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昭弘視点・2

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 日が出ている間、雪が積もった町並みを二人で散策し、夜、お互いに手を伸ばしてから眠った。
 暗闇の中、声を聞いた。
 蛍の声だ。

「はい。すみません。せっかく、声をかけていただいたのに。はい」

 誰かと話している?

「昭弘さんには言ってません。はい。……はい。すみません」

 蛍が自分のことをさん付けで呼ぶのは、父と話しているときだ。
 どうして、父と話を?
 何について?

「いえ……。大丈夫です。はい。……いい返事ができず、すみません」

 いい返事?
 養子の件か?
 蛍は断ったはずだ。
 なら……。

「今は昭弘さんの傍にいてあげたいんです」

 飛び起きた。
 窓際で、蛍は早口で感謝と別れの言葉を口にし、こちらを振り返ると、持っていた携帯電話を下ろした。


「ごめん。うるさくして」

 青年はベッドに入り、携帯を枕元に置いた。


「まだ夜だ。寝よう」

 幼い命を慈しむように抱擁される。
 駄目だ。
 そんな理由で自分のこれからを決めちゃ、駄目だ。
 支えたいのに、これじゃあ、お荷物でしかないじゃないか。
 俺ばかりが守られている。
 俺のせいで、蛍の未来を歪めている。
 俺のせいで……。
 俺が俺だから……、蛍を苦しめる。

* * *

 翌日から、営業のため、一日、走り回る生活をした。
 病院で、大量の薬を処方してもらい、意識が朦朧とするたび、頼った。
 こちらへの心配事がなくなれば、蛍は自分本来の選択ができるはずだ。
 彼の未来だ。
 俺に囚われることなく、決めて欲しい。
 灰色の空が広がる日、建築会社への営業を終えた、その足で、病院へ行き、診察を受けた。
 医師と数分の会話を持ち、受付で処方箋をもらう。
 院内の薬局へ歩き出した直後、見覚えのある青年と鉢合わせた。
 眼鏡をかけた、白衣姿の青年だ。
 彼はこちらの手にある三枚もの処方箋を見て、顎を引いた。

「渋谷は知っているんですか?」

 真っ直ぐな瞳と蛍の名字が出てきたことに、戸惑った。


「俺のこと、覚えていませんか?」

 河原の件ではお世話になりました、と頭を下げられる。
 赤城庄次だ。
 蛍に、手を離したくないとまで、思わせることができた青年。
 心臓がゴッゴッと強く動き、痛みに処方箋に皺を作った。
 赤城の視線は、それさえも見逃してはくれなかった。

「医者だったんだね」
「まだ、実習生です」
「そうなんだ……」

 金縛りにあったように四肢が硬直していた。
 赤城は無言でこちらを見つめてくる。
 人を助ける側である彼と、患者として助けられる側の自分。
 敵わないと思った。
 蛍の傍にいるのが、彼ではなく、自分であることに羞恥心さえ抱いた。
 早くこの場を去りたい一心で、重い一歩を踏み出す。

「元気そうでよかった。じゃあ、僕は急ぐから」
「そんなに渋谷が信用できませんか?」

 一瞬、息をすることを忘れた。

「否定……しないんですね」

 赤城の声が近い。
 応えず、足を前へくり出す。

「俺にくれませんか?」

 大声ではないのに、青年の声は骨まで響いた。

「信用できないのなら、いらないですよね? 渋谷」

 口を開き、何も言葉にできず、昭弘は俯いて赤城から離れた。
 事務所に着くと、鍵をはずし、ドアを開けて、急いで湯沸かし室を目指し、着いたそこで、処方された錠剤を口に押し込めて、蛇口から出た水で流し込んだ。
 スーツはびしょびしょだ。
 シンクに背をつけ、床に尻をつける。
 薬袋を握りしめる手に、力が入った。
 涙が溢れてくる。
 前髪を潰し、嗚咽を噛み殺し、床を手で何度も叩いた。
 何度も、何度も。
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