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34〈現在・オーガスト視点〉
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朝食をとり終わると、孤と縁が食器を片付け始めた。エニシはルイの対面の席に座ったまま、孤がいれてくれた珈琲を口にしていたが、孤達が自分の左右にそれぞれ腰かけると、顔を上げた。
「まず、アリサとルイに確認をしたい。俺との間であったことを、他者の前で話してもいいか? 気が進まないならば、個別に話しをしたい」
「僕は構いません」
とルイ。
「どこまで話すつもりなの?」
アリサは深く息を吐いてから尋ねた。
「多くは話さない。二人が生きるために必要なものをどう補給していくか。それを決めるための話し合いだと思ってくれればいい」
アリサは視線を孤と縁に向け、エニシへと戻した。
「二人には?」
「お前に必要なものだけは」
やけに拘る。
訝ったオーガストと違い、アリサはそっぽを向いたものの、まんざらでもないようだった。
「続きを議論しても?」
「話したければ、話せばいい」
じゃあ、さっそく、とエニシが息をついた。
「どうするか決めたか?」
エニシの問いに、彼女は暫く黙り、首を戻した。鋭い眼差しをしている。
「私の死は私が決める」
「つまり?」
「お前の血など不要だ。傷も癒えた。地上へ降ろせ」
エニシはじっとアリサを見つめていたかと思うと、テーブルに肘をつき、祈るように組んだ指で顎を支えた。
「その場合、監視をつけさせてもらう」
「聞いていない、そんなこと!」
「僕が提案しました」
縁が話に割って入る。
「エニシがあなたに行ったことは、エニシ自身がわかっていないことが多いため、あなたが平穏に過ごせるよう、また、血を取らなかったことで、あなたが他者に危害をくわえないよう見張るため、あなたと他者、双方の護衛をかねて、こちらで用意したロボットを持参してもらいます」
「なに勝手なことを!」
「落ち着いてください。アリサさんのプライバシーは守ります」
啖呵を切りそうになるアリサを孤が宥める。
「映像はこちらに転送され、記録されるが、俺たちは異常事態でなければ、確認したりはしない」
「異常事態かどうかを決めるのは、私だ。あんた達じゃない」
エニシに対し、アリサは敵意を露わにした。
「異常事態でないと判断すれば、すぐにモニターは切る」
「了承していただけますか?」
縁は声音を変えようとしなかった。
「初めから、私の意志を介入させるつもりがないのに、どうして聞くの?」
諦めたように下を向いたアリサに、孤だけが同情を顔で示した。
エニシは息をつき、ルイを見た。オーガストは自分のことでもないのに、身構えた。
ルイはオーガストに視線を送ると、なぜか微笑んだ。
「エニシ、あなたは僕に二つの提案をしました。一つは、浮島で生きること、もう一つは、どこか定住できる場所を見つけ、例の池を浮島から移すこと。僕はこことは違う場所での定住を希望します」
ルイは瞼を閉じ、開けるとともに、エニシへと首を回した。
「定住先が見つかるまでは、浮島を頼るつもりです。頷いてくれますか?」
エニシは孤と縁を交互に確認した。孤と縁がそれぞれ首を縦に振る。
「受け入れる」
ルイと目が合う。
「僕たちの居場所を見つけるんだよね?」
やさしい声。ルイは笑っているのに、彼の唇は震えていた。
オーガストは安心させたくて、微笑んでみせた。
「ああ」
そして、唇を引き締める。
「もし許されるなら」
オーガストは立ち上がり、ルイとアリサに向き直った。
「三人でいないか?」
緊張から喉がひりつく。
アリサは驚愕していた。
ルイは小さく首肯してくれる。
オーガストはエニシ達三人へと体を戻した。
「俺がアリサを見ている。それなら、機械も不要だろう? 連絡手段さえあれば、事足りる。だな?」
「俺は反対しない」
エニシが断言する。
「だが、もしものことがあったとき、辛いのはオーガスト、あんただ。覚悟はあるのか?」
エニシの強いまなざしに、ハッとした。
彼らと初めて会ったとき、エニシはソロの村人に対し、自分の覚悟を口にしていた。
「俺は」
「私はあなた達とは暮さないわ」
オーガストが振り返ると、アリサは目をそらし、決心したようにエニシへと顔を上げた。
「答えを変えるわ。ある国の王子に奉公してあげる」
「いいのか?」
「なにか文句でも?」
アリサとエニシはしばらく硬直状態を続けたが、エニシが「いや」と話題を打ち切った。
「ある国の王子は俺の弟だ」
「リヴォーグには私のことを知っている人間がいるわ。口封じのために消されるかもしれない。むしろ、それがお望み?」
「弟にはその件も含めて話をする。殺すなら」
エニシがアリサに高圧的な視線を浴びせる。
「あの時、殺せた」
アリサはフンッと鼻を鳴らし、俯いた。
オーガストは彼女の名を呼んだ。考え直してもらえないかという願いを込めて。
アリサは縮こまるように胸を抱えた。
「ここからは、あなたと違う道を生きたいの」
嘘だ。
出かかった言葉を飲み込んだ。
「そういうことだ。本人の意思を尊重するんだな」
言いながら、エニシが立ち上がる。
