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番外編・ホンモノ彼氏
ホンモノ彼氏・その1
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「希望。帰ろ」
夏休み後半、課外が終わって教科書を鞄に入れていると、小林が私の席までやって来て言った。
周りがザワついた気がした。
バサっと思わず教科書を落とす。
———夏休み中のこの前の登校日に、席替えがあったので私の席は一番後ろになった。
その後、お盆を挟んで後半の課外授業が再開した今日、小林は久しぶりに学校にやってきた。
自分がいない間の登校日にしたまさかの席替えに、今朝ギリギリに教室に滑り込んできた小林は「俺の席がない!」と騒いでいた。
もともと一番前だった小林の席は教卓の左側にズレただけで、「お前、よく寝るからまた一番前!」としばむーから言い渡されていた。
みんなから笑われる中、一瞬小林がキョロキョロと教室を見回した。
私を探していたらしい小林は一番後ろの席の私を見つけると笑った。
本当に久しぶりだった。
終業式から東京に行ったままだったので、3週間くらい会っていなかった。
休み時間は、山林や村山から久しぶりの登校を歓迎され絡まれていたので、私は近寄らなかった。
話すタイミングもなく、そのまま課外授業が終わったので久しぶりなのにこのまま話せないままなのかと思ってた。
しかし小林は帰りの挨拶後、私のところまでやってきて、堂々と下の名前で呼び、私に向かって鞄を持っていない方の手を差し出したのだった。
「———帰り、俺んち寄るだろ?」
まさか来るとは思ってなかったので、私は狼狽えた。
夏休み前の大告白から日にちは過ぎ、小林はいなかったので揶揄われることも全くなくなっていた。
このままクラスのみんなは私の告白を忘れてくれないもんだろうか、と願っていた。
———あの日から今日まで悩んで悩んで、結局メッセージのやり取りをしたのは数回だった。
三回に二回はなんて返していいか分からずスルーしたりした。
お父さんと大事な話をするために東京へお母さんと行っているのは知ってたし、邪魔しちゃ悪いなと思ったのもあるけど…いきなり彼女ヅラでしつこくメッセージをするのは恥ずかしくて出来なかった。
だって前はやる時しか「うち来る?」って言うやりとりしかしてなかった気がする。
世の恋人達はどんな風にどんな頻度で連絡取り合ってるもんなんだろうか。
よく考えたら、小林が初彼氏。
初体験は別の人で、しかもエッチだけは無駄に何回もしてるのに彼氏が初めてってヤバい。
どんな淫乱女だ、私…。
なんかいろいろ順序をすっ飛ばしてる。
戻って来てホンモノのカレカノになったら、一体どんな事するんだろうか。
小林のいない夏休み、そんな事ばかり考えていた。
———そしたらいきなり昨日、帰ってきたと連絡があった。
話し合いが難航してるかと思いきや、手続き関係に時間かかってるだけで、早い段階で親権・監護権はお母さんへ譲渡というのは決まったらしかった。
すでに小林が15歳を越えていて、一般的に自分の意思で自分の意見を伝えられる事から子どもの意向は重視される傾向にあるらしい。
『決まった。2週間以内に即時抗告をしなかったら確定らしい』という小林からのメールのあと、お父さんが申し立てをしなかったらしく、そのままお母さんが親権者と監護者になったらしかった。
ソクジコウコク??
まぁ、とりあえず晴れて小林はお母さんが親権者になったわけだけど、名字は変わらなかったと聞いた。
東京にいってる間の後半は親戚の家にいて、久しぶりに友達に会ったり、そのまま残して来た前の家の部屋の片付けをしたりしてたらしい。
で、昨日こっちに帰ってきたわけだけど。
『明日から学校行く。帰りうち来る?』と続けて来たメッセージの後なんと返していいか分からなかった私は超恋愛初心者だ。
私は柴犬が『おやすみ…』と寝ているスタンプだけ返し、質問はスルーした。
既読はすぐついたけど、スタンプでぶったぎった感満載だったのでその後小林からは何も返ってこなかった。
出来れば内密に交際は進めたい。
あんな大告白をしといて何が内密だというツッコミはさておき、今までそんな感じじゃなかったのにみんなの前でいきなりベタベタしたりは出来ない。
誰にも見られないように学校が終わってデートするとか?
でもどこへ?
学校近くは同級生がたくさんいるだろうし、見られたくないとすれば、必然的に小林の家とかしかないわけで…。
でもハッキリ言って、それってセフレの時と変わらないんじゃない?
家行ってエッチだけするって、まんまセフレだよね。
ていうかするの?
