BLIZZARD!

青色魚

文字の大きさ
上 下
41 / 88
第二章・序『氷の子供』

第二章03『友情』

しおりを挟む
『氷の女王』が襲来してから二十五年。彼女が乗ってきた隕石による放射線により地球の生態系は変化を遂げ、人間においても凍気フリーガスなどという特殊な力の発現が見られた。遠い昔の氷河時代にこの地球を歩き回っていた牙象マンモス剣歯虎サーベルタイガーなどは再びその姿を現し、そして今また新たに、ひとつの種が誕生しようとしているという。

 白くて腕の長いというその『新種』の話を聞き、そう戦慄する翔にフィルヒナーはひとつため息をついて言った。

「カケル、こういうのは酷だが、まずお前には『新種そんなもの』よりも先に心配することがあるだろう」

 フィルヒナーは翔を見つめながら続ける。

「……使えるようになってないんだろう?『凍気フリーガス』が」

 そのフィルヒナーの言葉が図星であったので、翔は苦笑する。そう、事実この世界に翔が来てから半年ほどだった現在においても、翔は凍気フリーガスに目覚めていないのだった。その事実が何を表すかはもはや明白であった。

 遠征隊は勿論身体を鍛えており、発明少女の発明品ちからを借りることもあるが、それでも基本的には凍気フリーガス頼みの戦闘となっている。凍気フリーガスをほぼ使わないという一部の例外ヒロ先輩はいるが、彼の場合も固有の戦い方を持っているため決して周りに引けばとらない。つまりは遠征隊での活躍には必ずと言っていいほど、凍気フリーガスが必要になると言ってもいい。

「勿論最近のお前の活躍はよく聞いている。凍気フリーガスなしでよく健闘していると思う。だが、だからこそ、お前の『知恵武器』が使えなくなったその時のために、凍気フリーガスの発現は今後の重要な課題になる」

「……もちろん、分かってはいるんですけど……」

 その言葉通り、翔も努力はしているのだ。翔は遠征隊やフィルヒナーを始め、凍気フリーガスの扱いが巧みな者達にそのコツを尋ね、ある時は親友と二十五年前の話をしている時、翔より一回りも小さい子供にさえもその疑問を投げかけた。

 ──思えばよく俺、あの先輩のところまで聞きに行ったよな。

 そう、翔は翔を嫌うあの男ランバートにもそのコツを尋ねに行ったのだ。結果帰ってきた答えは「知るか」「こんなもん感覚だ、誰でも出来る」「使えるようになっても俺の技凍刃は奪うなよ?」というやはりというか悪意的な答えであったが。

 自らを嫌うその男の元にも赴いたことから分かるように、翔は少しでも多くのコツを聞くため文字通り基地を駆け回った。彼らからもらったアドバイスを元に日々四苦八苦した。しかしそれでも、ほんの少しの冷気も発生しないのだった

 そんな日々を送ったせいか、翔の頭には現状考えうる最悪の場合ケースが思い浮かんでいた。そしてついに、翔の口からその疑問が口から滑り出る。

「……凍気フリーガスが発現しない、って人いるんですか?」

 凍気フリーガスが使えない人がいたとして、翔もそれに該当する時、それまでの翔の努力はすべて無駄ということになる。それはあまりにも、翔には怖い事実であった。

 その言葉に、フィルヒナーは居心地が悪そうに答える。

「……現状、基地には数十名、凍気フリーガスを満足に使用できない者はいる。それが彼らがコツを掴めておらず使えていないのか、そもそも使うことができないのかは、現状はっきりとしていない」

 その言葉は翔の耳にあまりにも残酷に響いた。

 ──そりゃ、『努力すれば夢は絶対叶う』なんて、そんな絵空事ことは信じちゃいないけどさ……。

 それでも基地に来て、遠征隊に入ってから半年、その半年の苦心が何の意味も持たないということは、翔にはあまりに耐え難かった。

 努力してもそれが叶わないかもしれないと分かったとき、人はどうやって前に進むことが出来るのだろうか。翔はそんなことを思いながら、やはり彼を嫌っているらしい神様とやらの性格の悪さを恨んだ。

 ──やっぱり神様とやらは俺のことを嫌いらしい。

 八つ当たりと思われてしまうかもしれないが、やはり翔にはそう思われた。あまりにもこの世界は無情で、冷淡で、いつまでも翔を苦悶させる。ひとつの障壁が消えてもまた次が、それを乗り越えてもまた次があるのだ。そして何よりも残酷なことに、翔の頭を悩ますのは凍気フリーガスが発現しないことだけではなかったのだった。

