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7〈現在 孤視点〉

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 亜麻色の髪の青年は孤を横抱きにすると、木から木へと軽やかに飛び移りながら進んだ。そびえ立つ城が美しい、大きな町へと着く。
 青年は門から離れた場所で、孤を下ろし、首から何かを外すと、孤に握らせた。装束で見えなかったようだが、それは綺麗な空色の宝石だった。銀色のネックレスチェーンに、繋ぎとめられている。
「お使いを頼まれてくれないか? これを売って、服を一式、買ってきて欲しい」
 孤は高価なジュエリーと青年を見比べた。
「どうして、自分で行かないんですか?」
 青年は微笑み、孤の手を両手で包み込んだ。
「死装束の人間が、血をつけて歩いていたら、尋問の的だ」
「俺は、これを持ったまま、逃げるかもしれませんよ」
 心にもないことだった。
「孤は逃げないよ」
「昨日今日で、そこまで信用できるものですか?」
 青年は孤の首筋を、指の関節で撫でた。
「孤はそうかもしれないけど、僕は違う。孤がエニシという男のクローンであることも、知っている」
 孤は驚き、身を固くした。
「エニシも、特異体質者なんだね。僕と違って、彼は天然だ」
「どうやって、知ったんですか?」
 水色と黄色の瞳が、孤の首筋を見る。
「人の力で特異体質者になったから、生まれつきの人には現れない歪みを、得てしまったのかもしれないね」
「俺の……血から?」
 青年は苦笑いをした。
「僕の意思とは関係ない。知ろうとしなくても、知ってしまうから。だとしても、気持ちが良いものじゃないよね。ごめんね。でも、心配しないで。孤からの情報を悪用したりはしない。約束するよ」
 青年が笑う。
 また、あの他人事のような、近い未来、そこに自分が存在していないことが確定しているような物言いで。
 このジュエリーだって、大切なものかもしれないのに。簡単に手放してしまうの?
 唇を噛みしめた。
 青年の言葉がどこまで真実を語っているのか、わからない。
 だけど、彼は今、孤の前で生き、微笑んでいる。
 孤はジュエリーを握りしめ、青年の胸に押し返した。
「服は俺が金を出して、買ってくる」
「僕のなんだから、僕が払わないと」
「あとでお願いします!」
 青年が目を見開く。
「今は貸すだけです。お金ができたら、後で返してください。生きた、あなたの手で」
 水色と黄色の瞳が揺れる。
 孤は相手から返事が来る前に、町へと駆けた。
 城下街は、肌の色も髪の色も、さまざまな人々が商売をし、また、行き交っていた。
 人々の表情は明るく、居心地が悪かった。
 ここには、お前の居場所がない、と言われているようで。
 孤は素早く、服を購入し、さっさと町から去ろうとした。
 そんな気持ちを裏切るように、服屋の男性が金と衣服を交換する際、話しかけてきた。
「旅の人ですか?」
 孤はぎこちなく、肯定した。
「ここには、贖罪の池があります。ぜひ、旅の疲れを癒していってください」
「贖罪の、池ですか?」
 聞き返すと、男性は微笑みを強くした。
「はい。森の中、案内標識に沿って行けば、着きますよ。よかったら、地図をお渡ししましょうか?」
 半ば、強引に渡された紙を、孤は手早く折り、懐へ入れた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ここの名所ですからね。堪能していただきたいんですよ」
 男性はにこにこと笑った。
「運が良ければ、池が赤く染まりますが、恐れる必要はありません。それこそが、贖罪の池と呼ばれる由縁。一人の悪事を働いた者が、その血をもってして、人々に謝罪を乞うていると信じられています。触れれば、傷や病が治る、知る人ぞ知るスポットなんです」
