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第二章・序『氷の子供』
第二章03『友情』
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『氷の女王』が襲来してから二十五年。彼女が乗ってきた隕石による放射線により地球の生態系は変化を遂げ、人間においても凍気などという特殊な力の発現が見られた。遠い昔の氷河時代にこの地球を歩き回っていた牙象や剣歯虎などは再びその姿を現し、そして今また新たに、ひとつの種が誕生しようとしているという。
白くて腕の長いというその『新種』の話を聞き、そう戦慄する翔にフィルヒナーはひとつため息をついて言った。
「カケル、こういうのは酷だが、まずお前には『新種』よりも先に心配することがあるだろう」
フィルヒナーは翔を見つめながら続ける。
「……まだ使えるようになってないんだろう?『凍気』が」
そのフィルヒナーの言葉が図星であったので、翔は苦笑する。そう、事実この世界に翔が来てから半年ほどだった現在においても、翔は凍気に目覚めていないのだった。その事実が何を表すかはもはや明白であった。
遠征隊は勿論身体を鍛えており、発明少女の発明品を借りることもあるが、それでも基本的には凍気頼みの戦闘となっている。凍気をほぼ使わないという一部の例外はいるが、彼の場合も固有の戦い方を持っているため決して周りに引けばとらない。つまりは遠征隊での活躍には必ずと言っていいほど、凍気が必要になると言ってもいい。
「勿論最近のお前の活躍はよく聞いている。凍気なしでよく健闘していると思う。だが、だからこそ、お前の『知恵』が使えなくなったその時のために、凍気の発現は今後の重要な課題になる」
「……もちろん、分かってはいるんですけど……」
その言葉通り、翔も努力はしているのだ。翔は遠征隊やフィルヒナーを始め、凍気の扱いが巧みな者達にそのコツを尋ね、ある時は親友と二十五年前の話をしている時、翔より一回りも小さい子供にさえもその疑問を投げかけた。
──思えばよく俺、あの先輩のところまで聞きに行ったよな。
そう、翔は翔を嫌うあの男にもそのコツを尋ねに行ったのだ。結果帰ってきた答えは「知るか」「こんなもん感覚だ、誰でも出来る」「使えるようになっても俺の技は奪うなよ?」というやはりというか悪意的な答えであったが。
自らを嫌うその男の元にも赴いたことから分かるように、翔は少しでも多くのコツを聞くため文字通り基地を駆け回った。彼らからもらったアドバイスを元に日々四苦八苦した。しかしそれでも、ほんの少しの冷気も発生しないのだった
そんな日々を送ったせいか、翔の頭には現状考えうる最悪の場合が思い浮かんでいた。そしてついに、翔の口からその疑問が口から滑り出る。
「……凍気が発現しない、って人いるんですか?」
凍気が使えない人がいたとして、翔もそれに該当する時、それまでの翔の努力はすべて無駄ということになる。それはあまりにも、翔には怖い事実であった。
その言葉に、フィルヒナーは居心地が悪そうに答える。
「……現状、基地には数十名、凍気を満足に使用できない者はいる。それが彼らがコツを掴めておらず使えていないのか、そもそも使うことができないのかは、現状はっきりとしていない」
その言葉は翔の耳にあまりにも残酷に響いた。
──そりゃ、『努力すれば夢は絶対叶う』なんて、そんな絵空事は信じちゃいないけどさ……。
それでも基地に来て、遠征隊に入ってから半年、その半年の苦心が何の意味も持たないということは、翔にはあまりに耐え難かった。
努力してもそれが叶わないかもしれないと分かったとき、人はどうやって前に進むことが出来るのだろうか。翔はそんなことを思いながら、やはり彼を嫌っているらしい神様とやらの性格の悪さを恨んだ。
──やっぱり神様とやらは俺のことを嫌いらしい。