するよね、付き合ってんだもんね。
あ、でも明日は水曜だから、多分お母さんがいる日。それなら単に遊びに行くだけかな。
う~ん、とベッドの上でゴロゴロしていたらすっかり寝不足。
それでさっき、いきなりの私の元に来てクラスメイトが見守る中の一緒に「帰ろ発言」には固まった。
心臓が音を立てる。
周りの目が気になり固まってる私に「ていうかさ、メッセージ無視すんなよ」と呆れたように言われた。
返信がなかったのは呆れられていたらしい。
「む、無視してないよ。スタンプ返したじゃない…」
「ま、いいや。あ、昼飯どうする?母親いないから外で食べるか、買ってうちで食べる?」
お母さんいないのか。
返事をしないので、小林が私の手を掴んだ。
手!
みんなの前で握られ、恥ずかしがる私はまるで挙動不審だった。
「ファミレスで食う?」
そんな私の様子を気にも留めず、小林は平然と聞いて来る。
学校近くのファミレスはこの時間、きっと課外終わりの同級生がたくさんいる。
教室のみんなの視線がこちらに集中している。
結局、おうちデートしか選択肢がない気がした。
「コ、コンビニで…いい…」
普段の私からは発した事のないか細い声で答えた。
「ん。じゃ、寄って帰ろ」
小林は堂々と私の手を掴んだまま、引っ張った。
私はというと「ま、待って」と落とした教科書を拾ってしまいながら言うのが精一杯だった。
教室中のみんなの注目を集める中、小林は私の手を引いて「ほな、お先ー」と周りの男子に手を挙げてズンズンとクラスメイトたちの間を抜けていった。
「———ちょ、ちょっと小林…」
廊下でも私の手を引いたまま歩いていく。
廊下でたむろしたり、帰りかけていた隣のクラスの子達が通り過ぎていく私たちを見ているのが分かった。
「何」
階段の手前で振り返ったけど、その手はまだ私の手を掴んで離さない。
「ちょっと…手離してくれない?」
「離したら逃げそう」
小林が笑った。
うん、逃げる。とりあえず同級生が誰もいないところまでは走って逃げる自信ある。
「だってみんな見てるじゃない…」
「別に見られてもいいじゃん?」
小林はそう言うとまた笑って、掴んでいた手を私の手のひらに重ねなおして、指を絡ませて恋人同士がするような繋ぎ方に変えた。
「行こ」
その目が細くなり、その優しい笑みに思わず心臓に矢が刺さったのを思い浮かべた。
擬態語にするなら『ズッキューン』。
ちょっと、そのアイドル顔で微笑みかけないでほしい。
心臓に悪い。
実は私は面食いでアイドル好き。
その辺お母さん譲り。
さすがに幻想は抱いてないけど、実は密かにアイドルのファンクラブなんてものにも入ってる。
絶対友達にも言えないけど、この事実はうちのお姉ちゃんしか知らない。
うん、やっぱりこの顔好き。
顔以上に好きなとこもあるけど…。
「———あ、コバヤシ先輩だ」
一階の靴箱のとこまで降りていくと並んだ靴箱の隣の列のところにいた一年の女子数人がこちらを見ていた。
「え?手つないでるの、誰あれ」
「噂になってる子いるって二年の先輩言ってたよ」
そう、あのクラスマッチ以来、小林はモテていた。
特に下級生に。
同級生ほど今までのエロ王子の呼び名が浸透していない一年生の間では、ちょっとした有名人だった。
「あー腹減ったー」
小林は気にせず私に話しかける。
「こっちの甘い醤油で作ったカツ丼が食べたい。あとうどん。薄い色の出汁のやつ」
東京生まれなのに、こっちの地方の醤油のが口に合うらしい。
「両方?」
「全然両方食える。なんなら○ァミチキも食える」
食欲旺盛。
でも果たしてコンビニにうどんもカツ丼もあるだろうか。
「…彼女出来たって噂ホントだったんだぁ~」
少し離れたところなのに、下級生たちの声がものすごく聞こえる。
いたたまれない。
逃げ出したい。
「こ、この手離してくれないと靴履けないんだけどっ」
ガッチリ掴まれた手を上げると小林は、あぁ、と気づいてようやく手を離した。
後ろからたくさんの視線を感じる。
私は急いで靴を履き替えたけど、小林のが早くて私の右手はあっという間に攫われた。
あぁ、もう。
「ちょっと暑い。あんまくっつかないで」
この汗が暑いからなのか、注目を浴びているから出てる変な汁なのか、もはや分からなかった。
結構本気で言ったんだけど、小林はその手を引っ張って笑った。
「その塩対応、久しぶりー」
全然こたえてない!
