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暗闇で、誰かが話をしている。
一方は罵声を浴びせ、もう一方は淡々と。
感情に忠実な女の声は聞いたことがない。
が、冷静な男の声は知っている。
縁……。
目を開けると、幾つもの画面と対峙する縁がいた。
画面には、あらゆる光景が映っている。
血だらけの少女を治療する医療スタッフの姿。
銃器を持った青年達。
炎を背に逃げる動物たち。
銃殺されるコードナンバーを首に刻まれた人々。
音声はないが、その映像だけで、孤は呼吸を乱した。
「降伏しなさい、RO2」
女が低音で突きつける。
「お前に逃げ場はありません。ケイセイを手にかけたこと、忘れたとは言わせません」
どこかで聞いた名前だった。
「何度もお伝えしたかと思いますが、ご子息を殺そうとしたのは私ではありません」
縁の声音には棘があった。
「黙りなさい! あなたが殺したんです。私はこの目で見ました」
縁は椅子に座り、一つの画面と向き合っている。
それだけが、縁と会話をすることができるようだ。
「どなたかと間違われたのでしょう。それに、私には彼を殺す理由がありません。おありなのは、そちらでは?」
「なっ! なにを、ふとどきな。廃棄寸前だったお前を、助けてあげたというのに」
「私を助けてくださったのは、あなたではなく、ご子息です」
女は顔をしかめた。
「本当にいやらしい。いいこと。お前の言動はすべて、誰かが作り上げたものです。私は、その誰かがケイセイを殺した犯人だと言っているのです。人工生命のお前には、複雑なお話かしら?」
孤は口を押さえた。
だが、悲鳴は漏れ、画面の女と縁の視線で射貫かれた。
「ケイセイ?」
煌びやかなドレスを着た女が驚愕する。
「死んだはずではなかったのですか……?」
女は決して喜んでいなかった。むしろ、恐れるように顔が青ざめている。
彼女は、背後から正装をした男の耳打ちを受けて我に返ると、縁を睨みつけた。
「どういうことです? RO2。お前は私達に我が子を殺させようとしたの?」
「あなたはそこらへんの舞台女優よりも、素質がおありですね。ご心配なく。エニシと私が作り上げた防御壁は、易々とは破れません」
孤はその名に氷ついた。
縁は無言で立ち上がり、後ろ手にキーボードに触れ、ヒステリックに喚く女の画面を消した。
縁の眼差しが孤に送られる。
「打ち落とされると判断したなら、応戦をするさ。この浮島は、孤を守るために作ったんだ。簡単にやられるわけがない。殺させようだなんて、あの人達は、僕がやられっぱなしだと思っているんだね。攻撃できないなんて、誰も言っていないのに」
極度の緊張で、息が苦しい。
縁がこちらへと歩いてくる。
体が萎縮した。
縁はフッと苦笑し、孤の耳元へと唇を寄せた。
「僕が怖い?」
知らず、孤は体を震わせた。
「それでいい。エニシの母親が言うとおり、僕の心は紛い物だ。そんな僕と違って、エニシは自分の意思で、孤と関わろうとしている。エニシのことは、信じてあげて欲しい」
緑色の瞳が悲しげに微笑む。
エニシの母親?
あの女性は、ストレッチャーに横たわるエニシの傍にいた人とは違う。それに、彼女は自分の子どもの名をケイセイと呼んでいた。
「爆撃の音、気づかない振りをして、ごめん。孤には僕達を取り巻く世界が、どんな状況であるのかを、知られたくなかった。不安にさせたくなかったんだ。だから、防音を試みたんだけど、上手くいかなくて。僕の技術不足が、余計、孤を苦しませたね」
縁の想いが伝わり、体から力が抜けていく。
「僕は僕の役割をまっとうしにいく。君が幸せになることを、心から願っているよ」
さようなら、と縁は自分の頬を、孤の頬に触れさせた。
孤は、胸を締めつけられるような心細さに困惑しながら、俯いた。
縁の足音が遠くなっていく。
孤は顔を上げ、離れていく縁の背中に、口を戦慄かせた。
どうするべきなのかが、わからない。
わからないけど。
縁がドアを開け、部屋から出る。
「待って!」
縁がいなくなるのは、嫌だ!
