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30-2〈現在・孤視点〉

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 孤はエニシの危惧する状況を想像しようとし、失敗した。
「嫌か、嫌じゃないか、されていないから分からない」
「いや、してからじゃ遅いだろ」
 呆れたエニシの前で、上着を脱いだ。
 相手は目を見開いた。
 上着を両手で握りしめる。
 傷だらけの体は綺麗とは、ほど遠い。だけど、これが自分なのだ。知ってもらうしかない。
「俺は嫌だって思った。ユウセイ様のじゃなくて、俺のを飲んで欲しいって」
 そうか、これは。
「嫉妬……したんだ」
 エニシは真剣な眼差しで孤をとらえ続けた。
 頬に触れられる。
 ひんやりとした手へと首を傾けた。
 エニシの指がピクリと動く。
 エニシが、もう片方の頬にも触れてくれる。力が抜けたところで唇が合わさり、涙腺が緩んだ。
 エニシは孤を丁寧にベッドに仰向けに倒し、深く口づけた。エニシが孤の指と指の間に、自分の指を入れ、握りしめてくれる。エニシの唇が肌を伝い、耳元へとくる。
「孤は俺の孤塁こるいだ」
「?」
 エニシがやさしく微笑み、額にキスをしてくれる。
「孤は、世界で、たった一つの、俺の拠り所だ」
「大袈裟だな」
 吹き出すが、相手は冗談だと逃げなかった。
 孤を起点とするのではない。エニシからの精一杯の愛情表現なのだ。
「本気で、俺のこと……?」
 涙が零れそうになり、エニシがいない方へと首を動かした。
「孤?」
「ごめん。うれしいんだ。とっても」
 握りしめ合っている手を引き寄せ、口づける。
「しあわせだ」
 予備だとわかってから、自分は死ぬために生きていた。
 生きることが望まれる存在と、そうじゃない自分。
 穏やかな日々が塗り替えてくれる過去。だけど、消え去ることもできない痛みは、不意に浮き上がり、孤の傷口をえぐった。きっと、この先も、忘れることはできない。
 エニシが抱きしめてくれる。
「愛している。今も、昔も、この気持ちに、嘘はない」
「……うん」
「孤を愛していることだけが、俺が信じられる、俺らしさなんだ。だから」
 思考の基準にしている。
「うん……」
 吐息し、エニシへと体の向きを変え、彼の冷えた頬に触れる。
「飲んで」
 エニシは孤の手にキスをし、仰向けにさせると同時に首筋に歯を差し入れた。
 快楽に体が喘ぐ。
 自分の血を飲むエニシが愛しい。
 その気持ちを、どうにか伝えたくて、震える手で、エニシの頭を愛撫した。
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