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「血が出てたから」
 至近距離で苦々しく言われる。
 孤が反応しないと、相手は項垂れた。
「ごめん。体が勝手に。嫌だったよな」
 嫌だったのだろうか。
 孤は自問し、首を横に振った。
「大丈夫。嫌じゃない」
 唇に触れる。
 出血は、すでに止まっていた。
 エニシは泣きそうな顔で微笑えんだ。
「それでも、約束もせずにしていいことじゃない」
「だけど、本当に」
「俺のことは、どうでもいい。縁を追うんだろ? あと少しで、救命ジェットの収納庫だ」
 手を差し出される。
 自分の手をのせると握りしめられた。
 エニシの手は、孤の体温を冷ましてくれるような温度だった。
 彼の額の汗も、嘘のようにひいている。
 エニシは、孤の疑問を見透かしたように苦笑し、
「俺は血で元気になる、バケモノなんだよ」
 と、鼻で自分自身を笑った。
「お前が引き継がなかったことが、何よりの救いだな」
 稀に生まれる、血液を供給されないと生きられない、特異体質。
 おぼろげに、大型車の荷台でのことを思い出す。
 管理者達が特異体質者のことを話していた。
「やっぱ、遺伝子の問題じゃないんだろうな。一種の呪いみたいなもんで」
 エニシが何かを言っている。
 孤は頭の奥にある記憶を、引っ張りだそうと足掻いていた。
 あの時は、自分に関係がないからと聞き流していた。
 だけど、今、それはとても大切な情報であるような気がする。
「おい。……おい!」
 目前に自分によく似た顔があった。
――王族だぞ。予備持ちに決まってる。
 管理者が口にしていた、その王族の名は。
「ケイセイ、様?」
 相手は目を見開けてから、苦笑した。
「さっきの縁と王妃の話からの予想か?」
 孤は頭を左右した。
「管理者達が、あ、あなたの話をしていました」
「正式な発表はされていない。噂話に花が咲いた感じか」
「俺、いえ、僕は話していません」
「わかっている。管理者達の間での話さ。てかさ」
 ずいっと、相手は顔を近づけてきた。
「様とか、敬語とかさ。また、あのくだりをしないとダメなのか?」
「先ほどとは、状況が異なります」
 リヴォーグ国の第二王子は浅く息を吐いた。
「違わない。俺は俺だ」
 青年は歯を見せ笑った。
「体質が体質だったから、実の親に戦争孤児って嘘のおまけつきで養子に出されたのも、高校生のときに殺されかけたのも」
 ストレッチャーで運ばれる青年の姿が、孤の脳裏を過ぎった。
「第一王子が亡くなったら、問答無用で城へ連れ戻されたのも、王族に恨みを持ってるだろうって勝手に決めつけられたのも、王子の死因に関わっているって疑われているのも、みんな俺だ。こちとら、連行されるまで、自分の実の親が誰なのか、知らなかったんだぜ。意味わかんないよな」
 他人事のようにケラケラ笑う、青年の目の端には、涙が滲んでいた。
 孤は勇気を出して、相手の手に触れた。
 言葉を選ぶ余裕はなかった。
 ただ、ギュッと、彼の手を両手で握りしめた。
 エニシはそっと握り返し、穏やかに唇を伸ばした。
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