言の葉

上野たすく

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 家の鍵を開け、外よりも暗い室内に足を踏み入れる。
 靴を脱いだそこに見慣れない男用のスニーカーがあった。
 一度瞼を閉じ、覚悟を決めて階段を上る。
 音を極力殺した。
 高二の姉の部屋を通り過ぎる際、男の喘ぎ声が脳を直撃した。
 ドアがわずかに開いていて、防音の効果を失っていたのだ。
 ベッドの上で絡み合うふたつの身体に一彰は息を止めた。
 吐き気が込み上げてくる。
 部屋から漏れ聴こえてくる姉の女の声に眩暈がして、一彰は自室へと駆け込み、部屋につくなりベッドに全身をもぐりこませた。
 四肢を丸め、閉鎖された視界の色を見守る。
 姉の連れてくる男が家に来るたびに変わっていることを父は知らない。
 ときどき帰ってきては母の写真を眺める父に、そんな眼力はない。
 一彰は一度姉を問い詰めたことがあった。
 男の数と、しだいに豪華になっていく姉の身なりに疑問を抱いたからだ。
 姉は財布から札をぜんぶ抜き取り、反論の余地も与えず、一彰にかさばる紙切れを握らせた。
 八万もあった。
 でしゃばるなと言葉ではなく、金で丸め込もうとする。
 それが姉の出した答えであり、彼女の伝達手段だった。
 一際大きくなった姉の音に、一彰は布団を命一杯引き寄せた。
 母が殺されたのは一年前なのに、ちっとも埋まらない。
 母の不在の穴がちっとも。
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