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15-2〈現在・縁視点〉

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 エニシは、ルイとアリサの前に、孤を挟んで縁と腰かけると、腕を組み、背もたれに凭れた。
「先に言っておくが、俺が自らすすんで手を貸すのは、ここまでだ。孤をさらわれた時点で、かなり頭に血がのぼっている」
「ごめんなさい」
 ルイが頭を垂れる。
「ああ、お前はそうやって、ここに来るまでにも、謝った。だが、加害者が謝ることと、被害を被った側が許すことは、別だ」
「エニシ、ごめん。俺は逃げられたのに、逃げようとしなかった。ルイが許されないなら、心配をかけ続けた俺も同罪だ」
 孤はエニシの腕を掴んで、自分の非を訴えた。
 エニシは瞳に力を入れたまま、孤を見つめた。
「浮島はお前のために作った。他の奴が入ってくることに、嫌悪感がある。俺は良い奴じゃない。人を憎み、目的のためなら、殺すこともできるだろう」
「エニシはそんなこと、しない」
 孤が首を横に振る。
 エニシはそんな彼に微笑んだ。
「ああ。孤が幸せでいてくれる限り、しないだろうな。孤が安全な場所にいて、笑って暮らせているなら、俺はやさしい俺でいられる。俺だけじゃ、他人事だって切り捨てていたことも、孤がいるから、関わる気になるだろうし、必要であれば、浮島にも連れてくるだろう」
 孤は震える唇を、ギュッと横に引いた。
 泣くことを耐えているようだった。
「人にはスイッチがあると思っている。本来の自分ではない自分になるスイッチだ。きっかけや理由とでも言えばいいか? 俺のスイッチはお前だ、孤」
「それは……責任重大だな」
 孤が眉を下げる。
「さて」
 エニシはしばらく孤を見つめてから、アリサへと視線を移した。
「あんたのスイッチは、なんだ? アリサ・ダラク」
「ダラク……」
 ルイがアリサへと首を曲げる。
 ルイの仕草に、アリサは顔色を変えた。
「いきなり何を言うんですか?」
「俺は、つい最近まで、とある所に、半ば閉じ込められていた。暇をしていると思った、どこぞの軍隊長が何冊かの書物を置いていった。その内の何冊かに、ダラクの記載があった」
 縁はジルが多くの書物をエニシに与えていたことを、思い出した。
 アリサが冷たい目で、エニシをとらえる。
「ダラクでは、一夫多妻制が認められている。だが、正妻は一人だ。世継ぎ以外の子どもは、外に出て、ダラクのために動くよう指示されるそうだな。自分の子であるかどうか判断するため、国を出る際、ダラクでのみ産出されるダラクナイトを与えられていると書いてあった」
 アリサが勝ち誇ったように微笑む。
「そう。残念ね。私はそんなもの、持っていないわ。持っているのは」
「僕です」
 ルイが首にかけている銀色のネックレスチェーンに繋がった、空色の宝石を握りしめる。
「それをいつから持っている?」
 エニシは表情を変えずに問うた。
「渡されたのは、十を超えた辺りだと思う。でも、景虎は、僕が生まれた時から持っていたと言っていた」
 では、その宝石の所有者はルイであり、ルイがダラクの王の子どもである可能性が高い。
 だが、エニシは揺るがなかった。
「ダラクナイトは市場に出回っている。俺も持っている。硬度が高くて金属を削るのに、持ってこいだからな」
 縁は青色の刃を頭に浮かべた。
「その石が、王から与えられたものかどうか、与えられたものであったとして、ルイが石の所有者かどうかは、ある言葉を石に聴かせなければ、わからない。試しに、石を握りしめながら言ってみてくれ」
 エニシは息を吸い込むと、縁の知らない国の言葉を口にした。
 ルイがエニシの言葉を石へ伝える。
 が、何も起こらなかった。
「これで、その石の所有者が、ルイでないことは証明された。市販されている、ただのダラクナイトの可能性もあるが、あんたはどうかな?」
 アリサはルイからダラクナイトを受けとり、呪文のような言葉を並べた。
 宝石は光らない。
「これで私も所有者ではないってことね」
 エニシは無表情で指を鳴らした。
 部屋の明かりが消える。
 突然の暗闇に、誰もが気を取られた。
「厳密に言えば、王が渡すダラクナイトは、鉱石じゃない。毒殺を免れるため、あまたの毒を服用した、王の血液を加工した爆弾だ」
 暗闇に、青が仄かに光る。
 その青はアリサの腹部から滲み出していた。
 アリサは腹部を両腕で隠した。
 エニシが指を鳴らし、明かりを灯す。
