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第一章・破『明かされる真実』
第一章13『氷の女王』
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「……さて、と」
かっこよく決めたはいいものの、翔は数分後、肝心の『氷の女王』の居場所が分からない、などといった状況に陥っていた。
「……てっきり接近中、何ていうものだから目視できる範囲にいるのかと」
さて弱った。これであの女、フィルヒナーのいる基地に戻ったらなんというか、会わす顔がない。あんなにカッコつけて、やっと度胸を認められた直後にそんなかっこ悪いことをしたら、あの氷点下の視線、いや、絶対零度の視線を浴びせられることになるだろう。
「……フィル、匂いで辿る、とか獣キャラ特有のアレ出来たりしない?」
隣のフィーリニにそう尋ねるも、こちらに見向きもしない。嫌われてしまったのだろうか。確かにフィルヒナーの相手やら何やらでフィーリニにはあまり構えていなかったが…
──なんて馬鹿なことを考えていたら、それが完全な見当はずれであったことに気付く。
フィーリニは睨みつけていたのだ。遥か遠くに見える、その敵を。
猛吹雪のせいでよく見えなかった。しかし確かにそこに、人形のシルエットが見えた。
それは圧倒的な「冷たさ」を持った存在
それはこの世界に吹雪をもたらした存在
「…『氷の女王』…!!」
遠くに見える、その敵に対して、翔もようやく警戒を向ける。
と、その時だった。
『カケル…』
声がした。頭の中で、もしくは心の中で。この吹雪の中では人の声など聞こえるはずもない。しかしその声は、鮮明に翔に届いた。
「……お前は……」
何度か夢で出くわした存在。この世界に来てから初めて翔の名を呼んだ存在。その正体が、遠くにいるそれであるのだとしたら。
「……俺の名前を、知っている……?」
一体何故? 翔は『氷の女王』が来襲する前に時間跳躍をし現在の世界に飛んできたのだ。『氷の女王』が翔の名を知っているはずがない。なのに、何故、何故、
「……考えるのは無駄だな」
今はそんなことはどうでもいい。どんな方法でもいいから、あの存在をここから遠ざけることが出来ればいいのだ。
「……まず、言葉が通じればいいんだがな」
遠くに見えたその存在に向かって歩きながら、翔は思案する。『氷の女王』を話し、この場所から離れるように説得出来たとしたらそれが一番簡単な方法かもしれない。もっとも、そんな交渉が通用する相手であるようには思えないが。
「……それでも、やってみないと分からない」
一つの手が通じないのならば十の手を、十の手が通じないのならば百の手を、百の手が通じないのならば千の手を。考え、実行していくしかないのだ。翔には何も特別な力がないのだから。
と、歩いていた翔だが、『氷の女王』に近付くにつれ、違和感に気付いた。
「……寒、すぎる」
この世界に冬をもたらした存在、そんなことは知っていた。しかし、その身にまとった冷気が、ここまでのものであるとは思わなかった。まだ相手は地平線の遠さにいる。それなのに、この冷気は…
「……想像していた以上に、やばいかもな」
これでは言葉を交わす前に凍り付いて死んでしまいそうである。この距離で語りかけるのにも無理があるだろう。よりにもよってその場は猛吹雪である。隣を歩くフィーリニの足音も聞こえず、ふと隣を見たらフィーリニが消えていてもおかしくはない。
「……いや、むしろあいつがいるから猛吹雪なのか?」
あの『氷の女王』がいるから猛吹雪であるのかもしれない。存在するだけでこれだけの冷気を発し、猛吹雪を起こすなど、確かに迷惑極まりない存在だ。そして同時に、とても強大な、人の太刀打ちできると思えないほどの力だ。
「……そんな存在を、どうやって追い払うってんだ」
たった数分前に決意したというのに、もう弱音を吐いてしまいそうになる。それでも翔は歩みを止めない。寒さが増すにつれ、『氷の女王』との距離も縮まってきている。
「……負けて、たまるかよ」
それだけを呟きながら、一歩、また一歩と踏み出していく。僅かに『氷の女王』との距離が縮まるだけで、まるで冷水をぶっかけられたかのような寒さを覚える。気が遠くなる。このままでは本当に凍死してしまいそうだ。しかし歩みを止めない。この冷たい運命に、何があっても抗ってやると決めたのだから。
と、その時異変が起こった。突然氷を纏った強風が、翔に吹き散らしたのだ。
「がっ……!?」
たまらず翔はその場に倒れる。なけなしの気力を振り絞って立ち上がると、翔の目にその驚愕の光景が映った。
「……近付いてきてる……?」
氷の女王は確かに翔に近付いてきている。その距離が一歩縮まるだけで、翔の意識が遠のく。その「寒さ」の原因から近付いているということの威力は、思いの外大きいようだ。
「……あ、これ、や、ば……」
距離を取ろうにも手足の感覚が遠く、力が入らない。その間にも『氷の女王』は一歩、また一歩と翔との距離を縮めてきている。このままでは、翔を待ち受けている運命は死、やはりそれだけである。
「……ああああああああ!」
──諦めてたまるか!
