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30-1〈現在・孤視点〉
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縁に案内された部屋は、地下の一室だった。
簡易なベッドの他は書物と機械の部品が金属の入れ物に入っている。縁は積み重なった書物の上に人工の光りを放つランタンを置き、孤が寝入るまで話し相手になってくれた。
だから、ドアが開くまで、眠っていたのだと思う。
エニシはそっとドアを閉めると、孤が空けていたスペースへ入るため、シーツを持ち上げた。
うとうとしていて、声をかけるタイミングを逃し、後悔していた。
心臓が苦しいくらいに、早く脈を打っている。
どうしよう。今からでも、おかえりって言おうか。
迷っている間に、ベッドがエニシの全体重を支えてしまう。
後ろから抱きしめられ、息を止めた。
エニシは小さく笑い、孤の首筋に額を触れさせた。
「ただいま」
動きたいのに、緊張して動けない。
抱擁が解ける。
物足りなさと心細さに瞼を上げたなら、そっと仰向けにさせられた。
ランタンの明かりに照らされたエニシと目が合い、体が熱くなる。
エニシの両手が自分の顔を囲っている。お互いの距離は彼の腕の長さだ。
心臓の音が聞こえる。恥ずかしい。
誤魔化したいのに、エニシから目を逸らすことができない。
「眠れた?」
なんとか首を縦に振る。
「起こしてしまったんだな。ごめん」
自身を責めるようなエニシの表情に、孤はハッと上半身を起こし、エニシの額に自分の額をぶつけてしまった。
二人でそれぞれ痛みを耐える。
「ごめん」
顔を上げると、俯いているエニシが見えた。
ふるふると体が震えている。
打ち所が悪かった?
「大丈夫?」
エニシの肩に手を触れようとし、突然、笑い声が部屋に満ちて面食らった。
エニシは腹をかかえて笑うと、深呼吸をし、孤に笑顔を向けた。
「緊張がどこかへ行ってしまった」
「緊張していたの?」
エニシはベッドボードに背を預けながら、孤に手を伸ばした。
横に並んだなら、静かに微笑まれた。
「見えないか? 俺は、孤と旅をしてから、今まで気づかなかった自分に気づかされ続けている。過去の俺なら、しなかっただろうことをして、抱かなかっただろう感情を抱いて。ずっと、気を張っている。俺の行いに間違いはないか。自分の言動を何度も反芻して。けど、答えは俺の中にはないんだ。それが怖い」
目を伏せたエニシは、しかし、笑んでいた。意識しているのかしていないのか、孤には分からないが、その笑みが、エニシの心の砦なのだと思った。
「孤を不安にさせたのも、俺の言動に欠陥があったからだろ?」
話の矛先が変わったことに、孤は口元を引き締めた。
「四時間後には夜明けだ。時間は足りないだろうが、少しでも話そう。俺の何を知りたい?」
直球を正面から受けるのには、まだ慣れていなかった。
自分の知りたいことは、それこそエニシの中にしか答えがない。エニシの砦の奥へ自分を案内しろと言っているに等しい。
俺に、そんな権利はない。
でも、エニシは歩みよろうとしてくれている。だから。
「すべてが知りたい」
エニシは怒るでも笑うでもなく、孤を見つめた。
「エニシが話したいとき、話して欲しい。以前、どう思っていたのか、今、どう思っているのか。俺はエニシのことなら、何でも聴きたい」
「俺が話したなら、それは孤にどんな作用をもたらす?」
きょとんとする。エニシはこちらからの返答を待つつもりらしい。
「エニシを、もっと近くに感じることができるようになると思う」
「近づき過ぎると、それは孤と俺じゃなく、一つの存在になってしまう。孤は、俺とそうなりたいのか?」
孤は黙った。今、情報を吸い取られようとしているのは、エニシだけではなく、孤もそうなのだと気づいたからだ。エニシは、立て続けに質問することで、あらゆる角度から孤の心を見破ろうとしている。
「完全に一つになろうっていうんじゃない」
エニシの手に自分の手を重ねた。
「境界はあった方がいいな。だって、こうやって触れられなくなる」
エニシが手を握りしめてくれる。
「俺も、孤には孤でいて欲しい」
「うん」
笑むと、相手は、ほっとしたようだった。その口がもごっと動き、彼は眉を歪めた。
「血の供給だが」
覚えていてくれたのか。
「孤の血は、きっと、俺にはどんなものより至高なんだ。理性が薄れて、血を吸うことに徹してしまうかもしれない。孤を食材のように扱ってしまうかもしれない」
「エニシは、俺がエニシを軽蔑すると思ってる?」
「ああ。それだけじゃない。孤自身が自分をそう扱われることで、トラウマを持つかもしれない」
「心配してくれているんだ、俺のこと」