「受け入れの手配をしてくる」
彼は誰とも目を合わせず、地下へと降りて行った。
アリサが静かに席をたつ。彼女は無言で宛がわれた部屋へ入っていった。
「まず、アリサとルイに確認をしたい。俺との間であったことを、他者の前で話してもいいか? 気が進まないならば、個別に話しをしたい」
「僕は構いません」
とルイ。
「どこまで話すつもりなの?」
アリサは深く息を吐いてから尋ねた。
「多くは話さない。二人が生きるために必要なものをどう補給していくか。それを決めるための話し合いだと思ってくれればいい」
アリサは視線を孤と縁に向け、エニシへと戻した。
「二人には?」
「お前に必要なものだけは」
やけに拘る。
訝ったオーガストと違い、アリサはそっぽを向いたものの、まんざらでもないようだった。
「続きを議論しても?」
「話したければ、話せばいい」
じゃあ、さっそく、とエニシが息をついた。
「どうするか決めたか?」
エニシの問いに、彼女は暫く黙り、首を戻した。鋭い眼差しをしている。
「私の死は私が決める」
「つまり?」
「お前の血など不要だ。傷も癒えた。地上へ降ろせ」
エニシはじっとアリサを見つめていたかと思うと、テーブルに肘をつき、祈るように組んだ指で顎を支えた。
「その場合、監視をつけさせてもらう」
「聞いていない、そんなこと!」
「僕が提案しました」
縁が話に割って入る。
「エニシがあなたに行ったことは、エニシ自身がわかっていないことが多いため、あなたが平穏に過ごせるよう、また、血を取らなかったことで、あなたが他者に危害をくわえないよう見張るため、あなたと他者、双方の護衛をかねて、こちらで用意したロボットを持参してもらいます」
「なに勝手なことを!」
「落ち着いてください。アリサさんのプライバシーは守ります」
啖呵を切りそうになるアリサを孤が宥める。
「映像はこちらに転送され、記録されるが、俺たちは異常事態でなければ、確認したりはしない」
「異常事態かどうかを決めるのは、私だ。あんた達じゃない」
エニシに対し、アリサは敵意を露わにした。
「異常事態でないと判断すれば、すぐにモニターは切る」
「了承していただけますか?」
縁は声音を変えようとしなかった。
「初めから、私の意志を介入させるつもりがないのに、どうして聞くの?」
諦めたように下を向いたアリサに、孤だけが同情を顔で示した。
エニシは息をつき、ルイを見た。オーガストは自分のことでもないのに、身構えた。
ルイはオーガストに視線を送ると、なぜか微笑んだ。
「エニシ、あなたは僕に二つの提案をしました。一つは、浮島で生きること、もう一つは、どこか定住できる場所を見つけ、例の池を浮島から移すこと。僕はこことは違う場所での定住を希望します」
ルイは瞼を閉じ、開けるとともに、エニシへと首を回した。
「定住先が見つかるまでは、浮島を頼るつもりです。頷いてくれますか?」
エニシは孤と縁を交互に確認した。孤と縁がそれぞれ首を縦に振る。
「受け入れる」
ルイと目が合う。
「僕たちの居場所を見つけるんだよね?」
やさしい声。ルイは笑っているのに、彼の唇は震えていた。
オーガストは安心させたくて、微笑んでみせた。
「ああ」
そして、唇を引き締める。
「もし許されるなら」
オーガストは立ち上がり、ルイとアリサに向き直った。
「三人でいないか?」
緊張から喉がひりつく。
アリサは驚愕していた。
ルイは小さく首肯してくれる。
オーガストはエニシ達三人へと体を戻した。
「俺がアリサを見ている。それなら、機械も不要だろう? 連絡手段さえあれば、事足りる。だな?」
「俺は反対しない」
エニシが断言する。
「だが、もしものことがあったとき、辛いのはオーガスト、あんただ。覚悟はあるのか?」
エニシの強いまなざしに、ハッとした。
彼らと初めて会ったとき、エニシはソロの村人に対し、自分の覚悟を口にしていた。
「俺は」
「私はあなた達とは暮さないわ」
オーガストが振り返ると、アリサは目をそらし、決心したようにエニシへと顔を上げた。
「答えを変えるわ。ある国の王子に奉公してあげる」
「いいのか?」
「なにか文句でも?」
アリサとエニシはしばらく硬直状態を続けたが、エニシが「いや」と話題を打ち切った。
「ある国の王子は俺の弟だ」
「リヴォーグには私のことを知っている人間がいるわ。口封じのために消されるかもしれない。むしろ、それがお望み?」
「弟にはその件も含めて話をする。殺すなら」
エニシがアリサに高圧的な視線を浴びせる。
「あの時、殺せた」
アリサはフンッと鼻を鳴らし、俯いた。
オーガストは彼女の名を呼んだ。考え直してもらえないかという願いを込めて。
アリサは縮こまるように胸を抱えた。
「ここからは、あなたと違う道を生きたいの」
嘘だ。
出かかった言葉を飲み込んだ。
「そういうことだ。本人の意思を尊重するんだな」
言いながら、エニシが立ち上がる。
「受け入れの手配をしてくる」
彼は誰とも目を合わせず、地下へと降りて行った。
アリサが静かに席をたつ。彼女は無言で宛がわれた部屋へ入っていった。
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