翔は自らの力を振り絞り、その腰に入れておいた、唯一の武器に手をかける。
その警棒のスイッチを入れると同時に、ピッ、という電子音が鳴り響く。この猛吹雪の中でその小さな音を聞き逃さなかったことは奇跡であろう。そしてその奇跡が、翔を助けたことには他ならない。
ゆっくりと警棒を見る。いつの間にか付いていた電子版に書かれた数字が、一つずつ減っていく。
00:08
00:07
00:06
00:05
その数字の意味を考えることもなく、無意識に翔はその警棒をしっかり握り、そして投球のフォームを作っていた。
「あああああああああ!!」
そしてそれを投げる。野球など一度もやったことがないし、体力テストでのソフトボール投げの評価はD以上になったことは無かった。
──それでも、この時、この瞬間だけ
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
猛吹雪の中、それはしっかりと『氷の女王』に向かっていき、そしてそのカウントが恐らくゼロになるであろう時…
「フィル! 耳を塞いで伏せろ!」
あの少女が施した改造の内容を知らないから、一体何が起こるかは分からない、それでも、これが『氷の女王』の鼻を明かすことが出来たら…
──しかし、無残に「砕けた」その警棒を遠くで見届けて、翔はそれほど現実が甘くないことを知った。
「……はぁ、はぁ」
翔は逃げていた。近付くことすら出来ない存在を前に、翔の立てていた作戦は全て霧散した。予想外の改造がされていた警棒も無残に砕け散った。もう何も手がない。考えも無い。それらが意味することは何か。何の意外性もない、翔の負けである。
「……くっそぉぉぉ!」
しかしそれも叶わないことを翔は悟る。這いずりながらも逃げていた翔の力が、もうほとんど尽きた。意識も遠のいていく。疲労感もある。そうしてもうすぐに、翔は凍死するであろうことは翔自身がよく分かっていた。
しかし尚も『氷の女王』はこちらに歩み寄ってくる。遠のく意識が、その一歩によって引き起こされる肌を刺す冷気で覚醒し、また遠ざかる。そうして段々と、身体の感覚が無くなっていくのを翔は感じていた。
格の違いである。一匹のアリが人を相手にしていた時、どれだけ考えを巡らせたところでアリは人には勝てはしない。ましてや逃げることさえも叶わない。勝負にならないのである。だから勝敗などもない。ただ蹂躙するものと、力尽きる者がいるだけだ。
翔は乖離しそうな意識の中、力を振り絞って少し離れたところにいる、フィーリニのために口を開く。
「に……げろ……」
念の為にフィーリニは『氷の女王』から一定の距離をとっておくように言っておいた。だから彼女にはこの寒気は届いていないし、逃げるための力も残っていることだろう
「……はや……く」
翔はもう『氷の女王』に立ち向かうことも、『氷の女王』から逃げることも出来ない。だがフィーリニを逃がすことは、それだけはしなければいけない。それは半分意地のようであった。短い間であったが、翔とともに走り、食べ、寝、苦楽を共にしたその「友」を、「仲間」を、逃がすことが出来れば上出来じゃないか?
