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 ブツッ、ブツッ、と意識が途切れ、取り戻したところに、縁がいると、あったかい気持ちと切なさがオイルまみれの体内に広がった。
 あわよくば、縁の隣で死にたい。
 縁の薄桃色の瞳と機械的な音声だけが、ナナシを包んでくれる。
 大切でかけがえのない、パートナー。
 それは、予備には大それた願いだったのだろう。
 ある夏の夜、ナナシは天罰を受けた。
 その日、ナナシは危険地帯での労働でどっと疲れ、深い眠りに落ちていた。管理者はそんなナナシを足で起こした。疲労から意識が定まらず、ノイズが途絶えることなく聞こえていた。
 町で大きな火事が起こり、消防隊が対応しているが、それだけでは人数が足りない。救助活動に参加しろ、と管理者から命令される。
 防護服は人間様の分しかない。
 ナナシは普段の作業服で人を助け続けた。
 縁は充電中なのか、どこにもいなかった。
 だから、ナナシは予備だけが対応できる場所へと、独りで走った。
 熱さに、体内の機械がショートしたのか、何人目かを助け出したその場で、オイル混じりの血を吐いた。
 そこには要救助者の保護のため、人間や予備やロボットがいた。
 けれど、誰も、吐血し、苦しむナナシを気にかけてはくれなかった。
 ナナシは崩れていく建物の前で、体を支えきれず、倒れた。
 黒煙の中、丸い薄桃色の光りが二つ、見えた。
 その光りは縁を連想させた。
 ナナシは瞳を揺らした。
 ブツリッと意識が飛んだ。
 痛みも、熱さも、悲しみも、切なさも、すべてが無になる。
 ナナシは完全なる死を覚悟した。
 パーツを替えても、自分は生き長らえることはできない。
 死ぬんだ。
 やっとだ。
 これで、やっと、死ねる。
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