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青色魚

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第一章・破『明かされる真実』

第一章15『再会と答え合わせ』

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 翔のいる部屋──病室と呼ぶのがいいだろうか──に入ってきたのは、松つんこと松本友也。元の世界、二十五年前の「地球」で翔が友人であったその男であった。

 四半世紀たった今でも、その顔から見て取れる気さくさや人懐っこさは変わらずだった。しかし、二十五年前でも翔は彼に身長で負けていたのに、見ると更に育ったようで、本格的にチビ助と見られてしまいそうである。

 ふと、松つんが口を開いた。

「山といえば」

 その言葉に、翔は少し考え込み、そしてそれを思い出した。

「…大礼山(たいれいさん)」

「川といえば」

「大丼川(おおどんがわ)」

「ゴリラといえば?」

「古典の畑田先生」

「俺らの人生」

「くそったれ」

「おお! やっぱり翔か!」

「その合言葉まだ覚えてやがったのかよ…。つーか、こんな合言葉で確認される友情ってなんなんだろうな」

 そのやり取りを終えると、松つんは翔に駆け寄り、肩を回してきた。会うのは二十五年ぶりだというのに、こんなに打ち解ける辺り松つんの人当たりの良さは流石である。笑うと少し子供のように見えるその特徴も変わらずだった。

「『時を超えるのが、友情だろ』ってドラ○もんでも言ってたろ?」

「なんじゃそりゃ」

「それにそれを言うならお前もだろ。
 二十五年間もよく覚えてたな」

「…いや、俺にとっては『二十五年』じゃなくて『一週間』位なんだよなぁ…」

 目の前の男が翔と会うのは確かに『二十五年』ぶりかもしれないのだが、翔はたったの『一週間』ぶりなのである。ちょっとしたゴールデンウイークを挟んだ形になるが、それでもその日々が濃密であったため翔も松つんを久しく思う。

 と、その時、咳払いが一つ。

「……話を続けてよろしいですか?カケル様、トモヤ様」

「……はい」

 やはりこの女はおっかない、と思いながらフィルヒナーを見るが、そんな視線は気にせず彼女は業務モードに移っていた。

「……さて。まずは翔様から何があったのかを知る権利がありそうですね。事情を知らなかったとは言え、私達はあなたに色々とひどい仕打ちをしてしまいましたから」

「……いや、あの牢屋の中も外の猛吹雪に比べりゃマシだったよ。
 けど、お言葉に甘えて先に色々と聞かせてもらう」

 ようやくこの世界のことが色々と分かりそうだ。軽口を叩きながらも翔は質問事項を頭の中でまとめ、固め、口に出す。

「……まず、俺が牢屋に入ってた時にした三つの質問の答えは、どれも本当のことなんだよな?」

「はい。ここは確かに地球で、今は西暦二〇四一年です。この吹雪の原因に関しては『氷の女王』の乗った隕石の飛来。ここまでは間違いがありません」

「……だとしたら一つ聞きたいんだが」

 翔は兼ねてからのその疑問を口にする。

「……俺の相棒、フィーリニっていうんだが、あいつの存在だったり、あと外を平然と歩いてたあのマンモスの存在が気がかりだ。あれらについて、詳しく教えてくれないか?」

 どれも元の世界からは考えられないことだ。ついでに『掴んだものを凍り付かせる人間』もそれに属したが、一度に多くを聞きすぎるのは良くないと思いやめた。

 フィルヒナーは少し間を置いて答えた。

「……見識としては、原因は『氷の女王』と共に飛来した隕石です。それらに含まれていた放射線が、生物達に作用し、そのような変化を遂げた、となっています」

 なるほど。論は通っているように思えるが

「……実際にそんなことあるのかね」

「確率は低いかもしれませんが、それしか有り得ないのです。なにしろ未曾有の天文現象でしたから。有識者達が生きていたら、ああでもない、こうでもないと議論を交わしていたでしょうね」

 「生きていたら」、という仮定の話ということは、そのような人は死んでしまった、ということだろうか。

「……また、その隕石に内蔵されていたガスのようなものが、地球の大気に拡散していった結果、人間は長時間屋外そとで活動が出来なくなりました」

 その時翔はかつて襲われた防護服のつけていたマスクや、翔が外に出ようとした時フィルヒナーが渡そうとした時渡したマスクの事を思い出す。その原因はこれであったのだ。 

「……ちなみに、そのガスって大体、マスクなしじゃどれくらい吸ったらやばいんだ?」

「個人差はありますが、マスクなしでは恐らく十分も経たずに動けなくなります。稀にいるそのガスに耐性のある人はもう少し動けたりもしますが、それでも一時間を超えると命の危険性が高まります」

 ──それは、あまりにもおかしいと思った。

 翔はマスクなど付けていないのに、一週間ほどこの世界に滞在している。それもこのような屋外に入ったのは昨日(?)が初めてだ。そのような長時間、何故翔はマスクなしで外を歩いていて平気だったのだ?何故ガスに耐えることが出来たのだ?