「……あ……ぁ」
散々カッコつけたのになぁ、とか、結局ヒーローになんかなれなかったなぁ、とか、こんなもので俺の人生って終わるんだなぁとか、色んなことが頭を巡る。
しかしそれもすぐに終わったのだった。切らさないようにしていたその糸が切れ、翔の意識は、完全に落ちていったのだった。
かっこよく決めたはいいものの、翔は数分後、肝心の『氷の女王』の居場所が分からない、などといった状況に陥っていた。
「……てっきり接近中、何ていうものだから目視できる範囲にいるのかと」
さて弱った。これであの女、フィルヒナーのいる基地に戻ったらなんというか、会わす顔がない。あんなにカッコつけて、やっと度胸を認められた直後にそんなかっこ悪いことをしたら、あの氷点下の視線、いや、絶対零度の視線を浴びせられることになるだろう。
「……フィル、匂いで辿る、とか獣キャラ特有のアレ出来たりしない?」
隣のフィーリニにそう尋ねるも、こちらに見向きもしない。嫌われてしまったのだろうか。確かにフィルヒナーの相手やら何やらでフィーリニにはあまり構えていなかったが…
──なんて馬鹿なことを考えていたら、それが完全な見当はずれであったことに気付く。
フィーリニは睨みつけていたのだ。遥か遠くに見える、その敵を。
猛吹雪のせいでよく見えなかった。しかし確かにそこに、人形のシルエットが見えた。
それは圧倒的な「冷たさ」を持った存在
それはこの世界に吹雪をもたらした存在
「…『氷の女王』…!!」
遠くに見える、その敵に対して、翔もようやく警戒を向ける。
と、その時だった。
『カケル…』
声がした。頭の中で、もしくは心の中で。この吹雪の中では人の声など聞こえるはずもない。しかしその声は、鮮明に翔に届いた。
「……お前は……」
何度か夢で出くわした存在。この世界に来てから初めて翔の名を呼んだ存在。その正体が、遠くにいるそれであるのだとしたら。
「……俺の名前を、知っている……?」
一体何故? 翔は『氷の女王』が来襲する前に時間跳躍をし現在の世界に飛んできたのだ。『氷の女王』が翔の名を知っているはずがない。なのに、何故、何故、
「……考えるのは無駄だな」
今はそんなことはどうでもいい。どんな方法でもいいから、あの存在をここから遠ざけることが出来ればいいのだ。
「……まず、言葉が通じればいいんだがな」
遠くに見えたその存在に向かって歩きながら、翔は思案する。『氷の女王』を話し、この場所から離れるように説得出来たとしたらそれが一番簡単な方法かもしれない。もっとも、そんな交渉が通用する相手であるようには思えないが。
「……それでも、やってみないと分からない」
一つの手が通じないのならば十の手を、十の手が通じないのならば百の手を、百の手が通じないのならば千の手を。考え、実行していくしかないのだ。翔には何も特別な力がないのだから。
と、歩いていた翔だが、『氷の女王』に近付くにつれ、違和感に気付いた。
「……寒、すぎる」
この世界に冬をもたらした存在、そんなことは知っていた。しかし、その身にまとった冷気が、ここまでのものであるとは思わなかった。まだ相手は地平線の遠さにいる。それなのに、この冷気は…
「……想像していた以上に、やばいかもな」
これでは言葉を交わす前に凍り付いて死んでしまいそうである。この距離で語りかけるのにも無理があるだろう。よりにもよってその場は猛吹雪である。隣を歩くフィーリニの足音も聞こえず、ふと隣を見たらフィーリニが消えていてもおかしくはない。
「……いや、むしろあいつがいるから猛吹雪なのか?」
あの『氷の女王』がいるから猛吹雪であるのかもしれない。存在するだけでこれだけの冷気を発し、猛吹雪を起こすなど、確かに迷惑極まりない存在だ。そして同時に、とても強大な、人の太刀打ちできると思えないほどの力だ。
「……そんな存在を、どうやって追い払うってんだ」
たった数分前に決意したというのに、もう弱音を吐いてしまいそうになる。それでも翔は歩みを止めない。寒さが増すにつれ、『氷の女王』との距離も縮まってきている。
「……負けて、たまるかよ」
それだけを呟きながら、一歩、また一歩と踏み出していく。僅かに『氷の女王』との距離が縮まるだけで、まるで冷水をぶっかけられたかのような寒さを覚える。気が遠くなる。このままでは本当に凍死してしまいそうだ。しかし歩みを止めない。この冷たい運命に、何があっても抗ってやると決めたのだから。
と、その時異変が起こった。突然氷を纏った強風が、翔に吹き散らしたのだ。
「がっ……!?」
たまらず翔はその場に倒れる。なけなしの気力を振り絞って立ち上がると、翔の目にその驚愕の光景が映った。
「……近付いてきてる……?」
氷の女王は確かに翔に近付いてきている。その距離が一歩縮まるだけで、翔の意識が遠のく。その「寒さ」の原因から近付いているということの威力は、思いの外大きいようだ。
「……あ、これ、や、ば……」
距離を取ろうにも手足の感覚が遠く、力が入らない。その間にも『氷の女王』は一歩、また一歩と翔との距離を縮めてきている。このままでは、翔を待ち受けている運命は死、やはりそれだけである。
「……ああああああああ!」
──諦めてたまるか!