 生返事をしたが、男性は嬉々として話し続ける。
「旅の人はご存知でしょうか? 数年前、この辺りは隣国と戦争をし、大きな犠牲を払いました。贖罪の池の伝説は、その戦争が題材になっています。伝説にはこうあります。休戦協定を結んだあと、我らの王は、首謀者を捕らえ、城の牢に幽閉した、と。王は首謀者に罰を与えました。多くの血を流させた首謀者に、食事は贅沢であり、不必要。多くの罪なき人々を騙し、苦しめた言葉を出す声は、悪でしかない。ましてや、助けを求めるなど、傲慢にも程がある」
 男性は喉を切るように、指で線を引いた。
 孤はゾッとし、僅かに後退った。
 首謀者は絶食させられたうえに、喉を傷つけられたのか。
 男性は誇らしげに、首謀者への暴行を語る。
 おぞましい罰に、首謀者は、いつしか、両目が見えなくなり、聴覚もなくしてしまう。
 なんという逃げだろう。それでは、傷つけられ、騙された罪なき人々の心は収まらない。首謀者は、苦痛と恐怖と絶望を、その目で見る義務がある。
 一人の騎士が、首謀者へ自分の眼球を移植する提案をし、医療都市の技術をもってして、首謀者の眼球を切除し、騎士の眼球をはめ込んで視力を回復させた。
 これで、また、罪なき人々の苦しみを、首謀者に教えることができる。
 だが、首謀者は、回復した視力で、世界を認識し、手術の経過観察に来た医療従事者の間を縫って、逃げてしまった。
 騎士も同行していたが、運悪く、眼球を提供した騎士だったらしく、彼は痛みに気を取られたらしかった。
「いやあ、痛恨のミスですよね。これからだっていうのに」
 男性は、さも残念そうに言った。
 孤は相づちも打てない。
 男性は一息つき、また、口を開いた。
「首謀者は森へ逃げ込み、空腹からか、雪の涙を食べたようで」
「雪の涙……?」
「ああ。白色の小さな花です。毒性があるので、まっとうな人間なら食べません」
 孤はグッと奥歯を噛んだ。
「首謀者は世間知らずなんですね。いくら腹が減っていたからって、自ら死を選ぶのですから。まったく、神からいただいた命だというのに、罰当たりな」
 男性が憂鬱な溜息を漏らす。
「しかし、神は寛大な心で、愚かな首謀者にすら、慈悲をお与えになった」
 孤は眉根を寄せた。
 男性は、にやりと得意げに口角を上げた。
「首謀者が森の池に入ったとき、そいつの心の臓に天の刃を突き刺したのです。首謀者の血に染まった水は、人々の傷や病を完治させました。神は罪深い首謀者にも、最期に産まれた意味をお与えになったのです」
 男性が恍惚な表情をする。
「これが、贖罪の池の伝説です」
 笑顔の男性に頭を下げ、孤は沈んだ気持ちで店を後にした。
 青年と別れた場所まで戻ると、声をかけられた。
 あの、ほっとするような綺麗な声だ。
 青年は孤の手にある衣服を見て、微笑んだ。
「ありがとう」
 暗く重たい気持ちを、慰めてくれるような響きに、俯いた。
「どうしたの? 仲間のところへ早く帰りたい? 当たり前か。孤は愛されている……。約束は守るよ。でも、もう少しだけ、僕に時間を与えて欲しい」
「町で、贖罪の池について聞きました」
 青年が首を傾げる。
「食材の池? 食べ物が出てくるのかな?」
「え?! いえ、そうじゃなくて」
 意表を突かれ、重たい気持ちが吹き飛ぶ。
 青年の水色と黄色の瞳が優しく、孤の次の言葉を待っている。
 彼に、贖罪の池がなんたるかを、伝える気にはなれなかった。
「いえ、はい。そうなんです。望んだ食材が飛び出してくる、不思議な池があるみたいですよ」
 青年は孤をじっと見つめてから、唇を伸ばした。
「素敵な池だね。飢餓で苦しむ人がいなくなる」
 孤は小さく頷き、衣服を青年に手渡した。
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