 それは紛れもなく、翔のあの日課に関係していた。

「……、なんて事態が、起こってないことだけは救いっすね……」

 そう、それは翔が初めて自分の意思で『時間跳躍』をしたあの時から起こっていた不具合、言うなれば副作用サイドエフェクトのようなものであった。

 あの日、たった十時間ほど時をかけただけで、圧倒的に時間跳躍の『兆候』の頻度は上がっていた。初めて意識的に使った時にも夢見た、あの不思議な夢のことだ。故意に時間跳躍をしたことによって何らかの制限リミッターが外れたのか、その兆候は日に日に多く、そして深くなっていった。

 それに対して翔が取れる対抗手段などたかが知れていた。至極当然な話、その兆候が出た時に拒否をすればいいのだ。あの夢を見、フィーリニに似た謎の女に遭遇した時、翔はその夢から醒めようと全身全霊で足掻き、そうしてやっと目を覚ますことで無意識の『時間跳躍』を防いでいるのだった。

 しかしそんな強引で原始的な方法がいつまで続くかも分からない。もし翔の注意が少し薄れ、その間に十年単位の『時間跳躍』でもしてみれば、いよいよ翔には味方がいなくなる。加えて、このまま現状を維持することも悪手ではあるのだった。

「あの時の『時間跳躍』は私が直々に箝口令を出し、ゲンジの方からも言い聞かせていたため、なんとか事態は沈静化できている。が、いつ遠征隊のその疑惑が溢れるとも知れないからな」

 翔を誘拐しようとした裏切り者、真から逃げるために翔が咄嗟に使った一度きりの『時間跳躍』。しかしそれは遠征隊に翔が只者ではないという疑惑を持たせるには十分であった。今となってはそのことも一旦水に流したようにはなっているが、この状態がいつまで続くかも分からない。つまりは翔のその時間跳躍ちからを狙って、第二第三のうらぎりものが現れてもおかしくはないのだ。

 凍気フリーガスの発現に、『時間跳躍』の完全操作コントロール。最終目的である『氷の女王』の撃破に加えて、それらの目下成すべきことによって、翔の視界が暗くなっていく。

 そんな翔を見かねて、フィルヒナーは少し何かを考えてから口を開いた。

「それでも、十年近く凍気フリーガスが使えなかった者がある日突然コツを掴み発現する症例も確認されている。なにせ二十五年前から観測され始めた未知の力だ。我々にもまだ分からない点は多いしな」

 少ししてから、そのフィルヒナーの一言が、翔を励ますために告げられたものだと翔は気付いた。とはいえその一言は翔のその絶望的な状況を改善するものではなく、ただの気休めに過ぎなかった。

 しかしそのフィルヒナーの気遣いが、翔にはとても暖かいものに思えたので、翔はニヤリと笑って、内心彼女に感謝したのだった。

 そんな翔の内心を知る由もなく、フィルヒナーは近くの時計を見て言った。

「さて、立ち話が過ぎたな。そろそろ戻らないとまたドヤされるだろう。そろそろ帰れ、カケル」

 フィルヒナーにそう言われ翔が時計を見ると、確かにフィルヒナーを見つけた時から三十分ほどが経っていた。時刻はそろそろ七時半、遠征隊の集合時間が近くなっている。翔はその事に気付いて、フィルヒナーの言う通り遠征隊の定位置トレーニングルームに帰ろうとする。

 と、その前に翔の頭にふと浮かんだ言葉が、翔の口から滑り出る。

「あ、そういえば……」

「?」

 翔のその間投にフィルヒナーが何かを言う前に、翔は続けた。

「隊長にフィルヒナーさんのあの愛の言葉、伝えときます?」

「くだらないことを言っていないで早く行け。もしくは文字通り凍らせられたいか?」

 最後にそんなゾッとする言葉を返され、翔は苦笑いしながら走っていった。

 言い放ったフィルヒナーも冗談交じりであったようで、翔が去った後、小さな笑みを浮かべてそれを見送った。

 間に遠慮や敵意などは全く入る余地がなく、ましてや礼儀などは全く存在しない間柄でありながら、どこかで互いに互いを気遣いながらそうして冗談を言い合う二人は、紛れもなく翔が願った『友人』という関係にあるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...