エニシは自嘲気味に笑った。
「そんな高尚な思いじゃないよ、こんなの」
簡易なベッドの他は書物と機械の部品が金属の入れ物に入っている。縁は積み重なった書物の上に人工の光りを放つランタンを置き、孤が寝入るまで話し相手になってくれた。
だから、ドアが開くまで、眠っていたのだと思う。
エニシはそっとドアを閉めると、孤が空けていたスペースへ入るため、シーツを持ち上げた。
うとうとしていて、声をかけるタイミングを逃し、後悔していた。
心臓が苦しいくらいに、早く脈を打っている。
どうしよう。今からでも、おかえりって言おうか。
迷っている間に、ベッドがエニシの全体重を支えてしまう。
後ろから抱きしめられ、息を止めた。
エニシは小さく笑い、孤の首筋に額を触れさせた。
「ただいま」
動きたいのに、緊張して動けない。
抱擁が解ける。
物足りなさと心細さに瞼を上げたなら、そっと仰向けにさせられた。
ランタンの明かりに照らされたエニシと目が合い、体が熱くなる。
エニシの両手が自分の顔を囲っている。お互いの距離は彼の腕の長さだ。
心臓の音が聞こえる。恥ずかしい。
誤魔化したいのに、エニシから目を逸らすことができない。
「眠れた?」
なんとか首を縦に振る。
「起こしてしまったんだな。ごめん」
自身を責めるようなエニシの表情に、孤はハッと上半身を起こし、エニシの額に自分の額をぶつけてしまった。
二人でそれぞれ痛みを耐える。
「ごめん」
顔を上げると、俯いているエニシが見えた。
ふるふると体が震えている。
打ち所が悪かった?
「大丈夫?」
エニシの肩に手を触れようとし、突然、笑い声が部屋に満ちて面食らった。
エニシは腹をかかえて笑うと、深呼吸をし、孤に笑顔を向けた。
「緊張がどこかへ行ってしまった」
「緊張していたの?」
エニシはベッドボードに背を預けながら、孤に手を伸ばした。
横に並んだなら、静かに微笑まれた。
「見えないか? 俺は、孤と旅をしてから、今まで気づかなかった自分に気づかされ続けている。過去の俺なら、しなかっただろうことをして、抱かなかっただろう感情を抱いて。ずっと、気を張っている。俺の行いに間違いはないか。自分の言動を何度も反芻して。けど、答えは俺の中にはないんだ。それが怖い」
目を伏せたエニシは、しかし、笑んでいた。意識しているのかしていないのか、孤には分からないが、その笑みが、エニシの心の砦なのだと思った。
「孤を不安にさせたのも、俺の言動に欠陥があったからだろ?」
話の矛先が変わったことに、孤は口元を引き締めた。
「四時間後には夜明けだ。時間は足りないだろうが、少しでも話そう。俺の何を知りたい?」
直球を正面から受けるのには、まだ慣れていなかった。
自分の知りたいことは、それこそエニシの中にしか答えがない。エニシの砦の奥へ自分を案内しろと言っているに等しい。
俺に、そんな権利はない。
でも、エニシは歩みよろうとしてくれている。だから。
「すべてが知りたい」
エニシは怒るでも笑うでもなく、孤を見つめた。
「エニシが話したいとき、話して欲しい。以前、どう思っていたのか、今、どう思っているのか。俺はエニシのことなら、何でも聴きたい」
「俺が話したなら、それは孤にどんな作用をもたらす?」
きょとんとする。エニシはこちらからの返答を待つつもりらしい。
「エニシを、もっと近くに感じることができるようになると思う」
「近づき過ぎると、それは孤と俺じゃなく、一つの存在になってしまう。孤は、俺とそうなりたいのか?」
孤は黙った。今、情報を吸い取られようとしているのは、エニシだけではなく、孤もそうなのだと気づいたからだ。エニシは、立て続けに質問することで、あらゆる角度から孤の心を見破ろうとしている。
「完全に一つになろうっていうんじゃない」
エニシの手に自分の手を重ねた。
「境界はあった方がいいな。だって、こうやって触れられなくなる」
エニシが手を握りしめてくれる。
「俺も、孤には孤でいて欲しい」
「うん」
笑むと、相手は、ほっとしたようだった。その口がもごっと動き、彼は眉を歪めた。
「血の供給だが」
覚えていてくれたのか。
「孤の血は、きっと、俺にはどんなものより至高なんだ。理性が薄れて、血を吸うことに徹してしまうかもしれない。孤を食材のように扱ってしまうかもしれない」
「エニシは、俺がエニシを軽蔑すると思ってる?」
「ああ。それだけじゃない。孤自身が自分をそう扱われることで、トラウマを持つかもしれない」
「心配してくれているんだ、俺のこと」
エニシは自嘲気味に笑った。
「そんな高尚な思いじゃないよ、こんなの」
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