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番外編・ホンモノ彼氏

ホンモノ彼氏・その7 彼Side

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…何でこうなった。

リビングのソファーで膝を抱えていた俺は、その額を膝に乗せた。

今、希望はキッチンで作りかけていたカツ丼の続きを作っている。

だしと醤油のいいにおいが俺のいるリビングにまで漂ってきた。

あんなにお腹がすいていたのに、今では腹も鳴らない。


久しぶりに会えて、もっとイチャイチャする予定だった。

なのに、過去の体験人数を聞かれて答えようとしたらめちゃくちゃキレられて、付き合いだしたのに保留にされる始末。

さっきの振り返った顔は教室でよく見る氷の女王だった。

手足が冷たくなって、俺の背後で猛吹雪が起こった気がする。

大体、何であんなに怒んの?

付き合う全然前の話で、しかも数ヶ月前。
みんなから思われるほど人数は多くない。

彼女が同時進行で常に三人いる堤より全然マシだし、別に付き合ってる相手がいたわけでもないから問題ないんじゃない?
ここ4.5ヶ月は希望一筋だし。

俺からしたら、彼女がいる男(しかも姉の彼氏)とした希望の方がいろいろ倫理に反してると思うんだけど。


「———出来たよ」

相変わらず怒ってる声がして、顔を上げるとカツ丼が運ばれて来た。

めっちゃうまそう。

だけどこの顔は静かに怒っている。
前からしょっちゅう見てたから分かる。
ちなみにテストで俺に負けた時も同じ顔をする。

最近はこの顔、見てなかったんだけどなぁ~。

まぁ、そんな怒った顔もかわいいんだけど。


「…」でも全然俺の方を見ないので、肩を落としてまた体操座りのまま、俯いた。

もうなんなの、このお預け状態。

「ホラ出来たよ、食べよ」

そっけないよなぁ。まだ怒ってる顔だし。

「食べないの?」

声のトーンがまた上がる。イラついてるのが分かる。
俺、無神経に思われるけど、こう見えて日頃からめっちゃ空気読んでるからね?

「せっかくカツ丼食べたいって言ってたから作ったのに」

そりゃあ食べたいって言ったよ。

まさか作ってもらえるとは思わなかったから、本当は飛び上がるくらい嬉しいよ。
彼女の手料理なんて初。

それがさ…東京から帰ってきたら付き合おうって言ってて交際0日でフラれるとは思ってなかったから、ダメージ大きい。立ち直れない。

「あ、美味し」
そんな俺の気も知らず、パク、とカツを頬張ってモグモグ口を動かしたあと口元に手を当てて言った。

俺をフッた直後にカツ丼を食べる女。

俺の泣き落としで付き合ってもらったような友海でさえ、最後、俺をフった時は飲み物にすら手をつけなかった。

何というか図太い。

「———ねぇ、冷めるよ。食べないの?」

「…食欲なくなった」

「…本当ワガママ。デカい図体して女々しいし」

「希望が付き合わないとか言うからだろ」

「アンタが節操ないからでしょ」

出た、その冷たい視線。

「節操あるよ!だって希望を好きになってからは全然女の子とヤッてないもん!」

言いながら、『もん』って子供か、と自分でも思った。

笑われるかなと思いきや、さっきまで冷たかったその表情が固まって少し赤くなった。

あれ。これ押したらまだいけんじゃない?

俺は体操座りからあぐらに座りなおした。

「俺は今の希望を好きになったよ。ちょっとたまにわけわかんないとこも振り回してくるとこも好き。昔の事を今さら言ったってしょうがないじゃん。今やこれからの事だったら2人で変えていけるけど。俺は堤から誘われてももう合コン行かない。って言うか彼女いるのに遊ぶ気ない。好きでやっと付き合えたから希望が嫌がる事はしないし大切にする」

返事もしない。

「希望」

無視。

「おーい」

俯いて黙ったまま太腿の上で拳を握りしめている希望を見つめて心配になって来た。

もしかして泣いてる?

「聞いてんの?…希望。希望ちゃん。佐藤ぉー。のんちゃん」

「———だからのんちゃんって呼ぶなっつってるでしょ!!」

くわっと上げたのその顔は、まさに山林が書いた般若みたいな似顔絵のようだった。

「そんな事いちいち言われなくても分かってるわよ!」

泣いてるかも、と思った俺の心配は見事に裏切られた。

「正論で論破してくんな!」

まさかの逆ギレ。

ねぇ、俺、結構いい事言ったけどちゃんと聞いてた?

好きって、大切にするって、大事な事言ったよ?

「大体付き合わないなんて言ってないし!一旦保留でって言ったの!」

あ、そうなんだ?

「でも付き合うの考え直すって言ったよね?保留ってどんくらい?」

「…カツ丼食べてる間」

思わずガクン、と頬杖をついていた肘が外れた。

「何それ」

「…お腹いっぱいになったらちょっと落ち着いて話せるかなと思って」

まぁ確かに空腹だとイライラする。

「…美味しくできたよ。食べよ?」

ちょっとふてくされながらも睨む保留中の俺の彼女。

俺は希望を見つめながら口を開けた。

「…何よ」

「あーん」

希望はびっくりしたけど、おずおずとカツを一切れ箸で挟んで俺の口元まで持って来た。

一口サイズだったのでパク、と口に入れた。

少し経ったからサクっと感はないけど、出汁のいい香りが広がって、衣と卵に染みた甘めの醤油の味付けが絶妙だった。

モグモグ口を動かして飲み込んで「うまっ」と叫んだ。

「…何か犬にエサあげてる感じなんだけど」

希望は猫で俺は犬。相容れないなぁ。

「大型犬みたいなやつに似てる。洋犬の」

「あぁ、デカくて育ちが良さげな賢いヤツね」

「自分で言う?」

「希望は猫だよね。気まぐれでツンとしてて全然なびかない」

「どういう意味よ」

ムッとした希望はほっといて、ソファーから降りて「いただきまーす!」と手を合わせて、食べ始めた。
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