上 下
35 / 46

30-1〈現在・孤視点〉

しおりを挟む
 縁に案内された部屋は、地下の一室だった。
 簡易なベッドの他は書物と機械の部品が金属の入れ物に入っている。縁は積み重なった書物の上に人工の光りを放つランタンを置き、孤が寝入るまで話し相手になってくれた。
 だから、ドアが開くまで、眠っていたのだと思う。
 エニシはそっとドアを閉めると、孤が空けていたスペースへ入るため、シーツを持ち上げた。
 うとうとしていて、声をかけるタイミングを逃し、後悔していた。
 心臓が苦しいくらいに、早く脈を打っている。
 どうしよう。今からでも、おかえりって言おうか。
 迷っている間に、ベッドがエニシの全体重を支えてしまう。
 後ろから抱きしめられ、息を止めた。
 エニシは小さく笑い、孤の首筋に額を触れさせた。
「ただいま」
 動きたいのに、緊張して動けない。
 抱擁が解ける。
 物足りなさと心細さに瞼を上げたなら、そっと仰向けにさせられた。
 ランタンの明かりに照らされたエニシと目が合い、体が熱くなる。
 エニシの両手が自分の顔を囲っている。お互いの距離は彼の腕の長さだ。
 心臓の音が聞こえる。恥ずかしい。
 誤魔化したいのに、エニシから目を逸らすことができない。
「眠れた?」
 なんとか首を縦に振る。
「起こしてしまったんだな。ごめん」
 自身を責めるようなエニシの表情に、孤はハッと上半身を起こし、エニシの額に自分の額をぶつけてしまった。
 二人でそれぞれ痛みを耐える。
「ごめん」
 顔を上げると、俯いているエニシが見えた。
 ふるふると体が震えている。
 打ち所が悪かった?
「大丈夫?」
 エニシの肩に手を触れようとし、突然、笑い声が部屋に満ちて面食らった。
 エニシは腹をかかえて笑うと、深呼吸をし、孤に笑顔を向けた。
「緊張がどこかへ行ってしまった」
「緊張していたの?」
 エニシはベッドボードに背を預けながら、孤に手を伸ばした。
 横に並んだなら、静かに微笑まれた。
「見えないか? 俺は、孤と旅をしてから、今まで気づかなかった自分に気づかされ続けている。過去の俺なら、しなかっただろうことをして、抱かなかっただろう感情を抱いて。ずっと、気を張っている。俺の行いに間違いはないか。自分の言動を何度も反芻して。けど、答えは俺の中にはないんだ。それが怖い」
 目を伏せたエニシは、しかし、笑んでいた。意識しているのかしていないのか、孤には分からないが、その笑みが、エニシの心の砦なのだと思った。
「孤を不安にさせたのも、俺の言動に欠陥があったからだろ?」
 話の矛先が変わったことに、孤は口元を引き締めた。
「四時間後には夜明けだ。時間は足りないだろうが、少しでも話そう。俺の何を知りたい?」
 直球を正面から受けるのには、まだ慣れていなかった。
 自分の知りたいことは、それこそエニシの中にしか答えがない。エニシの砦の奥へ自分を案内しろと言っているに等しい。
 俺に、そんな権利はない。
 でも、エニシは歩みよろうとしてくれている。だから。
「すべてが知りたい」
 エニシは怒るでも笑うでもなく、孤を見つめた。
「エニシが話したいとき、話して欲しい。以前、どう思っていたのか、今、どう思っているのか。俺はエニシのことなら、何でも聴きたい」
「俺が話したなら、それは孤にどんな作用をもたらす?」 
 きょとんとする。エニシはこちらからの返答を待つつもりらしい。
「エニシを、もっと近くに感じることができるようになると思う」
「近づき過ぎると、それは孤と俺じゃなく、一つの存在になってしまう。孤は、俺とそうなりたいのか?」
 孤は黙った。今、情報を吸い取られようとしているのは、エニシだけではなく、孤もそうなのだと気づいたからだ。エニシは、立て続けに質問することで、あらゆる角度から孤の心を見破ろうとしている。
「完全に一つになろうっていうんじゃない」
 エニシの手に自分の手を重ねた。
「境界はあった方がいいな。だって、こうやって触れられなくなる」
 エニシが手を握りしめてくれる。
「俺も、孤には孤でいて欲しい」
「うん」
 笑むと、相手は、ほっとしたようだった。その口がもごっと動き、彼は眉を歪めた。
「血の供給だが」
 覚えていてくれたのか。
「孤の血は、きっと、俺にはどんなものより至高なんだ。理性が薄れて、血を吸うことに徹してしまうかもしれない。孤を食材のように扱ってしまうかもしれない」
「エニシは、俺がエニシを軽蔑すると思ってる?」
「ああ。それだけじゃない。孤自身が自分をそう扱われることで、トラウマを持つかもしれない」
「心配してくれているんだ、俺のこと」
 エニシは自嘲気味に笑った。
「そんな高尚な思いじゃないよ、こんなの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

メテオライト

渡里あずま
BL
魔物討伐の為に訪れた森で、アルバは空から落下してきた黒髪の少年・遊星(ゆうせい)を受け止める。 異世界からの転生者だという彼との出会いが、強くなることだけを求めていたアルバに変化を与えていく。 ※重複投稿作品※

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

転生者・俺のお見合い(♂)珍道中

深山恐竜
BL
 俺は転生者だ。  どうやって転生したのかはまったくわからない。気が付いたらこの世界でぽけーっと天井を見上げていた。  そんな俺は精霊に誘拐され、精霊の息子として育てられることに。  精霊は他の種族とお見合いをして嫁ぐ習性をもっているらしいが……日本人としての記憶がある俺は断固反対! 「だって、見合い相手って、みんな雄じゃん!!」  父は怒る。 「精霊はか弱い種族なんだよ!? 強い雄と番になって守ってもらわないと……!」  果たして俺は無事に自由恋愛の権利を得られるのだろうか。 ※ムーンライトノベルズさまにも掲載中です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・毎日更新。投稿時間を朝と夜にします。どうぞ最後までよろしくお願いします。 ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・第12回BL大賞にエントリーしました。攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

処理中です...