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番外編・ホンモノ彼氏

ホンモノ彼氏・その2

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「———えー!ない!俺のカツ丼がない!」

昼のピークの時間が少し過ぎてるからか、コンビニはすでに品薄だった。

学校のすぐ近くのコンビニはうちの生徒が沢山いるだろうから、小林のマンションの近くのコンビニの方にしたからか、店頭に商品はポツポツしかない。

「うどんは暑いし冷やしでもざるでもいいけど、カツ丼は絶対食いたい」

知ってはいたけど、結構ワガママ。

実はお坊ちゃんみたいだし一人っ子だから、多分小さい頃からお金を気にせず食べたい物を食べて育って来た感じがする。
偏食そうだし。

「食べれないと思うとますます食いたい。希望、食べたいのあった?もう一軒行く?」

ずっと普通に呼び捨て。

今まで通り佐藤でいいんだけど。
ニセ彼氏役の時は呼び捨てだったけど、普通にやられるとこそばゆい。

「そんなに食べたいの?カツ丼」

「食いたい!」

私はちょっと考えて「作ろうか?」と言った。

裏にスーパーがある。

「トンカツを一から作るのは時間的に無理だけど、お惣菜のトンカツとパックご飯買って、あと卵と玉ねぎあればできるよ」

前お母さんと作ったことあるし、休みの日は一人でも親子丼とか普通に作るから、卵でとじるだけなら全然作れる。

それを聞いて小林の顔が明らかに輝いた。

「マジで!?作れんの!?」

「うん、多分…」
と言いおわる前に「じゃあスーパー行こ!」と引っ張られた。



スーパーのお惣菜コーナーにはカツ丼があった。

トンカツを入れた後に気づいた私は
「あ、もうこっち買ったら?」
と手にとって、すでにご飯のパックと玉ねぎと惣菜のトンカツを入れていたカゴに入れようとした。

だけど、小林は
「えー!スーパーの弁当おいしくない!」
と大声で抗議した。

近くで品出ししている白い制服を着たパートらしきおばちゃんからジロリと睨まれて、私は思わずそのカゴを持っている腕を叩いた。

「バカ!声でかい!」

小林は口を尖らせて「作ったのがいい」と私に文句を言ってきた。

いや、作ったのってトンカツも出来合いのヤツなんだけど。

もう、そのアヒル口、女の子のアイドルがやって可愛いヤツなのに、男子がやってかわいいってどんだけだ。

———結局折れて、そのまま材料を買って作ることになった。

卵と調味料は家にあると言うので、他に冷凍うどんを入れてそのままレジに並ぶ。

レジで私も半分払おうとしたら、小林が
「あ、いい。俺出す」
とポンとトレーに万札を出した。

10000円札!

目を見開いて思わず万札をマジマジを見た。

「…」

レジのお姉さんが「一万円入りまーす」と言って、トレーごと受け取る。

小林はお釣りを受け取って、そのまま財布にしまった。

ちらっと盗み見たその財布の中身はお釣りの他にお札がまだ入ってそうだった。

「…」

私の視線には気づかず、支払いの済んだカゴをサッカー台の方に持ってく。

バイトしてるのは知ってるけど、なんか金銭感覚が私と違う気がする!

「ご、ごめん、出してもらって。私も食べるのに」
取り残されていた私は、もうすでに袋詰めが終わっている小林の背中に言った。

サッカー台の上にトンカツだけ出来たてであたたかいのか別の袋に入ってたので、慌ててそっちを持つ。

私の左手にはカバン、右手にはスーパーの袋。
並んで歩いて自動ドアからスーパーを出ながら、まるで新婚みたいだなと思った私はバカだ。

「いいよ、作ってもらうし」

小林はそう言うと私の右手からトンカツが入ってる袋を奪っていった。

小林は右肩にカバンをかけて、重たい方のスーパーの袋をすでに持っている。そこへさらにトンカツの袋。

「え、持つよ」
返してもらおうと右手を出す。

小林は笑って「手繋げないじゃん」と私が差し出した右手を、その左手で掴んだ。

「!」

だ、誰だコイツ。
東京行って中身だけ別の誰かと入れ替わって来たのか。

それともクローンとか?

いや、元々こんな性格だったのかもしれない。

ちょっと心臓が持たない。
誰か私の心臓が止まったらAED用意してほしい。

赤くなりながら、それをごまかすように「お母さん、仕事?」と聞いた。

「いや、休みだけど、職場に顔出してお土産持ってくって言ってた。無理言って長期休みもらってたから。多分夕方まで帰って来ない」

そっか。

彼女という立場になった今、いない時に上がり込んで台所を勝手に使っていいものかと思ってたら、あんまり細かいことを気にしない人だから大丈夫と答えた。

「ほとんど台所立たないし。台所使ってたとしても気付かないと思う。小さい頃からあんまりご飯作ってるの見たことない」

「でもお母さんの得意料理とかあるでしょ?ホラ、小さい頃作ってもらって好きなやつとか。オムライスとか?」

小林の好物はオムライスだった。

「いや、俺が好きなオムライスは、向こうで住んでた近所のリストランテのオムライス」

「り…りすと…?」

「あ、イタリア語でレストラン?イタリアンなんだけど、庶民的なメニューでシェフがアレンジしててめっちゃうまいの」

分からない私のために言い直してくれた。

いや、それ絶対庶民的じゃないやつ。

「上にデミグラスソースかかってて」

デミグラスソースは庶民は好きじゃありません!(佐藤家調べ)

オムライスにはケチャップでしょうよ!

うちのお母さんが、今度小林がうちに来る時オムライスを作ってあげようって嬉しそうに言ってたから、上にデミグラスかかってるヤツにしてと頼もう。

ちなみにうちはケチャップ派。

「…そういうお店のじゃなくてお袋の味的なのないの?」
隣を歩く横顔を見上げる。

うーん、と首を傾げた。
「お袋の味…?」

本当にないのか。

何を食べて育ったんだ、こいつは。
外食三昧?

そういやお寿司のネタも高いのばっか言ってた。

「あ」
小林が思い出したらしく、私はホッとした。

「何?」

「卵かけご飯」
ドヤ顔で言った。

「…」
コイツ、アホじゃなかろうか。

「あ、アホと思ってる?普通の卵かけご飯じゃないんだよ」

聞いたら烏骨鶏の卵と魚沼産コシヒカリと、どっかから取り寄せたパリッパリの焼き海苔を炙ってかけて、ネギと茗荷と老舗の醤油屋さんの卵かけご飯専用の醤油を垂らして食べるらしい。

食材はとれもシンプルなのに、お取り寄せ率が高い。

開いた口が塞がらなかった。

それ手料理じゃないから!!

大真面目に
「自分も真似して作ったけど、なんか違うんだよなぁ。母親は多分なんか後から隠し味入れてるんだろうけど、なんだろ」
と考えている。

頭いいのにアホと言われるのはこういうとこだ。

きっとぬくぬく育って来て、意外と世間知らずなのかもしれない。

でも、小林は卵料理が好きだというのはよく分かった。

カツ丼も卵でとじてるし。

なんかいろいろツッコミどころがありすぎて、どこから正していけばいいか分からない。

コイツの人生的には、こっち来てバイトし出して社会勉強になるから正解だったのかもしれない。
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