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彼女&彼Side

彼Side 25 告白

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「とりあえず向こう着いたら、ホテルで荷物受け取らないとね」

母がそう言って時計を見た時、

「———小林ーっ!!」
遠くで呼ぶ声が聞こえた。

「…」

どこから?

キョロキョロと見渡す。

校舎の方?

校舎を見上げる。

四階の教室のあたりからかと思ったら、その同じ並びの少し離れた横の窓から身を乗り出している佐藤らしき姿があった。

ポニーテールが揺れてる気がするのは風か。

あれ、佐藤だよな?

何やってんだ、アイツ。

危ないだろ。

そのまま見上げていると

「———大好きー!!」
と佐藤が叫んだ。

…え?
今なんつった?

ポカンと口を開けたまま、俺はその場で固まった。

え?今の聞き間違い?

「…」
隣を見ると母がうふふと笑った。

「あっくん、お母さん先に車行ってクーラーかけとくね」

俺が右手に持っていた荷物を一つ持って行ってしまった。

窓の方に視線を戻すと、そこにはもう佐藤はいない。

代わりにその窓から———なんだろう、紙だろうか。

白いものが数枚舞いながら飛んでいくのが見えた。



———そのまま見上げてその白い物がゆっくり落ちて行くのを見つめた。

しばらくそうしていると、校舎の出入り口から走ってくる人影が見えた。

「…」
佐藤だ。

やっぱりさっきのは佐藤だったのか。

こちらに気づいて走ってくる。

上靴のまま。

アイツ、靴も履きかえないで何やってんの。

そのままダッシュでこちらまで走ってくる。

意外と足早い。

俺は重かったので、持っていたカバンを下に下ろした。

その瞬間、佐藤がドン!とぶつかってきた。

「うおっ!!」

いきなりタックルされたような衝撃に後ろにそのまま倒れ込んだ。

ケツに痛みが走る。

下はアスファルト。

屈んでいたから頭は打たなかったが、尻もちをつく形になってかなりの痛みだった。

「いって…」

俺は痛みに顔をしかめてタックルされた状態のまま、自分の上に乗っている佐藤に向かって
「…おっまえ、いきなり何すんだよ!」
と言った。

屈んでいなかったら、そのまま後頭部を打って、ちょっとした事故になるとこだった。

しかし佐藤は下を向いたまま、俺の肩をグーパンした。

威力はそこまでないがいきなり殴られビックリした。

「小林のバカ!」
もう一発。

「アホ!」
また一発。

下を向いたまま、パンチを繰り出してくる。

「ちょっ、痛い痛い!何!」

しかも上に乗っかってて重いし、ケツは相変わらず痛い。

何で俺殴られてんの。

「クズ!」
「ちょい待て!」
俺はもう一発殴ろうとしたその手を掴んだ。

「エロ王子!」
もう片方の手も上げる。

反対の手で、そっちの手もパシッと掴んだ。
「おい、ストップ!」

いきなりの襲撃にゼーハーと肩で息をしながら、両手を掴んで組み合う形になる。

攻撃を封じた佐藤の顔が思ったよりも近くにあった。

その顔を見て俺は息を飲んだ。

「…っ」

涙でぐちゃぐちゃだった。

ポカンと口を開ける。

「…何で泣いてんの?」
思わず掴んでいた手を離す。

タックルされた挙句、殴られてる俺が泣きたいんですけど。

「…」
佐藤は離した手で涙を拭った。

「…何で東京行くのよ…墓場でも地獄でも一緒に行ってやるって言ったじゃない…」

震える声でそう言うと俺を睨んだ。

「東京になんか行かないでよ!転校なんかしないでよ!置いてかないでよ…」

最後の方は子供みたいに泣きじゃくっていた。

そのまま俺の胸に顔を埋めて泣く。

「…」

俺はさっきの廊下の窓の辺りを見上げた。

山林が頬杖をついている。
隣には村山もいた。

その少し離れた窓には2-1の教室のあたり———クラスメイトたちが窓際に集まってこちらを見ていた。

和幸が腕組みをしてこちらを見守っているのが分かった。

山林が親指を立てるポーズをして、表情までは分からないが、ニカッと笑ったような気がした。

…アイツか。

俺は佐藤の頭をポンポンを撫でながら
「…さっきの」
と言った。

「よく聞こえなかったんだけど」

ひっく、ひっくと泣く佐藤が顔を上げる。

「も一回言ってくれる?」

泣きすぎてすげー顔。
でもかわいい。

「…好き」

佐藤が泣きじゃくりながら、でもはっきりと言った。

「小林の事が好き」

「…」
俺はそのままギュッと抱きしめた。

「…俺も佐藤の事好き」

生意気で、ズバズバ言うし、性格きついし、すぐ叩くし…全然なつかない猫みたいだった佐藤がようやく俺のところに来た。