八つ当たりと思われてしまうかもしれないが、やはり翔にはそう思われた。あまりにもこの世界は無情で、冷淡で、いつまでも翔を苦悶させる。ひとつの障壁が消えてもまた次が、それを乗り越えてもまた次があるのだ。そして何よりも残酷なことに、翔の頭を悩ますのは凍気が発現しないことだけではなかったのだった。
それは紛れもなく、翔のあの日課に関係していた。
「……無意識のうちに『時間跳躍』をしちゃう、なんて事態が、今のところ起こってないことだけは救いっすね……」
そう、それは翔が初めて自分の意思で『時間跳躍』をしたあの時から起こっていた不具合、言うなれば副作用のようなものであった。
あの日、たった十時間ほど時をかけただけで、圧倒的に時間跳躍の『兆候』の頻度は上がっていた。初めて意識的に使った時にも夢見た、あの不思議な夢のことだ。故意に時間跳躍をしたことによって何らかの制限が外れたのか、その兆候は日に日に多く、そして深くなっていった。
それに対して翔が取れる対抗手段などたかが知れていた。至極当然な話、その兆候が出た時に拒否をすればいいのだ。あの夢を見、フィーリニに似た謎の女に遭遇した時、翔はその夢から醒めようと全身全霊で足掻き、そうしてやっと目を覚ますことで無意識の『時間跳躍』を防いでいるのだった。
しかしそんな強引で原始的な方法がいつまで続くかも分からない。もし翔の注意が少し薄れ、その間に十年単位の『時間跳躍』でもしてみれば、いよいよ翔には味方がいなくなる。加えて、このまま現状を維持することも悪手ではあるのだった。
「あの時の『時間跳躍』は私が直々に箝口令を出し、ゲンジの方からも言い聞かせていたため、なんとか事態は沈静化できている。が、いつ遠征隊のその疑惑が溢れるとも知れないからな」
翔を誘拐しようとした裏切り者、真から逃げるために翔が咄嗟に使った一度きりの『時間跳躍』。しかしそれは遠征隊に翔が只者ではないという疑惑を持たせるには十分であった。今となってはそのことも一旦水に流したようにはなっているが、この状態がいつまで続くかも分からない。つまりは翔のその時間跳躍を狙って、第二第三の真が現れてもおかしくはないのだ。
凍気の発現に、『時間跳躍』の完全操作。最終目的である『氷の女王』の撃破に加えて、それらの目下成すべきことによって、翔の視界が暗くなっていく。
そんな翔を見かねて、フィルヒナーは少し何かを考えてから口を開いた。
「それでも、十年近く凍気が使えなかった者がある日突然コツを掴み発現する症例も確認されている。なにせ二十五年前から観測され始めた未知の力だ。我々にもまだ分からない点は多いしな」
少ししてから、そのフィルヒナーの一言が、翔を励ますために告げられたものだと翔は気付いた。とはいえその一言は翔のその絶望的な状況を改善するものではなく、ただの気休めに過ぎなかった。
しかしそのフィルヒナーの気遣いが、翔にはとても暖かいものに思えたので、翔はニヤリと笑って、内心彼女に感謝したのだった。
そんな翔の内心を知る由もなく、フィルヒナーは近くの時計を見て言った。
「さて、立ち話が過ぎたな。そろそろ戻らないとまたドヤされるだろう。そろそろ帰れ、カケル」
フィルヒナーにそう言われ翔が時計を見ると、確かにフィルヒナーを見つけた時から三十分ほどが経っていた。時刻はそろそろ七時半、遠征隊の集合時間が近くなっている。翔はその事に気付いて、フィルヒナーの言う通り遠征隊の定位置に帰ろうとする。
と、その前に翔の頭にふと浮かんだ言葉が、翔の口から滑り出る。
「あ、そういえば……」
「?」
翔のその間投にフィルヒナーが何かを言う前に、翔は続けた。
「隊長にフィルヒナーさんのあの愛の言葉、伝えときます?」
「くだらないことを言っていないで早く行け。もしくは文字通り凍らせられたいか?」
最後にそんなゾッとする言葉を返され、翔は苦笑いしながら走っていった。
言い放ったフィルヒナーも冗談交じりであったようで、翔が去った後、小さな笑みを浮かべてそれを見送った。
