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戸惑いの先に

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「お客様、落ち着いてください。温かい珈琲でもいかがですか?」

 背後から、青年が声をかけてくる。
 幸の部屋でジンジャーに話しかけてきた男の声とは違う。

「そんなもの、いらん! 俺をここから出せ!」

 ドアを何度も叩く。

「おれは幸のところへ行かなければいけないんだ!」
「落ち着いてください!」

 ドアを無理矢理開けようとするジンジャーを青年は羽交い締めにした。

「ここから出たら、ぬいぐるみに戻ってしまいますよ」
「は?」

 振り向いたそこに黒髪の青年。
 目の色が左右で違う。
 右は黄色、左は水色。

「どういうことだ? おれは人間になれたんじゃないのか?」

 ジンジャーの体から力が抜ける。
 青年は腕を放し、息をついた。

「お客様が人でいられるのはここにいる間だけです」
「はあ?!」
「ユイトさん……、店長から聴いていないんですか?」
「知らん! 気づいたらこうなってたんだ!」

 ジンジャーはエプロン姿の青年に両手の指を見せつけた。

「えっと……。お客様はどなたかをここへ招かれたんですよね?」
「なに言ってんだ? おれはここに勝手に連れてこられたんだぞ! 招くもクソもあるか!」

 胸ぐらを掴むと青年は引きつりながら、落ち着いてくださいと言った。

「だいたいお前は何なんだ? ここはどこなんだよ!」
「放し……。苦し……い……」
「放してもらいますよ、手。そいつ、俺のなんで」

 よく通る男の声に気を削がれる。
 やけに目つきの悪い男を視線が捉えるのと同時に、青年を掴んでいた手を引きはがされた。
 ジンジャーは勢い余って赤い絨毯へと尻餅をついた。
 青年がゲホゲホッと咳き込む。
 目つきの悪い男がその背を撫でた。

「なんだよ。なんなんだよ……」

 ジンジャーはただ幸に会いたかっただけだ。
 しあわせになって欲しい人の沈んだ顔を見たくなかった。
 ただ、それだけ。

「おれは会いに行かなきゃいけないんだ。あの子を助けてあげなきゃ」

 青年と男が顔を見合わせる。

「あの、よかったら、話してもらえませんか? 力になれることがあるかもしれません」
 
 青年が手を差し伸べてくる。
 躊躇ったように、でも、とてもやさしい表情で。
 ジンジャーはそこで初めて、青年の腕に包帯が巻かれていることに気づいた。
 この喫茶店から出たらジンジャーはぬいぐるみに戻ってしまうと彼は言っていた。
 そうならないように、青年は傷を負った腕でジンジャーを止めてくれたのだ。

「乱暴してすまなかった」

 ジンジャーが伸ばした手を青年がにっこり笑って引き上げてくれる。
 体も心も軽くなった気がした。
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