翔は自らの力を振り絞り、その腰に入れておいた、唯一の武器に手をかける。
その警棒のスイッチを入れると同時に、ピッ、という電子音が鳴り響く。この猛吹雪の中でその小さな音を聞き逃さなかったことは奇跡であろう。そしてその奇跡が、翔を助けたことには他ならない。
ゆっくりと警棒を見る。いつの間にか付いていた電子版に書かれた数字が、一つずつ減っていく。
00:08
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00:06
00:05
その数字の意味を考えることもなく、無意識に翔はその警棒をしっかり握り、そして投球のフォームを作っていた。
「あああああああああ!!」
そしてそれを投げる。野球など一度もやったことがないし、体力テストでのソフトボール投げの評価はD以上になったことは無かった。
──それでも、この時、この瞬間だけ
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
猛吹雪の中、それはしっかりと『氷の女王』に向かっていき、そしてそのカウントが恐らくゼロになるであろう時…
「フィル! 耳を塞いで伏せろ!」
あの少女が施した改造の内容を知らないから、一体何が起こるかは分からない、それでも、これが『氷の女王』の鼻を明かすことが出来たら…
──しかし、無残に「砕けた」その警棒を遠くで見届けて、翔はそれほど現実が甘くないことを知った。
「……はぁ、はぁ」
翔は逃げていた。近付くことすら出来ない存在を前に、翔の立てていた作戦は全て霧散した。予想外の改造がされていた警棒も無残に砕け散った。もう何も手がない。考えも無い。それらが意味することは何か。何の意外性もない、翔の負けである。
「……くっそぉぉぉ!」
しかしそれも叶わないことを翔は悟る。這いずりながらも逃げていた翔の力が、もうほとんど尽きた。意識も遠のいていく。疲労感もある。そうしてもうすぐに、翔は凍死するであろうことは翔自身がよく分かっていた。
しかし尚も『氷の女王』はこちらに歩み寄ってくる。遠のく意識が、その一歩によって引き起こされる肌を刺す冷気で覚醒し、また遠ざかる。そうして段々と、身体の感覚が無くなっていくのを翔は感じていた。
格の違いである。一匹のアリが人を相手にしていた時、どれだけ考えを巡らせたところでアリは人には勝てはしない。ましてや逃げることさえも叶わない。勝負にならないのである。だから勝敗などもない。ただ蹂躙するものと、力尽きる者がいるだけだ。
翔は乖離しそうな意識の中、力を振り絞って少し離れたところにいる、フィーリニのために口を開く。
「に……げろ……」
念の為にフィーリニは『氷の女王』から一定の距離をとっておくように言っておいた。だから彼女にはこの寒気は届いていないし、逃げるための力も残っていることだろう
「……はや……く」
翔はもう『氷の女王』に立ち向かうことも、『氷の女王』から逃げることも出来ない。だがフィーリニを逃がすことは、それだけはしなければいけない。それは半分意地のようであった。短い間であったが、翔とともに走り、食べ、寝、苦楽を共にしたその「友」を、「仲間」を、逃がすことが出来れば上出来じゃないか?
「……あ……ぁ」
散々カッコつけたのになぁ、とか、結局ヒーローになんかなれなかったなぁ、とか、こんなもので俺の人生って終わるんだなぁとか、色んなことが頭を巡る。
しかしそれもすぐに終わったのだった。切らさないようにしていたその糸が切れ、翔の意識は、完全に落ちていったのだった。
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