分かったのは、小林が意外とベタベタしてくる甘えた系男子だった、という事。
夏休み後半、課外が終わって教科書を鞄に入れていると、小林が私の席までやって来て言った。
周りがザワついた気がした。
バサっと思わず教科書を落とす。
———夏休み中のこの前の登校日に、席替えがあったので私の席は一番後ろになった。
その後、お盆を挟んで後半の課外授業が再開した今日、小林は久しぶりに学校にやってきた。
自分がいない間の登校日にしたまさかの席替えに、今朝ギリギリに教室に滑り込んできた小林は「俺の席がない!」と騒いでいた。
もともと一番前だった小林の席は教卓の左側にズレただけで、「お前、よく寝るからまた一番前!」としばむーから言い渡されていた。
みんなから笑われる中、一瞬小林がキョロキョロと教室を見回した。
私を探していたらしい小林は一番後ろの席の私を見つけると笑った。
本当に久しぶりだった。
終業式から東京に行ったままだったので、3週間くらい会っていなかった。
休み時間は、山林や村山から久しぶりの登校を歓迎され絡まれていたので、私は近寄らなかった。
話すタイミングもなく、そのまま課外授業が終わったので久しぶりなのにこのまま話せないままなのかと思ってた。
しかし小林は帰りの挨拶後、私のところまでやってきて、堂々と下の名前で呼び、私に向かって鞄を持っていない方の手を差し出したのだった。
「———帰り、俺んち寄るだろ?」
まさか来るとは思ってなかったので、私は狼狽えた。
夏休み前の大告白から日にちは過ぎ、小林はいなかったので揶揄われることも全くなくなっていた。
このままクラスのみんなは私の告白を忘れてくれないもんだろうか、と願っていた。
———あの日から今日まで悩んで悩んで、結局メッセージのやり取りをしたのは数回だった。
三回に二回はなんて返していいか分からずスルーしたりした。
お父さんと大事な話をするために東京へお母さんと行っているのは知ってたし、邪魔しちゃ悪いなと思ったのもあるけど…いきなり彼女ヅラでしつこくメッセージをするのは恥ずかしくて出来なかった。
だって前はやる時しか「うち来る?」って言うやりとりしかしてなかった気がする。
世の恋人達はどんな風にどんな頻度で連絡取り合ってるもんなんだろうか。
よく考えたら、小林が初彼氏。
初体験は別の人で、しかもエッチだけは無駄に何回もしてるのに彼氏が初めてってヤバい。
どんな淫乱女だ、私…。
なんかいろいろ順序をすっ飛ばしてる。
戻って来てホンモノのカレカノになったら、一体どんな事するんだろうか。
小林のいない夏休み、そんな事ばかり考えていた。
———そしたらいきなり昨日、帰ってきたと連絡があった。
話し合いが難航してるかと思いきや、手続き関係に時間かかってるだけで、早い段階で親権・監護権はお母さんへ譲渡というのは決まったらしかった。
すでに小林が15歳を越えていて、一般的に自分の意思で自分の意見を伝えられる事から子どもの意向は重視される傾向にあるらしい。
『決まった。2週間以内に即時抗告をしなかったら確定らしい』という小林からのメールのあと、お父さんが申し立てをしなかったらしく、そのままお母さんが親権者と監護者になったらしかった。
ソクジコウコク??
まぁ、とりあえず晴れて小林はお母さんが親権者になったわけだけど、名字は変わらなかったと聞いた。
東京にいってる間の後半は親戚の家にいて、久しぶりに友達に会ったり、そのまま残して来た前の家の部屋の片付けをしたりしてたらしい。
で、昨日こっちに帰ってきたわけだけど。
『明日から学校行く。帰りうち来る?』と続けて来たメッセージの後なんと返していいか分からなかった私は超恋愛初心者だ。
私は柴犬が『おやすみ…』と寝ているスタンプだけ返し、質問はスルーした。
既読はすぐついたけど、スタンプでぶったぎった感満載だったのでその後小林からは何も返ってこなかった。
出来れば内密に交際は進めたい。
あんな大告白をしといて何が内密だというツッコミはさておき、今までそんな感じじゃなかったのにみんなの前でいきなりベタベタしたりは出来ない。
誰にも見られないように学校が終わってデートするとか?
でもどこへ?
学校近くは同級生がたくさんいるだろうし、見られたくないとすれば、必然的に小林の家とかしかないわけで…。
でもハッキリ言って、それってセフレの時と変わらないんじゃない?
家行ってエッチだけするって、まんまセフレだよね。
ていうかするの?