部屋に自分の声が響く。
縁は孤を振り返り、笑いかけてくれた。
その笑顔は、孤の言葉を受け入れてくれたようで、ほっとした。
次の瞬間、孤の感情を引き裂くように、ドアが閉まる。
孤はふらつきながら、ドアへと駆け、開けようとした。
が、カギをかけられたのだろう、開こうとしない。
「縁! 開けて! 縁!」
ドアを叩き、できる限りの大声を出す。
返事はない。
孤は床にしゃがみ込み、項垂れた。
涙が溢れてくる。
「泣いても、あのバカは戻ってこないぞ」
部屋の奥の暗闇から、素っ気なく言い放たれる。
「バカだからな」
孤は恐る恐る後ろを振り返った。
一方は罵声を浴びせ、もう一方は淡々と。
感情に忠実な女の声は聞いたことがない。
が、冷静な男の声は知っている。
縁……。
目を開けると、幾つもの画面と対峙する縁がいた。
画面には、あらゆる光景が映っている。
血だらけの少女を治療する医療スタッフの姿。
銃器を持った青年達。
炎を背に逃げる動物たち。
銃殺されるコードナンバーを首に刻まれた人々。
音声はないが、その映像だけで、孤は呼吸を乱した。
「降伏しなさい、RO2」
女が低音で突きつける。
「お前に逃げ場はありません。ケイセイを手にかけたこと、忘れたとは言わせません」
どこかで聞いた名前だった。
「何度もお伝えしたかと思いますが、ご子息を殺そうとしたのは私ではありません」
縁の声音には棘があった。
「黙りなさい! あなたが殺したんです。私はこの目で見ました」
縁は椅子に座り、一つの画面と向き合っている。
それだけが、縁と会話をすることができるようだ。
「どなたかと間違われたのでしょう。それに、私には彼を殺す理由がありません。おありなのは、そちらでは?」
「なっ! なにを、ふとどきな。廃棄寸前だったお前を、助けてあげたというのに」
「私を助けてくださったのは、あなたではなく、ご子息です」
女は顔をしかめた。
「本当にいやらしい。いいこと。お前の言動はすべて、誰かが作り上げたものです。私は、その誰かがケイセイを殺した犯人だと言っているのです。人工生命のお前には、複雑なお話かしら?」
孤は口を押さえた。
だが、悲鳴は漏れ、画面の女と縁の視線で射貫かれた。
「ケイセイ?」
煌びやかなドレスを着た女が驚愕する。
「死んだはずではなかったのですか……?」
女は決して喜んでいなかった。むしろ、恐れるように顔が青ざめている。
彼女は、背後から正装をした男の耳打ちを受けて我に返ると、縁を睨みつけた。
「どういうことです? RO2。お前は私達に我が子を殺させようとしたの?」
「あなたはそこらへんの舞台女優よりも、素質がおありですね。ご心配なく。エニシと私が作り上げた防御壁は、易々とは破れません」
孤はその名に氷ついた。
縁は無言で立ち上がり、後ろ手にキーボードに触れ、ヒステリックに喚く女の画面を消した。
縁の眼差しが孤に送られる。
「打ち落とされると判断したなら、応戦をするさ。この浮島は、孤を守るために作ったんだ。簡単にやられるわけがない。殺させようだなんて、あの人達は、僕がやられっぱなしだと思っているんだね。攻撃できないなんて、誰も言っていないのに」
極度の緊張で、息が苦しい。
縁がこちらへと歩いてくる。
体が萎縮した。
縁はフッと苦笑し、孤の耳元へと唇を寄せた。
「僕が怖い?」
知らず、孤は体を震わせた。
「それでいい。エニシの母親が言うとおり、僕の心は紛い物だ。そんな僕と違って、エニシは自分の意思で、孤と関わろうとしている。エニシのことは、信じてあげて欲しい」
緑色の瞳が悲しげに微笑む。
エニシの母親?
あの女性は、ストレッチャーに横たわるエニシの傍にいた人とは違う。それに、彼女は自分の子どもの名をケイセイと呼んでいた。
「爆撃の音、気づかない振りをして、ごめん。孤には僕達を取り巻く世界が、どんな状況であるのかを、知られたくなかった。不安にさせたくなかったんだ。だから、防音を試みたんだけど、上手くいかなくて。僕の技術不足が、余計、孤を苦しませたね」
縁の想いが伝わり、体から力が抜けていく。
「僕は僕の役割をまっとうしにいく。君が幸せになることを、心から願っているよ」
さようなら、と縁は自分の頬を、孤の頬に触れさせた。
孤は、胸を締めつけられるような心細さに困惑しながら、俯いた。
縁の足音が遠くなっていく。
孤は顔を上げ、離れていく縁の背中に、口を戦慄かせた。
どうするべきなのかが、わからない。
わからないけど。
縁がドアを開け、部屋から出る。
「待って!」
縁がいなくなるのは、嫌だ!
部屋に自分の声が響く。
縁は孤を振り返り、笑いかけてくれた。
その笑顔は、孤の言葉を受け入れてくれたようで、ほっとした。
次の瞬間、孤の感情を引き裂くように、ドアが閉まる。
孤はふらつきながら、ドアへと駆け、開けようとした。
が、カギをかけられたのだろう、開こうとしない。
「縁! 開けて! 縁!」
ドアを叩き、できる限りの大声を出す。
返事はない。
孤は床にしゃがみ込み、項垂れた。
涙が溢れてくる。
「泣いても、あのバカは戻ってこないぞ」
部屋の奥の暗闇から、素っ気なく言い放たれる。
「バカだからな」
孤は恐る恐る後ろを振り返った。
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