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後輩のところへ戻ると言う遠野と別れ、音楽棟へ行く。
サークルや同好会ではなく、学科として、二つの教室を解放し、楽器体験を行っていた。
ピアノ、ドラム、木琴、ギター。
学生たちが子どもに教えたり、学生が終始、交代で音楽を奏でている。
「なにか弾いていきますか?」
ショートカットの女が声をかけてくれた。
「……ピアノ、いいですか?」
「はい。楽譜もありますから、言ってください」
「ありがとう」
女が用意してくれた荷物置き場に銃を置き、グランドピアノに指をのせる。
力を込めず、なめらかに。
ペダルを踏み、クラシックからアニメまで弾いていく。
と、下から服を引っ張られた。
男の子がいた。
「すみません」
母親が抱き上げようとし、「大丈夫ですよ」と彼女の行為を止める。
「弾いてみるか?」
「うん!」
男の子を膝の上にのせる。
その子はバンバンとがむしゃらに鍵盤をたたいた。
「どんな歌が好き?」
「さむらいじゃー!」
「ん?」
「戦隊ヒーローです」
どうぞ、と女学生が楽譜をくれる。
「ありがとう。よくありましたね」
「いつも、子どもさんがたくさん来てくださるから、常備してあるんです」
「へえ」
知らなかった。
楽譜を立てかけて音符を一通り読み、男の子の手をとって鍵盤を一つずつ押した。
「おお!」
男の子がにこにこ笑う。
泣きたくなったのは悲しいからじゃなかった。
しばらくすると、男の子は思うように弾けず、「できない」とぐずった。
「大丈夫。できるよ。ゆっくり、落ち着いて弾けばいいんだ」
三つ、鍵盤を押したところでメロディーが崩れる。
「ああ! できない!」
「すみません。もう帰ろ。ほら!」
子どもの態度に追い詰められた母親に、大丈夫だと微笑んだ。
「できるよ。大丈夫」
歌ってごらん、とメロディーを弾いてみる。
男の子が歌い出す。
彼は生き生きしていた。
「うん。上手」
伴奏をつけると、男の子が見上げてきた。
俺は彼の瞳に微笑んだ。
一曲、終わってからサビの部分だけをふたりで辿る。
その子は、たどたどしいが、そこだけは一人で弾けるようになった。
「ありがとう、おにいちゃん」
「どういたしまして」
男の子の頭を撫でる。
母親に深々と頭を下げられ、俺も同じように頭を下げた。
楽譜を女学生に戻し、荷物置き場から銃をとる。
「演奏、素敵でした」
女学生に微笑まれ、「ありがとう」と笑顔を返し、古巣をあとにした。
サークルや同好会ではなく、学科として、二つの教室を解放し、楽器体験を行っていた。
ピアノ、ドラム、木琴、ギター。
学生たちが子どもに教えたり、学生が終始、交代で音楽を奏でている。
「なにか弾いていきますか?」
ショートカットの女が声をかけてくれた。
「……ピアノ、いいですか?」
「はい。楽譜もありますから、言ってください」
「ありがとう」
女が用意してくれた荷物置き場に銃を置き、グランドピアノに指をのせる。
力を込めず、なめらかに。
ペダルを踏み、クラシックからアニメまで弾いていく。
と、下から服を引っ張られた。
男の子がいた。
「すみません」
母親が抱き上げようとし、「大丈夫ですよ」と彼女の行為を止める。
「弾いてみるか?」
「うん!」
男の子を膝の上にのせる。
その子はバンバンとがむしゃらに鍵盤をたたいた。
「どんな歌が好き?」
「さむらいじゃー!」
「ん?」
「戦隊ヒーローです」
どうぞ、と女学生が楽譜をくれる。
「ありがとう。よくありましたね」
「いつも、子どもさんがたくさん来てくださるから、常備してあるんです」
「へえ」
知らなかった。
楽譜を立てかけて音符を一通り読み、男の子の手をとって鍵盤を一つずつ押した。
「おお!」
男の子がにこにこ笑う。
泣きたくなったのは悲しいからじゃなかった。
しばらくすると、男の子は思うように弾けず、「できない」とぐずった。
「大丈夫。できるよ。ゆっくり、落ち着いて弾けばいいんだ」
三つ、鍵盤を押したところでメロディーが崩れる。
「ああ! できない!」
「すみません。もう帰ろ。ほら!」
子どもの態度に追い詰められた母親に、大丈夫だと微笑んだ。
「できるよ。大丈夫」
歌ってごらん、とメロディーを弾いてみる。
男の子が歌い出す。
彼は生き生きしていた。
「うん。上手」
伴奏をつけると、男の子が見上げてきた。
俺は彼の瞳に微笑んだ。
一曲、終わってからサビの部分だけをふたりで辿る。
その子は、たどたどしいが、そこだけは一人で弾けるようになった。
「ありがとう、おにいちゃん」
「どういたしまして」
男の子の頭を撫でる。
母親に深々と頭を下げられ、俺も同じように頭を下げた。
楽譜を女学生に戻し、荷物置き場から銃をとる。
「演奏、素敵でした」
女学生に微笑まれ、「ありがとう」と笑顔を返し、古巣をあとにした。
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