するよね、付き合ってんだもんね。
あ、でも明日は水曜だから、多分お母さんがいる日。それなら単に遊びに行くだけかな。
う~ん、とベッドの上でゴロゴロしていたらすっかり寝不足。
それでさっき、いきなりの私の元に来てクラスメイトが見守る中の一緒に「帰ろ発言」には固まった。
心臓が音を立てる。
周りの目が気になり固まってる私に「ていうかさ、メッセージ無視すんなよ」と呆れたように言われた。
返信がなかったのは呆れられていたらしい。
「む、無視してないよ。スタンプ返したじゃない…」
「ま、いいや。あ、昼飯どうする?母親いないから外で食べるか、買ってうちで食べる?」
お母さんいないのか。
返事をしないので、小林が私の手を掴んだ。
手!
みんなの前で握られ、恥ずかしがる私はまるで挙動不審だった。
「ファミレスで食う?」
そんな私の様子を気にも留めず、小林は平然と聞いて来る。
学校近くのファミレスはこの時間、きっと課外終わりの同級生がたくさんいる。
教室のみんなの視線がこちらに集中している。
結局、おうちデートしか選択肢がない気がした。
「コ、コンビニで…いい…」
普段の私からは発した事のないか細い声で答えた。
「ん。じゃ、寄って帰ろ」
小林は堂々と私の手を掴んだまま、引っ張った。
私はというと「ま、待って」と落とした教科書を拾ってしまいながら言うのが精一杯だった。
教室中のみんなの注目を集める中、小林は私の手を引いて「ほな、お先ー」と周りの男子に手を挙げてズンズンとクラスメイトたちの間を抜けていった。
「———ちょ、ちょっと小林…」
廊下でも私の手を引いたまま歩いていく。
廊下でたむろしたり、帰りかけていた隣のクラスの子達が通り過ぎていく私たちを見ているのが分かった。
「何」
階段の手前で振り返ったけど、その手はまだ私の手を掴んで離さない。
「ちょっと…手離してくれない?」
「離したら逃げそう」
小林が笑った。
うん、逃げる。とりあえず同級生が誰もいないところまでは走って逃げる自信ある。
「だってみんな見てるじゃない…」
「別に見られてもいいじゃん?」
小林はそう言うとまた笑って、掴んでいた手を私の手のひらに重ねなおして、指を絡ませて恋人同士がするような繋ぎ方に変えた。
「行こ」
その目が細くなり、その優しい笑みに思わず心臓に矢が刺さったのを思い浮かべた。
擬態語にするなら『ズッキューン』。
ちょっと、そのアイドル顔で微笑みかけないでほしい。
心臓に悪い。
実は私は面食いでアイドル好き。
その辺お母さん譲り。
さすがに幻想は抱いてないけど、実は密かにアイドルのファンクラブなんてものにも入ってる。
絶対友達にも言えないけど、この事実はうちのお姉ちゃんしか知らない。
うん、やっぱりこの顔好き。
顔以上に好きなとこもあるけど…。
「———あ、コバヤシ先輩だ」
一階の靴箱のとこまで降りていくと並んだ靴箱の隣の列のところにいた一年の女子数人がこちらを見ていた。
「え?手つないでるの、誰あれ」
「噂になってる子いるって二年の先輩言ってたよ」
そう、あのクラスマッチ以来、小林はモテていた。
特に下級生に。
同級生ほど今までのエロ王子の呼び名が浸透していない一年生の間では、ちょっとした有名人だった。
「あー腹減ったー」
小林は気にせず私に話しかける。
「こっちの甘い醤油で作ったカツ丼が食べたい。あとうどん。薄い色の出汁のやつ」
東京生まれなのに、こっちの地方の醤油のが口に合うらしい。
「両方?」
「全然両方食える。なんなら○ァミチキも食える」
食欲旺盛。
でも果たしてコンビニにうどんもカツ丼もあるだろうか。
「…彼女出来たって噂ホントだったんだぁ~」
少し離れたところなのに、下級生たちの声がものすごく聞こえる。
いたたまれない。
逃げ出したい。
「こ、この手離してくれないと靴履けないんだけどっ」
ガッチリ掴まれた手を上げると小林は、あぁ、と気づいてようやく手を離した。
後ろからたくさんの視線を感じる。
私は急いで靴を履き替えたけど、小林のが早くて私の右手はあっという間に攫われた。
あぁ、もう。
「ちょっと暑い。あんまくっつかないで」
この汗が暑いからなのか、注目を浴びているから出てる変な汁なのか、もはや分からなかった。
結構本気で言ったんだけど、小林はその手を引っ張って笑った。
「その塩対応、久しぶりー」
全然こたえてない!
分かったのは、小林が意外とベタベタしてくる甘えた系男子だった、という事。
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