「俺は仲間からの報告を待っている間、偵察ロボットを大量に作って、放った」
 エニシがこちらをチラリと見る。
 縁が聞きたかった話を始めるようだった。
「精密なものじゃないから、どこへ行くのか、俺が命令することはできないが、そのおかげで、あんたのことを知れた」
 アリサの表情から親しみやすさが失われる。
「あんたは今も、ダラクへ情報を送っているな。主に、ブロサムの内偵だ。それがブロサム側にバレた。オーガストが俺達と接触したことで、ソロの連中が城へ報告をし、あんたを監視していたそうだ。城の奴らは、外から入ってきたあんたを、端っから信用していないようだったぞ。オーガストのこともな。城内じゃ、あんたとオーガストが恋人同士だという噂もたっていた。あんたは自分が監視されていることに気づいていたな。いつ、家に踏み込まれるか知れない。そう思ったから、あんたは自分とダラクの繋がりの証拠を消すために、自分の家を燃やした」
 アリサがなぜか緊張をとく。
 エニシはその変化を当たり前のように受け入れた。
「ええ。そうね。否定しないわ」
 彼女が言い終えてすぐ、孤の部屋のドアが開いた。
 オーガストは、すがるような眼差しを、アリサへ向けていた。
「嘘だ……」
 その言葉に、アリサが震えた。
「……イ ル ア ミラ」
 彼女の唇が小さく動く。
 テーブルが揺れたかと思うと、エニシがアリサへと飛びついた。
 アリサが血を拭き、仰向けに倒れる。
 カップが倒れ、紅茶が零れた。
 エニシはアリサの腹部に、縁が渡した解毒剤が入った注射器の針を刺した。
 液を注入し終え、針を抜き、アリサの顔を横向きして気道を確保させるため、血を吐き出させる。
「縁、あとを頼めるか?」
 聞かれて、データを検索した。
 薬物が体内で破裂した場合の処置方法など、ない。
 検索エラーだ。
 だが、自分が動かなければ、彼女の生存率は上がらない。
 類似した処置方法をヒットさせ、エニシに頷いた。
「俺も、サポートに入る」
 エニシは言うと、孤を見た。
「孤のベッドのシーツを借りても良いか? 彼女をできるだけ、同じ体勢のまま運びたい」
「わかった。待ってて」
 孤は呆然と立ち尽くすオーガストの傍を、気にしながらも走り抜けた。
 エニシは、孤が自室へ入ったことを確認すると、スッと目を細め、オーガストを捉えた。
「どうして欲しい? 今なら、確実に殺せるぞ」
 オーガストは及び腰になった。
「孤が来る前に言え」
「あ……」
 青年は唇をわななかせた。
「俺は」
「エニシ!」
 孤がシーツを手に戻ってきた。
 オーガストは口をつぐみ、「時間切れだ」とエニシが言った。
「え……。あ、俺、間に合わなかった……?」
 孤が混乱と不安を露わにし、立ち尽くす。
 エニシの言葉を、アリサの死と結びつけたのだろう。
 それに気づいたエニシは、孤に甘く微笑んだ。
「大丈夫だ。まだ生きている」
 ほっと息をついたのは孤だけだ。
 ルイも、オーガストも、エニシの変わりように戸惑いすら見せている。
 エニシはオーガスト達の視線をもろともせず、孤とシーツを広げ、アリサをそこに横たわらせた。
「オーガストとルイのこと、引き受けてくれるか?」
 エニシからの控えめなお願いに、孤は強く頷いた。
「縁」と呼ばれ、エニシへと首を曲げる。
「俺が頭の方を持つ。お前は足の方を持ってくれ。地下へ運ぶ」
 指示通りに、アリサの足下のシーツを握りしめる。
 エニシと同時に持ち上げ、地下室へのドアへと歩を進めた。
 孤がサッと走って、ドアを開けてくれる。
 エニシと礼を言う声が重なった。
 背後で気配が動く。
 振り返ると、オーガストの複雑な眼差しとぶつかった。
 エニシが無表情で、青年を見る。
 オーガストは苦しげに瞼を閉じた。
「助けてくれ」
 みんな、オーガストの声を聞いていた。
「大切な人なんだ」
 エニシはオーガストを見るには見たが、頷くことなく、地下への階段へと歩き出した。
 時間切れだから、返答しないということか?
 縁は三人を安心させるためにも、笑顔で声を張り上げた。
「できる限りのことをさせてもらいます」
「俺は縁のサポートに集中する」
 エニシが背後を確認しながら口を開く。
「未来は分からん。だが、それだけは約束してやる」
 オーガストが目を見開く。
 その変化に呆けていると、エニシに名前を呼ばれた。
「行くぞ」
 首肯し、地下へと下った。
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