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 ジンジャーはさちのことが好きだ。
 なんたって、彼女が生まれたときから傍にいる。
 この世を去ってしまった幸のおとうさんからのプレゼント。
 暗い箱の中、閉じ込められて数時間。
 凄まじい轟音を聞いた気がする。
 緩衝材のカラーコーンに四肢の動きを拘束されたまま、上へ下へ右へ左へと叩きつけられた気もする。
 低い男の人の声が何か言っていたような気も。
 思い出した方が良さそうなもやもや感。
 けど、明るい声を耳にし、どうでもよくなる。
 かさこそと紙を外す音がし、ついで明かりが差し込んだ。
 ジンジャーを引っ掴んだのは小さな小さな手。
 その手に導かれて飛び出した場所を、ジンジャーは今でも鮮明に覚えている。
 輝く仏壇のある和室の部屋。
 若い女性と年をとった女性に男性が二組。
 そして、ほっぺたぷにぷにの赤ちゃん。
 ピンク色のカバーオールを着たその女の子はジンジャーの右手をきつく掴み、きゃっきゃっと笑いながらジンジャーを力任せに振った。
 腕がもげる。
 綿が出ちゃうって。
 けど、まあ、きっと、この子のお母さんが直してくれる。
 彼女は不器用だが、他人の大切なものを守れる女性だ。
 ジンジャーは内心で首を傾げる。
 はて?
 なぜ、そんなことがわかる?
 今日、会ったばかりなのに。
 ふいに湧いた疑問。
 深く考えようとし、女の子の笑顔にまたもやどうでもよくなる。
 かわいい。
 ちいさい。
 手を伸ばしたかった。
 その頬はどんな感触がするんだろう?
 その体はどんな温度を持っているのだろう?
 力一杯抱きしめたら、女の子のお母さんに叱られてしまうかもしれないけれど、ジンジャーは彼女を体全体で感じたくてしかたがなかった。
 衝動の理由はこれまたどうでもいい。
 とにかく、君を待っていたって伝えなきゃ。
 君に会いたかったって伝えなきゃ。
 気持ちだけがはやる。
 けど、ジンジャーはクマのぬいぐるみ。
 手を動かすことも、言葉を発することもできない。
 だから、誰かが拭ってくれたであろう赤色が繊維の奥の奥まで染みこんでいることを知らせることもできない……。
 ジンジャーはただのクマのぬいぐるみ。
 一人じゃ何もできない。
 幸はそんなジンジャーを家族であるかのように接してくれた。
 三歳のときは幸の好きなカレーライスを口元へ押しつけてきた。
 あ~ん、とか言って。
 ジンジャーも、あ~んと心で言い、心で食べた。
 六歳のときは好きな男の子ができたとこっそり教えてくれた。
 ベッドでぎゅっと抱きしめてくれた彼女の心臓はドキドキしていた。
 十五歳のある日、クラスに居場所がないと泣き出した。
 幸は独りじゃないよ、とジンジャーは言いたかった。
 そして、幸を守れないこの体を憎く思った。
 幸はお母さんに心配をかけまいと三年間、必死で毎日をとり繕いながら過ごした。
 よほどのストレスがかかっていたのだろう。
 幸はジンジャーの頭の毛を捻るようにいじった。
 そのため一部分が禿げてしまったが、幸が送った地獄を思えばなんてことなかった。
 ジンジャーは縫い付けられた口で何度も謝った。
 ごめんな、幸。
 守ってあげられなくて、本当にごめん……。
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