佐藤が泣きじゃくりながら言う。
「…東京に行っても連絡ちょうだい。離れても私の事忘れないで」

涙を拭う。

「…あー…」
俺は頭をぽりぽりとかいた。

これは絶対何か勘違いしている。

「———あのさぁ、…俺たしかに今日から東京行くんだけど、1.2週間くらいで帰ってくるよ?」

「…は?」
佐藤の涙が止まった。

「オレの親権は父親が持ってるから、親子で話し合って親権も母親の方に変えてもらうの。父親は納得するかどうか分かんないけど、母親のパートナーが知ってる向こうの弁護士紹介してくれて、手続きは家庭裁判所に行かないといけないから時間結構かかんだよね。もしかしたら苗字も変わるかもしれないから、それも含めて今後の話し合いに行ってくる。帰って来たら小林じゃなくなるかもしれないけど」

「…」
佐藤が口をポカンと開けたまま固まった。
「…じゃ、じゃあ転校の提出する書類とか、受験に差し支える、とか言ってたのは…」

「転校?名字変わるかもしんないから、学校に提出する変更の書類はもらったけど。早めにしとかないと引き落とし関係の手続きめんどくさいし、これからTOEICとかとるなら名字の変更手続きを後から出すより変わってからのがいいでしょ」

「…心機一転、とか…」

「まぁ、新しい名字でまた再スタートするのもいいなって。あと親権が父親が持ったままだと進路とか就職とかに口出す権利、っていうの?それがあるからやだったんだよね。…自分の事は自分で決めたいからその第一歩?」

この顔、やっぱり勘違いしてたよね。

「…戻って来たらニセモノの彼氏からホンモノの彼氏にしてくれる?」

その時は正々堂々と佐藤の隣に居られるように。

自分で自分の将来を決められるように。

強くなって帰って来る。

ようやく状況が飲み込めたらしい佐藤はこくん、と頷いた。

「やった」
ギュッと抱きしめる。

「ちょっと痛い」

「人にタックルしといて何言ってんの。ていうかさっきから重いからね。体重戻った?」

俺の台詞にもう一発パンチが飛んできた。

「いてーな。ホント暴力女だな」

「ほんっとアンタって失礼!」
真っ赤な顔で怒っている。

「本当、イヤな事ばっか言うし、イヤがることばっかするし、適当だし、自慢屋だし、チャラいし、エロいし、軽いし」

よくもまぁそんなに次から次へと悪口が出るもんだと思うくらいの早さで捲し立てる。

その繰り出される罵詈雑言に俺は思わず笑った。

俺は佐藤の好きなとこ10個はあげられるのに、佐藤は余裕で俺の嫌いなとこ10個はあげられそうだ。

「ええカッコしいだし、うるさいし…何笑ってんのよ?」

「いや…うん、それで?」

言えば言うほど俺の事が好きと言っているようにしか聞こえないのは、俺の脳内がお花畑だからだろうか。

だって、それだけ俺の事を気にして、見てるってことだろ?

俺は佐藤の、止まったけど涙で濡れた頬を人差し指で拭った。

「…Sなとこあるし」

何それ。

「Sじゃないよ。どっちかに分類するならそっちに入るかもしんないけど、基本痛がる事しないからね。して欲しいならするけど」

「バカ!」

その殴ろうとしてきた手を笑って掴んだ。

「でもそんな俺が好きなんだろ?」

「…そーいう自信家なとこ嫌い」

「俺はどんな佐藤でも好きだよ」

その頬にチュッとキスをした。

佐藤がその頬を押さえてさらに赤くなる。

「…そろそろ行った方がいいんじゃない?HR始まるよ」

「え?」
佐藤が振り返って上を見上げて固まる。

遠くの教室の窓からクラスメイト達が見ていたのがようやく目に入ったらしい。

もしかしてこの状況に気付いてなかったのか。

いつも冷静な佐藤はどこに行ったんだ。

佐藤の脳内もお花畑だったのかもしれない。

でもこれで晴れて公認の仲だ。

佐藤がバッと離れて立ち上がる。

「…あの教室の中に戻って行く勇気は俺にはないなぁ。良かったー、俺、早退で」

俺も立ち上がってパンパン、と自分の制服の汚れたズボンをはたいてニヤリと笑って言ってやった。

「な…」
真っ赤な顔で言いかけた佐藤の声を笑い声で遮った。

ざまーみろ。
人の告白をスルーするからだ。
あの時OKしてくれてたらこんな事にはならなかったのに。

「じゃ、俺飛行機の時間あるから。俺が東京行ってる間、浮気すんなよ」

ポンとその肩を叩いて、手を挙げた。

「ちょっとズルい、アンタだけ言い逃げ…!」

はは、と笑って歩き出す。

車に乗ってからその窓から空を見上げる。

空が高い。
その青い空に飛行機雲がまっすぐ伸びていた———
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