孤塁の縁 第二章 ~死装束の少年~

上野たすく

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18〈現在・縁視点〉

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 エニシが孤たちの所へ行ってから、数時間が経った。
 縁は地下の一室で、アリサを見つめていた。
 エニシの血液を得た彼女は、顔色も戻り、呼吸も安定している。
 代わりに、エニシは苦しげだった。
 平静を装おうとしていたのも、気にかかる。
 エニシが口にした、主従契約を結ぶデメリットは、アリサに対するものだった。
 では、エニシのデメリットは、何だ?
 アリサへのデメリットを知っていたのは、どこかで学んだからだろう。縁も、エニシを知ろうとし、特異体質者の文献は網羅したはずだ。網羅といっても、文献は数えるほどしかない。それも、詳細なことは書かれていなかった。主従関係について、眷属となる者の記憶が、主に贈呈されるとの記載はなかった。
 縁が手にできなかった文献を、エニシは得ることができ、読めたのだろうか?
 彼が生まれた時から一緒にいるわけではないから、否定はできない。
 だが、もし、エニシが主従関係の見返りを知ったのが、文献でなかったとするなら、彼はそれを体験で得たことになる。エニシが縁と出会う前か、出会っていたとしても、縁が認識しない場所で、彼は誰かと契約を結んだのだ。その時は、デメリットなど予期していなかっただろう。
 そこまで考えを巡らし、縁は、はたと気づいた。
 何もなく、エニシが主従関係を結ぶとは考えにくい。となれば、相手側がアリサのように生きるか死ぬかの瀬戸際であった可能性が高い。そうであれば、エニシは相手に生きて欲しくて契約をしたのだ。
 眷属となれば、主であるエニシの血が必要だ。しかし、縁はエニシが誰かに血を分けているところを見たことがない。何度も死の淵を経験した彼が、一度も、自分の眷属について話さないのも、理が通らないとも思った。
 エニシの眷属はアリサだけだと言うことか?
 深く考えようとしたとき、アリサが瞼を押し上げた。
 彼女は縁を目にしたまま、動こうとしない。
 縁は相手を安心させようと微笑んだ。
「毒の影響はなくなりましたよ。起き上がれますか?」
 アリサは上半身を起こし、
「あいつは……?」
 と聞いてきた。
「エニシなら、リビングへ行きました」
「オーガストと話がしたい」
 彼女は願ってすぐ、血まみれの服に気づき、顔を歪めた。
 縁は部屋の奥から畳まれた衣類を取り、アリサへと差し出した。
「服、男ものですが、よかったら」
 アリサは警戒しながらも、受けとってくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 縁は笑顔を返し、アリサから少し離れて、背を向けた。
「女性が着替えるのに、申し訳ありませんが、あなたを一人にするわけにはいきません。振り返りはしないので、着替え終わったら、教えてください」
 アリサは無言で着替えだした。
 布が擦れる音がし、やがて止む。
「終わったわ」
 縁は彼女へと向きを変えた。
「リビングへ行きましょうか」
 アリサが頷いたので、縁は唇を伸ばし、部屋のドアを開けた。
 アリサを先に通し、縁自身が階段を先導する。
 リビングに入ると、オーガストとルイがこちらへと顔を向けてきた。
 エニシと孤の姿がない。
 周囲を確認し、オーガスト達に問おうとしたとき、出入り口のドアが開き、エニシと孤が現れた。
 エニシは縁の視線を受け流し、アリサに目をやった。
 アリサはエニシを見つめた。
「オーガストと話がしたい」
 エニシは小さく頷き、オーガストへと首を回した。
「席を外してもらえるか?」
「俺はそのつもりだが」
 エニシは問うように、ルイを窺った。
 ルイはオーガストに微笑んだ。
「話し合い……」
「ああ」
 オーガストの返事を聞き、ルイはエニシの元へと駆けた。
「一つ」
 エニシがオーガストとアリサを交互に目でとらえる。
「ここは、孤のための城だ。ふさわしくない行いをした場合、俺が断罪する。死をも、覚悟しろ」
 本気だ。
 縁はエニシの中で、孤が占める割合の大きさを知っている。
 直接、手をくださなくても、浮島から地上へ落とすことぐらい、容易くやるだろう。
 縁だって、孤を守ることを第一に考えている。
 だが、エニシの心も、同じように大切だ。
 人を殺すことで起こる影響は、計り知れない。
 エニシは自分で思うよりも、優しいのだ。
 彼の暴走を止めるのは、自分の役目だ。
 エニシにこちらの決意を悟られないよう、縁は肩の力を抜いた。
「念のため、お二人に、こちらを渡しておきます」
 キッチンの棚から、もちもちしたキノコのフィギュアを二体、手にする。
「命の危機を感じた場合、相手に投げつけてください。動きを封じられる他、僕達に連絡が届きます」
 アリサに渡す。
 彼女は惹きつけられたように、じっとキノコを見つめた。
 オーガストはキノコの造形には目もくれず、受けとると、テーブルにのせ、アリサを自分の前の席へと誘った。
「俺達は地下にいる」
 エニシが進むのに合わせ、孤が歩き、ルイが続いた。
 縁の傍に来たとき、かすかに酸っぱい匂いがした。
 人間の体液の匂いだ。
 思考をまとめようとエニシを見、「なんだ」と不機嫌な一言を食らうはめになった。
「体調は大丈夫なんですか?」
「なんのことだ?」
 その声は、踏み込まれたくないと、言っていた。
「いえ……」
 機械の心臓が痛む。
 さっさと地下へおりるエニシをルイが追った。
 孤がこちらを労る笑みを浮かべた。
「エニシが無理しないよう、俺達が気にしていよう」
 彼の意見に頷いた。
「それはそうと、あのキノコ、かわいいね」
 孤の口調が明るいものに変化する。場を和まそうとしてくれたのだろう。
 アリサの視線がチラリとこちらへ来る。
 縁は微笑み、あくまで孤に話しかけるよう、言葉を綴った。
「既存のキャラクターを模したのではなく、デザインしたの、エニシなんだ。ああ見えて、かわいいのが好きなんだ、エニシ。ここだけの話だけどね」
 縁が人差し指を唇につけると、孤は小さく笑った。
 アリサは呆けていた。
 縁は息をつき、苦笑した。
「心がないから冷徹な人がいるのであるなら、心があるから元の気質を隠して冷徹になれる人だっているのではないでしょうか?」 
 オーガストが目を合せてきた。
「僕はここをエニシと孤の城だと思っています。その続きは」
 ニコリと笑ってみせる。
「言わなくても、伝わりますよね?」
「まったく。過保護な城だな」
 オーガストが口角を上げる。
「嫌いじゃない」
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