「……フィルヒナーさん。
 そのガスが全く効かない人って、聞いた事あります?」

 一縷の希望を持ってその疑問を口にする。しかし帰ってきたのは、残酷な答えだった。

「そのような症例は、『氷の女王』の他に聞いたことがありません」

 その答えは、ぴしりと翔の何かを凍らせた。

「……フィルヒナーさん、その流れで言いにくいんですけど、俺、それに次いで『耐性がある』人間みたいです」

 翔は苦々しくもそう告白する。一見すればそれは翔が『氷の女王』と同種であるということである。どんな疑いをかけられるか、どんな仕打ちをされるものか、分かったものではないが……

「その事については予想が付いていました。外であなたを救出した時、マスクなしでまだ生きていたことから普通の人間でないことは」

 ……その心配は杞憂に終わる。どうやら、『氷の女王』を追い払ったことで翔の信頼はしっかりと築かれているようだ。

「もっとも、あなたの正体に興味が無い訳では無いですが。その前に、こちらの情報をあらかたあなたに提示します。その上で私達のことを信頼できたら、その時に話してください」

「……随分信頼されているんだな」

「それは『氷の女王』を追い払ったことと、トモヤ様からお噂はかねがね聞いていますから」

 その事を聞いて驚いて松つんの方を見ると、ピースをしてニコリと笑った。どうやら本当に友情というのは時を超えるものらしい。感極まりそうになるが、その時フィルヒナーが再び話し出す。

「続けます。
 先程の放射線による変化は、実は動物だけにとどまらないのです。

 カケル様もご存知ありませんか? 触ったものを凍てつかせる、この力のことを」

 そう言いながらフィルヒナーが右手を顔の近くに上げると、その周囲の空気の温度が急激に下がっていき、そして小さな氷の塊ができた。

「我々はこの力を『凍気(フリーガス)』と呼んでいます。『氷の女王』がこの世に襲来してから人類が新たに得た力です」

 そうして出来た氷の塊は、翔が触ると確かに冷たかった。

「……なんかいよいよデタラメじみてきたな」

「まだ全員が使える訳でもないけどな。どれだけ使えるかも個人差があるし」

 そう松つんが付け足すが、それでも驚きは隠せない。あの防護服もその凍気(フリーガス)とやらを使えたのだろう。冷気を纏う能力。氷の大地ではみずからのみの助けにはならないが、対敵した場合厄介な力ではあるだろう。一度凍り付いてしまえば、この氷雪の大地の中でその氷が溶けることはない。その力があれば、またマンモス戦での立ち回りも変わっていただろう。

「……その凍気(フリーガス)って俺も使えんの?」

「おそらく使うことは出来るでしょうが、コツのようなものが掴めればの話ですね。凍気(フリーガス)が苦手な人もいますし」

 ということは翔も先程のような芸当がいつかできるようになるかもしれないということだ。夢が広がる事実だ。

「……それと、これは申し上げにくいことなのですが」

 と、フィルヒナーが前置きしてから、その事実を告げる。

「……『氷の女王』の降り立った地は日本の静岡県の辺り、ここがかろうじて爆心地に入っていなかったほどの地点です。その後『氷の女王』による冷気は日本全土に広がり、それだけではなく、日本の周囲の諸外国にも影響を及ぼしています。

 しかし、爆心地であるここ、日本の被害は計り知れません。なぜなら、恐らく、ここにいる人間が、今や日本の全人口に値するからです」

 その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。この場所にどれだけの人間が収容されているかは分からないが、一億二千万に遠く及ばないのは明らかであろう。

 それ以外の者はどうなったか。言うまでもない。『氷の女王』の襲来で命を失ったのだろう。改めて『氷の女王』が規格外の存在であると認識する。最早天災と言っても遜色がなさそうだ。

 翔は前にも言った通り友達が多かった方ではない。今隣にいる松つんを除けば、辛うじて「友達」と言える存在が二三、「知り合い」と言える存在が数える程だ。だからほとんどのクラスメイトなどに思い入れなどなく、きっとあのまま高校を卒業していたら、大学、就職と進んでいくうちに顔も名前も忘れていく。そんな存在なのだろうと思っていた。

 だが、今日本人の大多数が死んだというその知らせを聞いて、恐らく死んでしまったであろう大多数のクラスメイトに、悲しみに似た何かを感じずにはいられなかった。

「……案外俺も情が深いのかね」

 翔は自分のことをそんな漫画やアニメの主人公のような性格はしていないと思っていた。松つんのような親友でない限り、少し話しただけのほぼ「他人」が死んでも何も思わないと、そう思っていた。

「……翔」

 隣で松つんも苦々しい顔をする。

「……俺も今でも悲しいよ。クラスメイトだけじゃなくても先生も、近所のおばさんも、みんな死んじまったんだ」

 松つんは翔よりも社交性のある人間だ。当然見知った顔も、その人達に対する思い入れも大きかったのだろう。彼が涙を流したのも、仕方の無いことだ。

「……けどな、翔。お前が俺を助けてくれたから今の俺がいる。だから、クラスメイト達のことは……」

 と、そこまで聞いて翔は話を遮る。

「……松つん、何の話してるんだ?」

 翔は松つんに助けられた覚えこそあれど彼を助けた覚えなどない。すると松つんは、さても当然のようにこう答えた。

「何言ってんだ? 翔
 ?」

 その一言によって、翔はほどけかかっていた真実の糸がまた絡まったのを感じた。
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