間に遠慮や敵意などは全く入る余地がなく、ましてや礼儀などは全く存在しない間柄でありながら、どこかで互いに互いを気遣いながらそうして冗談を言い合う二人は、紛れもなく翔が願った『友人』という関係にあるのだった。
白くて腕の長いというその『新種』の話を聞き、そう戦慄する翔にフィルヒナーはひとつため息をついて言った。
「カケル、こういうのは酷だが、まずお前には『新種』よりも先に心配することがあるだろう」
フィルヒナーは翔を見つめながら続ける。
「……まだ使えるようになってないんだろう?『凍気』が」
そのフィルヒナーの言葉が図星であったので、翔は苦笑する。そう、事実この世界に翔が来てから半年ほどだった現在においても、翔は凍気に目覚めていないのだった。その事実が何を表すかはもはや明白であった。
遠征隊は勿論身体を鍛えており、発明少女の発明品を借りることもあるが、それでも基本的には凍気頼みの戦闘となっている。凍気をほぼ使わないという一部の例外はいるが、彼の場合も固有の戦い方を持っているため決して周りに引けばとらない。つまりは遠征隊での活躍には必ずと言っていいほど、凍気が必要になると言ってもいい。
「勿論最近のお前の活躍はよく聞いている。凍気なしでよく健闘していると思う。だが、だからこそ、お前の『知恵』が使えなくなったその時のために、凍気の発現は今後の重要な課題になる」
「……もちろん、分かってはいるんですけど……」
その言葉通り、翔も努力はしているのだ。翔は遠征隊やフィルヒナーを始め、凍気の扱いが巧みな者達にそのコツを尋ね、ある時は親友と二十五年前の話をしている時、翔より一回りも小さい子供にさえもその疑問を投げかけた。
──思えばよく俺、あの先輩のところまで聞きに行ったよな。
そう、翔は翔を嫌うあの男にもそのコツを尋ねに行ったのだ。結果帰ってきた答えは「知るか」「こんなもん感覚だ、誰でも出来る」「使えるようになっても俺の技は奪うなよ?」というやはりというか悪意的な答えであったが。
自らを嫌うその男の元にも赴いたことから分かるように、翔は少しでも多くのコツを聞くため文字通り基地を駆け回った。彼らからもらったアドバイスを元に日々四苦八苦した。しかしそれでも、ほんの少しの冷気も発生しないのだった
そんな日々を送ったせいか、翔の頭には現状考えうる最悪の場合が思い浮かんでいた。そしてついに、翔の口からその疑問が口から滑り出る。
「……凍気が発現しない、って人いるんですか?」
凍気が使えない人がいたとして、翔もそれに該当する時、それまでの翔の努力はすべて無駄ということになる。それはあまりにも、翔には怖い事実であった。
その言葉に、フィルヒナーは居心地が悪そうに答える。
「……現状、基地には数十名、凍気を満足に使用できない者はいる。それが彼らがコツを掴めておらず使えていないのか、そもそも使うことができないのかは、現状はっきりとしていない」
その言葉は翔の耳にあまりにも残酷に響いた。
──そりゃ、『努力すれば夢は絶対叶う』なんて、そんな絵空事は信じちゃいないけどさ……。
それでも基地に来て、遠征隊に入ってから半年、その半年の苦心が何の意味も持たないということは、翔にはあまりに耐え難かった。
努力してもそれが叶わないかもしれないと分かったとき、人はどうやって前に進むことが出来るのだろうか。翔はそんなことを思いながら、やはり彼を嫌っているらしい神様とやらの性格の悪さを恨んだ。
──やっぱり神様とやらは俺のことを嫌いらしい。
八つ当たりと思われてしまうかもしれないが、やはり翔にはそう思われた。あまりにもこの世界は無情で、冷淡で、いつまでも翔を苦悶させる。ひとつの障壁が消えてもまた次が、それを乗り越えてもまた次があるのだ。そして何よりも残酷なことに、翔の頭を悩ますのは凍気が発現しないことだけではなかったのだった。
それは紛れもなく、翔のあの日課に関係していた。
