言の葉

9

　その姿が一八十度、本心とは違うものだということを気付かされたのは、風紀委員の仕事で校内の戸締り点検をしに、再び五年生の教室へ行った時だった。
　誰もいない教室に、相津知司は一人でいた。
　窓から入ってくる夕日により真っ赤に染まる教室で、相津知は無心で手首に歯を当てていた。
　噛んでいるなんて生易しいものではない。
　一彰はうまく息ができずにいる肺を無理やり動かし、相津知の傍へと歩いた。
　ほどなくして彼女はこちらを見上げた。
　その口周りに血がべっとりとついていた。
　一年前の自分を、そこに見た気がした。
　平気なわけがないのだ。
　痛くないはずがないのだ。
　本当は。
　本当は……。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊　＊　＊
　
　体育館に明かりが灯り、グラウンドに竹刀をかついだ少年団の生徒が集まってくる。
　その中に相津知がいた。
　身を乗り出すと彼女の横に宮下の姿があった。
　壊すと宣言した相津知が頭の中を支配する。
　まってくれ。早すぎる。まだ答えは出ていない。
　心が叫び、足が勝手に駆け出そうとする。
　が、右足の激痛に耐えきれず、無様にこけた。
　それでも、一彰は下唇を噛んで片足で自分の机まで移動し、ランドセルを手にした。
　階段にさしかかり、手すりを伝って下りていく。
　今度は二階の踊り場でころんだ。
　その拍子に、閉められていたはずのランドセルが中身を吐き出した。
　そこで我に返った。
　宮下なんてどうなろうが、知ったことじゃないじゃないか。
　相津知だっていっていた。
　彼は自分が倒れても助けにも来なかった。
　迷惑なんだよ、と鼓膜が震えないのに声がした。
　一彰は自嘲気味に笑んだ。
　膝を抱え、頭を埋める。
　そうだ、迷惑なんだ。
　俺は何も求められていない。