぐ、孤へと歩いた。
「無闇に、争いの火種を作るのは、得策ではないな」
 縁のアームが孤を、守るように包んだ。
「ユウセイ サマ、ヒイテ クダサイ。ワレワレ ハ リヴォーグ ヲ デマス」
「王位継承順位一番の者に、そのような権利はない」
「アナタ ノ アニ ハ オウイ ケイショウケン ヲ ホウキ シマシタ」
 ユウセイは縁の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「そんな簡単に放棄できるわけがないだろう。だから、母上達が手を回したんだ」
 お前も、とユウセイの手が孤の首に伸ばされる。
「兄さんの予備だとバレたら、待っているのは死だ」
 鋭利な眼差しに、歯が鳴った。
 頭には、エニシの叫びが甦っていた。
 俺の死は、俺だけの問題じゃないんだ。
「俺は死なない! 殺されないための行動をする! エニシを独りにはしない!」
 ユウセイの瞳が憎しみをぶつけるかのように、よりいっそう鋭くなった。
「兄さんが口にして良いのは、俺の血だけだ」
 不意打ちだった。
 ユウセイが不自然に視線を横へと走らせ、舌打ちをする。直後、孤を守っていた縁のアームが木っ端微塵に粉砕した。銀色の刀身が目前をかすめ、青年の手が腕に触れる。
 が、何かが孤の腕を、青年から素早く逃れさせ、孤を後ろへと数十歩、飛ぶように下がらせた。
 孤はエニシの腕の中にいた。彼の服は所々、焦げていた。
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