「……無意識のうちに『時間跳躍』をしちゃう、なんて事態が、今のところ起こってないことだけは救いっすね……」
そう、それは翔が初めて自分の意思で『時間跳躍』をしたあの時から起こっていた不具合、言うなれば副作用のようなものであった。
あの日、たった十時間ほど時をかけただけで、圧倒的に時間跳躍の『兆候』の頻度は上がっていた。初めて意識的に使った時にも夢見た、あの不思議な夢のことだ。故意に時間跳躍をしたことによって何らかの制限が外れたのか、その兆候は日に日に多く、そして深くなっていった。
それに対して翔が取れる対抗手段などたかが知れていた。至極当然な話、その兆候が出た時に拒否をすればいいのだ。あの夢を見、フィーリニに似た謎の女に遭遇した時、翔はその夢から醒めようと全身全霊で足掻き、そうしてやっと目を覚ますことで無意識の『時間跳躍』を防いでいるのだった。
しかしそんな強引で原始的な方法がいつまで続くかも分からない。もし翔の注意が少し薄れ、その間に十年単位の『時間跳躍』でもしてみれば、いよいよ翔には味方がいなくなる。加えて、このまま現状を維持することも悪手ではあるのだった。
「あの時の『時間跳躍』は私が直々に箝口令を出し、ゲンジの方からも言い聞かせていたため、なんとか事態は沈静化できている。が、いつ遠征隊のその疑惑が溢れるとも知れないからな」
翔を誘拐しようとした裏切り者、真から逃げるために翔が咄嗟に使った一度きりの『時間跳躍』。しかしそれは遠征隊に翔が只者ではないという疑惑を持たせるには十分であった。今となってはそのことも一旦水に流したようにはなっているが、この状態がいつまで続くかも分からない。つまりは翔のその時間跳躍を狙って、第二第三の真が現れてもおかしくはないのだ。
凍気の発現に、『時間跳躍』の完全操作。最終目的である『氷の女王』の撃破に加えて、それらの目下成すべきことによって、翔の視界が暗くなっていく。
そんな翔を見かねて、フィルヒナーは少し何かを考えてから口を開いた。
「それでも、十年近く凍気が使えなかった者がある日突然コツを掴み発現する症例も確認されている。なにせ二十五年前から観測され始めた未知の力だ。我々にもまだ分からない点は多いしな」
少ししてから、そのフィルヒナーの一言が、翔を励ますために告げられたものだと翔は気付いた。とはいえその一言は翔のその絶望的な状況を改善するものではなく、ただの気休めに過ぎなかった。
しかしそのフィルヒナーの気遣いが、翔にはとても暖かいものに思えたので、翔はニヤリと笑って、内心彼女に感謝したのだった。
そんな翔の内心を知る由もなく、フィルヒナーは近くの時計を見て言った。
「さて、立ち話が過ぎたな。そろそろ戻らないとまたドヤされるだろう。そろそろ帰れ、カケル」
フィルヒナーにそう言われ翔が時計を見ると、確かにフィルヒナーを見つけた時から三十分ほどが経っていた。時刻はそろそろ七時半、遠征隊の集合時間が近くなっている。翔はその事に気付いて、フィルヒナーの言う通り遠征隊の定位置に帰ろうとする。
と、その前に翔の頭にふと浮かんだ言葉が、翔の口から滑り出る。
「あ、そういえば……」
「?」
翔のその間投にフィルヒナーが何かを言う前に、翔は続けた。
「隊長にフィルヒナーさんのあの愛の言葉、伝えときます?」
「くだらないことを言っていないで早く行け。もしくは文字通り凍らせられたいか?」
最後にそんなゾッとする言葉を返され、翔は苦笑いしながら走っていった。
言い放ったフィルヒナーも冗談交じりであったようで、翔が去った後、小さな笑みを浮かべてそれを見送った。
間に遠慮や敵意などは全く入る余地がなく、ましてや礼儀などは全く存在しない間柄でありながら、どこかで互いに互いを気遣いながらそうして冗談を言い合う二人は、紛れもなく翔が願った『友人』という関係にあるのだった。
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