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 エニシは縁が操作していたキーボードを叩き、画面の映像を逐一確認しながら変えた。
 孤はエニシの隣で、映像の中に縁を探した。
 右上の画面が切り替わる。
 小型ジェット機から地上へ降りる縁が、そこにいた。
「救命ジェットを使う」
 孤が言うより早く、エニシが次の行動を口にした。
 キーボードを操っていた、エニシの動きが止まる。
 画面がいっせいに砂嵐になった。
「やってくれる」
 エニシは不敵に笑んだ。
 彼はキーボードの下の鉄板を外し、中の配線を何本も掴み出した。
 砂嵐の画面の灯りを頼りに、数本を引き抜く。
 隣の鉄板も外して、同じことをしていく。
「短時間で追いおかけられる、と思っていたんだが、バカが手の込んだトラップをしかけていたもんで、悪いが、原始的なやり方を取らせてもらう」
「それって、どんな……?」
 エニシは数カ所の配線を抜くと、孤の手を握りしめた。
「浮島の機能を最低限にした。自力で心臓部へ行く」
「心臓部は高熱で、人は生きられないと、縁が言っていました」
「半永久的な動力源は集中しているが、メンテナンスはいる。人が生きられないほどじゃないってことだ。あいつがお前にそう言ったってことは、何かを隠したかったからだろうぜ」
 エニシはスラックスのポケットから、カプセル状の金属を取り出し、ドアのノブに光線を当てた。焦げた匂いと一筋の煙を出し、木が焼け切れていく。ノブを囲うように円が完成した。
「まあ、あいつが隠そうとしたのは、ほぼ、俺で決まりだろうがな」
 エニシが焼き切れた部分を押すと、それは通路側へと落ちた。
 部屋の外へと出て、乏しい灯りの中、地下へと歩いて行く。
「エニシ様は防御壁だけでなく、浮島も作られたんですか?」
「ああ、なるほど。さっきから、しゃべり方が気にはなってたんだが、お前、自分のことを下だと思ってんのか」
 緩いスロープで、彼は立ち止まり、孤にしかめっ面をした。
「いいか。俺達は上も下もない。つうか、どっちかってっと、お前は俺の恩人だ。堂々としてろ」
「は……い。すみませ」
 エニシが口を歪める。
「ありがとう。……エニシ」
 エニシがどう考えていようが、予備は一般的に道具とされている。
 人間社会において、彼の発言は、予備を人と同格に捉える危険思想だと判断されるだろう。
 孤にはありがたいが、人間はそうではないのだ。だから、対等でいようとしてくれる彼に対しての礼を伝えた。
 相手は複雑な表情で、そっぽを向きながら頷いた。
「さっきの質問の答えだが」
「え?」
「お前が聞いてきたんだろ? 浮島を作ったのかって」
「うん」
「答えはイエスだ。浮島は俺と縁で作った」
 縁が言っていた浮島の技術者は、エニシということだ。
 エニシは首で先を示し、孤に歩くよう促した。それから、孤が歩き出すと、それに合わせて手を引いた。
 通路は石畳からコンクリートになり、肌寒さを感じる頃には、剥き出しの機械に変わっていた。エニシと繋がる手が特別に温かい。エニシはどんどん奥へと下っていく。暗闇がいっそう濃い場所へと出た。天井が高く、金属の階段だけがあり、左右には空間が広がっている。空間のどこからか、蒸気がランダムに噴き出た。
「足下、気をつけろよ」
「エニシも」
「お、俺は平気だ。何度も歩いてるからな」
 エニシはうわずった声で言った。
 浮島の制作者ならば、そうなのかもしれない。
「慣れているんだろうけど、危ないことに変わりはないだろ?」
 エニシが繋いでいる手を、強く握りしめてきた。
「まあ、そうだな。お互い、転げ落ちないように、だな」
 階段を下りるたび、カンカンと金属の高い音が響いた。
 進めば進むほど、熱さがまとわりついてくる。
 階段を下りると前方に赤く煌々と輝く球体が見えた。
 一気に汗が噴き出た。
 孤は息を吐き、額の汗を拭った
「平気か?」
 エニシがこちらを振り返る。
 その姿が、仕事のパートナーだった縁と重なった。
「大丈夫」
「本来ならボタン一つでジェットを呼べるんだ。トラップを予想しなかった俺のせいだ。苦労させて悪い」
 エニシの髪から、ぽたりと汗が落ちる。
 自分だって、相当体力を削られているはずなのに。
 孤は乾いて動きにくい唇を、必死に伸ばした。
 ぷつりと皮膚が破れ、出血する。
「謝らないで。俺はエニシを信じている」
 エニシが息を飲むのがわかった。
 肩に彼の手がのる。
 エニシは唇を合わせたあと、孤の血をやさしく吸った。
 孤は驚きのあまり、ただただエニシを見つめた。
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